「雨やどり」
なぜ『雨やどり』をするのか……。
初・シナリオ・ドラマの編集です。
登場人物
【人 物】
青山真耶 (18) 大学一年生
青山英里子 (43) 真耶の母
青山光太郎 (45) 真耶の父
外山美香 (18) 真耶の同級生
井口聡美 (18) 真耶の同級生
緒方桂子 (39) バイト先の母親
天気予報士
見知らぬ女性
あらすじ
母の英里子はいつものごとくラジオを聴き、夫である光太郎と一人娘である真耶のお弁当を作り始め、六時十五分からの天気予報では、今夜遅くから風と共に雨が激しくなる、と解説をしている。
少々の雨では傘を持ち歩くことが嫌いな娘のことを考え、今朝は強気で傘のことを言わなくてはいけない、などと思いながら、三人分の朝食を作っている。
真耶は十九時から家庭教師のバイトが三時間入り、今朝は気合いを入れて珍しく早起きをして、朝食を済ませて出かける段階になり、母から傘を持っていくように強く言われるが、前日の天気予報を思い出し、嫌々ながら自分の長い傘を手にして車に乗り込む。
青山家は最寄り駅が遠いので、英里子が二人を駅へと送迎をしているが、今朝は珍しく二人で同じ電車に乗ることになり、道路事情で時間がぎりぎりで、真耶は駅の階段を登る途中、自分の手に傘がないことに気付き、慌てて階段を降りるが……母の車がない。
真耶は大学の友達と食べるランチが楽しみで、母にとても感謝をしているが、夜、家に帰ると出迎える母に、「今日もおいしかったよ」と告げることしかできず、「ありがとう」と毎回優しい響きで言葉を返してくれる母。
今夜のバイトは三時間だよね、とバスの中で考えているが、風が強くて今にも雨が降りそうな雰囲気で空気が怪しくなり、慌ててバイト先の家に走ってたどり着き……三時間の勉強が終わる頃には、激しい雨音が部屋の中でも確認でき、真耶は不安を募らせる。
緒方家の玄関で、自転車用に買った大きめのレインウエアを着込んで外に出るが、バス停まで三分ほどの距離が長く感じてしまい、雨のせいなのか、バスがなかなか来ない。
道路に面したバス停は、頭上から大粒の雨が落ち、その雨音が急に小さくなり、ふと気付くと隣に女性の姿が……真耶の雨やどり。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
◎ 青山家・外観 (五月末・水曜日・朝)
◎ 同・キッチン
青山英里子がお弁当と朝食を作ろうとしている。
ラジオから流れる天気予報で手を休め、真剣に聞き入っている。
キャスター「今夜は遅くから雨脚が強くなりそうです。お帰りが遅い方は折りたたみの傘でもいいですので、お持ちになった方が無難だと思います」
天気予報士が最後の言葉を告げている。
英里子は真耶のことを考えながら、テキパキと準備を進めている。
× × ×
カップを三個を電子レンジに入れる。英里子は三人分のピザトーストを別々のお皿に乗せテーブルに置く。
真耶「お母さん、おはよう」
英里子「おはよう。今日は早いのね」
英里子は、レタスとプチトマトとハムの入った野菜サラダを、ピザトーストの皿の隣に置きながら、真耶の顔をちらりと見る。
真耶「たまにはね。いつも慌ててご飯を食べるからね」
そう言って、椅子に座る真耶。
英里子「毎日早起きだとね。起こす手間も省けてさ、私が苛つかなくていいのよね」
少し嫌みっぽく言いながら、電子レンジのタイマーを一分半かける英里子。
真耶「今日はお父さんと一緒なのね」
英里子「もうそろそろ降りてくると思うわよ」
真耶「ビザトースト、先に食べいいの?」
英里子「あんたは食べるのが遅いから先に食べて」
真耶の視線は、半分に切られたウインナーと、スライスしたトマトと薄切りのピーマンの上に、カットされたチーズが塊のように焦げた部分と、焦げてないクリーム色のチーズを見て、赤い色をしたピザソースがパンの縁から見えているので、よけいにおいしそうに感じてしまい、下に敷かれたペーパーごと、左右の手で持ち上げ口に運んだ。
ちょうどその時、光太郎が現れて自分椅子に座ろうとしている。
英里子「おはよう。お父さんも先に食べて」
光太郎「母さん、おはよう。真耶、おはよう」
光太郎は椅子に座る前に、真耶が食べているトーストに視線を落とし、娘の顔を少し見つめて様子をうかがい、椅子に座り食べ始める。
真耶「お父さん、おはよう」
