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1.中学編その2

「ひーちゃん、お待たせ!」



結局、晃と一緒に帰ることになってしまった。

チームメイトの保護者達にジロジロと見られ、へらりと笑って会釈をしながら駐車場の隅に植えてある木の影で晃がやって来るのを待つ。

居心地の悪さにそわそわする思いを抱きつつ、それでも一緒に帰ることに決めたのは理由がある。

小父さん、小母さんに頼まれたのがひとつ。

そして、もうひとつは……。



「おかえり、早かったね…って、あれ?ユニフォームから着替えたの?」

「うん、汗とか土で汚れてたから。ユニフォームが汚れるのはいつものことだし、着替えを持ってきてたんだ」

「用意周到だね」

「それに、そのままの格好で車に乗ると、『シートが汚れる!』って母さんがうるさいんだよ」

「成程」



紺色のTシャツにジーンズ姿の晃の手には、薄汚れた大きなスポーツバッグ。

汚れは、晃がこの3年間頑張ってきた証。

大きく膨らんだバックパックを背負うと、私に右手を差し出した。


「ひーちゃん、帰ろう」


あまりに自然な仕草に、左手を重ねそうになる。

右手に触れる寸前、はた、と我に返った。

慌てて右手をパチンと叩き、手を繋げそうになっていた事実を隠す。


「お疲れ。さ、帰るわよ」


少し赤くなった顔を隠すために先に歩き出した。





「背ぇ伸びたわねぇ。身長いくつ?」

「んー…最近測ってないけど、4月に測ったときは170ちょっとだったかな」

「く…10センチ以上負けてる…。なんか悔しい…!昔はこーんな小さかったのに!」

「ははは、そんなに小さくなかったよ。ひーちゃんを追い越したくて、必死で牛乳飲みまくったもんね」


「――鈴木くん!」



笑いながら歩く私達を――晃を後ろから呼び止める声がしたのは、もうすぐ駐車場を出ようとするところだった。

少し上ずった、女の子の声。

足を止め、振り返ると女の子二人組がいた。



「か、香菜(かな)ちゃん、やめようよ…」

(ゆう)は黙ってて!」


ショートカットの女の子――どうやら結ちゃんというらしい――が、オロオロしながらもう一人の女の子の腕を引っ張っている。

ポニーテールに髪を纏めた子――こちらは香菜ちゃんという名前らしい――は…怒ってる?


「岩川、それに白井じゃないか。どうした?」

「晃の友達?」

「うん、同級生。…何か用?槙村(まきむら)の応援に来てたんじゃないのか?」


私の質問に答えると、晃は二人に話しかける。

”槙村”と晃の口から人名が出た途端、香菜ちゃんなる子の眉が逆立つ。

あ…なんかイヤな予感…。


そんな嫌な予感ほど、当たってしまうもので――……


「なんで、そんなに平然としていられんの!?鈴木くんのせいで試合に負けたのに!」

「香菜ちゃん…っ!」

「聡司さとしくん、あんなに頑張ってたのに…全部鈴木くんが壊したのよ!?なんで笑ってんの!?なんでみんなに謝らないの!?なんでさっさと帰ろうとしてんの!?」


険しい表情かおの彼女から放たれたのは、晃を責める言葉だった。


「…っ」

隣から小さく息を飲む音がした。

晃は俯き、握りしめた拳を小さく震わせて話し出す。


「みんなには、さっきのミーティングの時に謝った。聡司のせいじゃなくて、全部俺が悪いって」

「そうよ、全部鈴木くんが悪いのよ!」


話を途中で遮るように、更に責める言葉が浴びせられる。

暫く黙って俯いていた晃が顔を上げ、彼女達を見た。

まっすぐな視線で。


「暑い中、応援に来てくれた岩川達にも悪いと思ってる。…せっかく応援してくれたのに、負けてごめん。

みんなには、明日の練習の時にまた謝るよ。許してもらえるまで謝る。それでいいか?」

「よくないわよ!謝って済む問題じゃないでしょう!?何よ、その開き直ったような言い方!」

「開き直ってなんか…っ」

「開き直ってる!『それでいいか?』なんて言い方してるのが証拠じゃない!」



「二人とも、ちょっと落ち着こうか」



んー、部外者だから口を挟むつもりはなかったんだけどなぁ。

彼女のほうは完全に頭に血が昇ってる&誤解してるみたいだし…お姉さんがひと肌脱ぎますか。


「何よ、オバサン。関係ない人は黙ってて!」

「んー…、オバサンは否定しないけど、全く関係ないわけじゃないから、少し口を出させてもらうよ」



『オバサン』も否定したい気持ちでいっぱいだがな!



「まず晃!『それでいいか?』なんて言い方は良くないね。彼女の言うとおりだよ。あんな言い方をしたら、晃が反省してることが伝わらない。

…試合に負けて晃が悔しい思いをしてることも、自分を責めてることもわかってるよ。チームメイトじゃない彼女から責められて悔しいのは理解出来るけど、八つ当たりはダメだ。彼女に謝りなさい」

「う…」

「それから…」


言葉に詰まる晃を横目に見つつ、彼女達の方へと身体を向ける。

『自分に謝りなさい』と晃が言われたことで、自分は間違っていないと自信がついたのか、胸を張り、堂々と立っているが…私はあんたに腹をたてているんだ。

可愛い弟分を傷つけたこと、許さないよ?


「えっと、岩川さん?実際にプレイしていないあなたに、晃達の何がわかるの?すべて晃が悪いって?誰がそんなことを言っていたの?野球の経験があるようには見受けられないし、何を根拠にそんなことを言ってるのかな?」

「そ、それは…」

「それと、あなた…私に『関係ない人は黙ってて』って言ったわよね?あなたも『関係ない人』なのよ?チームメイトじゃないんだから。私たにんに黙ってろと言いながら、自分が口を出すのは許せと言うの?矛盾してないかな?」

「う…」


反論を許さず、淡々と言葉を並べていく。

言い返せないことが悔しいのか、それとも自分のプライドが傷ついたと感じたのか。

顔を真っ赤に染め、こちらを睨む彼女の視線を涼しい表情かおをして受けとめる。

ふん、こちとら社会で揉まれてるんだよ。あんたの睨みなんて怖くないな。


ちらり、と晃へ視線を流すとガチンと固まった顔が目に入る。

どうやら、私が腹をたてていることに気がついているが、どう口を挟んでいいのか悩んでいる模様。

一回りも下の女の子を苛めて喜ぶ趣味なんてもってないし、そろそろ潮時かな。


ふぅ、と大きく息を吐き出すと、敢えて明るく声を出した。




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