真耶は慌てて一口目を呑み込んでそう言う。英里子は温めたカップに珈琲とホットミルクを入れ、二人の前に置いてから、朝食の準備が終わったことに満足したように、自分の椅子、すなわち光太郎の右隣に座り、先に珈琲を一口飲み、一息ついたように真耶を見つめ、それから自分のピザトーストに手を伸ばす。
光太郎「三人で朝ご飯を食べるのも久々だな」
光太郎の視線は真耶に向けられている。
真耶「今日は一限目から講義があるからね。今朝は早起きしてよかったよ」
光太郎「遊びもバイトもほどほどにな」
たまに真耶の帰りが遅くなることがある、と英里子から聞き、勉強も遊びもバイトも、学生の内にしかできないことだと考えているので、言葉として伝えなくても信じている、というような軽いニュアンスの声の響きだが、本音を察してほしいと思う光太郎。
その隣では、何も言わずに、もくもくと自分の朝食を食べている英里子。
真耶「お母さん、今日もお弁当はあるよね」
英里子「お父さんと二人分作ったわよ」
真耶「お母さんの卵焼きは人気があるのよ。友達がおいしいって」
英里子「へーっ、そうなんだ」
小首を傾げる英里子は娘の顔を見る。
真耶「だって……いつも美香が卵焼きを狙ってるんだもん」
英里子「美香ちゃんには、別口に卵焼きを作ってあげようか?」
カップを右手に持ちながら、娘から聞いている美香の家庭環境を思い出し、そう言う英里子。
真耶「えっ、ほんとうにいいの?」
満面の笑みに変わった真耶。
◎ 同・車の中
英里子「忘れ物はないよね。真耶、傘は?」
真耶「持ちましたよ」
真耶は気のない返事をしたが、長い傘は邪魔である、の一言で持つのは嫌いであり、そのために自転車のレインウエアをいつもリュックに忍ばせている。
光太郎「俺も持ったよ、長い傘。今夜は遅くなりそうだからな」
真耶「お父さんは今夜も遅くなるんだね」
光太郎「まあな、仕事だからな」
父からの仕事の言葉を聞いて、朝早くから夜遅くまで働いている現状を理解しようとは思うが、学生である自分には、いまいち仕事という言葉にピンとくる感覚を持ち合わせていないような表情の真耶。
英里子「お父さん、遅くなるなら早めにラインしてね」
光太郎「分かった・分かった」
分かった、と二度言う光太郎の言葉を聞いた英里子は、『今夜もダメね』と言うような顔付きになる。
いつもぎりぎりに電車の中からラインを送る、あなたの性格は十分に理解しているつもり、今夜も十二時前には迎えに行ける状況にしなくては、と考えながら、車を運転している英里子。
× × ×
英里子「今朝は車が混んでるわね。時間は大丈夫かしらね」
駅の近くは車が立て込んで、人が降りたその車が直進をしたり、途中でユーターンして戻ってきたりするので、道路の左側に車が停滞している。
光太郎「そうだな。すぐ降りる用意をした方がいいな。真耶もそうしろよ」
真耶「はい」
後から来た車が駅の階段近くに停められず、その僅かな時間で電車に乗り損なったりしそうな時間帯である。
英里子の運転する車もぎりぎりの時間になってしまい、車の左側のドアから飛び出すように光太郎が出て、その後から真耶が出て、ドアをどんと音がするようにきつめに閉め、英里子はその音を耳と視線で確認をすると、前と横を確認して車を発車させる。
真耶は階段を駆け上っている最中で、自分の手に傘がないことに気づき、下まで戻ったが母の車は見えず、また階段を駆け上り、何も考えずにスマホのケースをかざし改札を通り抜け、父を捜すこともなく電車に飛び乗った。
◎ 同・大学のカフェ (昼)
真耶の大学の友達である美香と、聡美の三人でランチを食べるためにカフェに来ている。美香は自分のランチを頼むために、自動販売機の前で考え込んでいる。真耶と聡美はテーブルを確保するために移動する。
聡美「今日はお母さんがお弁当を作ってくれたのよ」
二人が席に座ると、聡美はリュックの中から、持ち手が短かい長方形の緑色の中に白い水玉模様描かれたランチボックスを取り出し、テーブルの上に置こうとしている。
真耶「美香はカレーが好きだから今日も頼むのかな? 今度私もカレーにしようかな?」
真耶はいつもの黄色い絵柄のない長方形のランチボックスをリュックの中から出しながら、母のお弁当はいつもおいしく感じているが、たまにはカフェの食事を経験したいと思っている。
聡美「カレーは見飽きているようだけど、毎日中身が微妙に違うみたいね」
真耶「そうだよね。今度三人で頼んでみようか?」
聡美「真耶はいつもお弁当だからさ、お母さんも朝から大変だよね。曜日を決めてここのランチを食べるのはどうかな? 美香が戻ってくると聞いてみようか?」
真耶「それ、いいかもね」
真耶は母のことを思い、曜日が決めてあれば、たまに父の出張もあるし、その日はお弁当をなしにすれば、母は朝から忙しくなくていいと思う。
× × ×
美香がトレーを運んでくる。
美香「お待たせ。今日は豚カツにしたのよ」
真耶の隣に座る美香。
真耶「えっ、カレーじゃないの?」
豚カツの言葉に驚いてそう言ったが、正面に座る聡美の顔を見ている真耶。
聡美「豚カツ……今夜は嵐が来そうだ」
聡美も真耶の顔を刹那見て、豚カツにも視線が行き、次に美香の顔を見る。
美香「だって……前の前の人も豚カツを頼んだんだよ。私も真似しちゃった」
にこやかにそう言いながら、キャベツにも豚カツにもソースがたっぷりとかかっている。
真耶「最近家では豚カツを食べてない。とってもおいしそう」
聡美「私も食べてないよ。カレーじゃなくて豚カツにしようか?」
コクコクと頷いている真耶。
美香「うん? なに? どうしたの?」
聡美と真耶の顔を順番ら見ながら、不思議そうな顔付きになる美香。
真耶「今日もカレーだと思ってさ、今度は三人でカレーを頼もうと話したのよ。どう思う?」
美香「それいいね。明日のランチにしようよ」
すかさずそう言って、割り箸を割ろうとしている美香。
聡美「よーーし、明日はカレーにしよう」
聡美から聞こえた言葉に真耶は頷き、自分のお弁当をランチボックスから出していないことに気付き、慌てて取り出す真耶。
× × ×
三人でランチを食べながら、美香に卵焼きのことをいつ話そうか、と思案しながらも、今日の美香は豚カツに集中しているみたいで、チラリとは見られたが、自分のお弁当の中身である卵焼きに目もくれない、と考える真耶。
◎ 同・バスの中 (夜)
真耶は家庭教師のバイト先に出かけるためにバスに乗っている。バスに乗る前から雲行きが怪しくなり、風も強くなっていることに気付くが、雨が降らないことをバスの中で願う。
◎ 同・緒方家の玄関で
今夜のバイトは先週の分を入れて三時間と長丁場ではあったが、やっと終わりホッとして玄関に移動した真耶と、生徒の母である桂子がいる。外は激しい雨が降り風も強い。
桂子「気を付けて帰ってね。雨がすごそうよ。傘はあるのよね」
真耶「……はい。外に置いてあります」
玄関先で自転車のレインウエアを着込もうとしているが、ほんとうは傘がないけど、彼女が心配すると思い、外に置いてあると言ってしまう真耶。
桂子「雨でバスが遅れるかもしれないわよ。 ほんとうに気を付けてね」
真耶「はい。今夜はケーキをありがとうございました。おいしかったです。それでは失礼します」
そう言って玄関のドアを閉めたが、二時間ほどして休憩するようにと、アップルティーとモンブランのケーキを出してくれたのだ。
◎ (回想)
先週の水曜日は、講義のグループ作成の動画編集が間に合わず、当日に急遽バイトをお休みすることを告げ、二十一時までの提出期限なので、二十時頃にやっと編集が完成し、先生のメルアドに送信することができ、四人で作り上げた動画のことを思い出した真耶。
◎ 同・玄関の外
玄関を出ると、思った以上に風と雨が横殴りで、先ほどの言葉に少し後悔の念を感じたが、傘を借りてもすぐ返すことを考えると、実費でバス代がかかるし、交通費はバイト代とは別払いでもらっている、などと考えながら、その場で少し立ち尽くす真耶。
◎ 同・バス停
三分ほどの距離だが、今夜はそれ以上に遠いと感じてしまう真耶。バスを待てども来る気配がない。このバス停は道路に面して雨やどりができる屋根もなく、風向きを考えチラチラとバスの来る方を見ているが、何分ほど待ったのだろうか? 突然フードの上からの雨音が小さくなり、ふと見ると隣に女性が佇んで、自分の頭上に傘があると気づく真耶。
真耶「ありがとうございます」
見知らぬ女性「いいわよ。雨すごいものね。バス行っちゃったと思ったのよ。あなたがいるからまだ来てないのね」
真耶「はい。まだです」
隣にいる女性の優しさに感銘を受け、今後は自分もさり気なくこうしたいし、傘のことを考えても、時間に焦り集中力が欠けてしまい、何も言わずそっと傘を差し伸べてくれた彼女と、いつも慈愛に満ちた言動を示してくれる母と、女性として自分の意識の中でダブらせているようで、彼女がいたからこそ、母の気持ちをより気付かせてくれる雨やどりである、と考える真耶。 (完)
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




