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Muse  作者: 波丸
1章
9/10

避けられなかった運命

 花が、見えた。


 そんな筈ないのに、私にはそう見えた。


「大丈夫ですかっ?」


 差し伸べられた手を取り、美しい声のする方へとゆっくり顔を上げた。

 何故声楽科の彼女がここにいるのかなどという疑問はこの時の私には思いつきもしなかった。


「あ、はい。こちらこそすいません」


 というかこちらが10割悪いんだけどね。廊下はやっぱり走るべきではなかったな。

 それよりも。


 立ち上がり、目の前にいる彼女をもう1度見る。


 スラリとした細身の体に、小さな顔。大きすぎない瞳は輝きを持っていて、よく見ると少し茶色のよう。気品のある絶対的なオーラは異次元な気さえしてくる。今まで出会った中でも珍しい腰まである長い髪は整えられていて、ハネなんて一つもない。でも、この栗色、なんか誰かと似てる?


 制服を着こなしていて、なおかつ学年カラーがわかる声楽科のタイは黄色。つまりは3年生。大先輩だった。



 だから、見えてしまったのか。彼女が声を操るから。



「え、と? 」


 やばい、美人すぎて凝視してしまった。見とれるなんて、女同士でもありえるんだね。メモしておこう。


「本当にすいません! 私が廊下を走ったから……」


「ううん。私も不注意だったもの。怪我は? 」


 うわぁ。至近距離の美形はかなり危ない。身長差から美人な先輩は少し屈んで私を見てくるけど、その優しさは罪! 一般市民な私には刺激が強くて倒れそうだよ。


「ありません」


 ないから取り敢えず離れてー! 私、流石に危ない恋に落ちたくはないよ。私が男なら求婚しちゃうヨ。

 あ、まじで、キラキラオーラが……うぅっ。


 心の中の葛藤を必死に隠して、先輩に微笑みかけると、安心したのか1歩下がってくれた。


「よかったぁ。その制服……音楽科の子ね。もしかして転入生だったりするのかしら? 」


「は、はい。」


「んーならまだわからないかなぁ」


「? 」


 左手を顎に当てて首を傾けた先輩は、何か私に聞くか悩んでいるようだった。

 それにしても、本当に美人だなぁ。声楽科の生徒は可愛い女子が多いって聞くし、さっき通った時もお嬢さま感が強かった印象がした。けれどこの先輩は、華やかな容姿と共に、ほかの人とは違う絶対的な何かを持っている気がする。

 先輩が悩んでいる間まじまじと観察していると、「まぁ聞いておいて損は無いし。」なんて聞こえたような気がした。


 や、やば。こんなに見てたら流石にちょっと引くよね。逸らさなきゃね。あれ? どうしようどこ見ても美人先輩は美人先輩だよ。逃げ道ないよ。


「この辺りで『錦美風にしきみかぜ君』を見なかった? 」


「どこ見ても輝きがぁ……っうぇ!? え、あ、にし、きさんですか? 」


 慌てて目をそらそうとして逆に変になった私を気にもとめずに、先輩はその形のいい桜色の口を動かした。

 いきなりのことに、私は先輩の言葉を繰り返す。


 錦、先輩だろうか。

 もしかしたら学園では有名人なのかもしれないけど、転入生の私にはまだクラスメイトを覚えるので精一杯だ。名前からなにか分かるかとも思ったが、その『美風』という綺麗な名前は男子にも女子にもとれる。


「すいませんわか」


 りません、と言いかけて言葉を飲み込んだ。というのも、私の普段よりもやけに冴えている脳内に、ある人物が浮かんだからである。

 先輩はいま『錦美風』さんを探しにここにいる。


 1階に、探しに来ている。


 だからなんだと思うかもしれないが、この2号棟の1階に探しに来ることは、大ヒントなのだ。

 だって、2号棟の1階は主に特別室が設けられている。それも、授業で使うようなものではなく、会議室や保健室、映像室などといったものだ。

 この先輩は、おそらく授業をサボって人を探している。こんな優秀そうな人がサボる理由は定かではないが、あの人が美しい名前を持っていることに恨む気持ちもあるが。

 もしかしてその『錦美風』という人物は、



 あの保健室の人のことかもしれない。



「あの、その人かどうかはわからないんですけど。さっき、保健室に「あ〜そうそいつよきっと。」え、わかるんですか? 」


 即答したよこの先輩。

 本当にあの(淫)魔の部屋にいた人を探してたの? こんなに美人な先輩が?


 嘘でしょ。何それあいつ羨ましいわぁ。せめて画面偏差値28くらいだったらいいなぁ。ブスかブサメンを期待。


 じゃなきゃ、の・ろ・う・ゾ?


「教えてくれてありがとう。えー、と。あ、自己紹介してなかったよね、ごめんなさい。」


 サラリと栗色の艶のある髪が先輩の体につられる。

 こんな私にお辞儀するなんてなんてことを!


「や、やめてください! 先輩何も悪くないですから」


「そう? 」なんていって顔を上げてくれた。誰かに見られてたら私きっと死刑だよ。こんな明日美級の美人に頭を下げさせるなんて。


 あれ?

 そういえば先輩なんとなくだけど……。



照島てるしま恵美花えみか声楽科の3年よ」


「湯瀬柚佳です。音楽科の1年です」


 よろしくね、と恵美花先輩はにこりと微笑んだ。明日美とはまた違う、大人美人な感じかな。

 礼儀として私も微笑み返すけど、思ったより緊張していたのか、引きつった笑になってしまった。んー、作り笑顔の練習も頑張った方がいいな。

 ふと、思った。

 な、なんか美形遭遇率が高くないか私。それとも私の美形レベルが低いだけとか? まじですかい。今まで出会った人たちは……うん、あれが一般人だな。確かに思い返すと、音楽系の人たちは確かに美男美女多いな。えー、じゃあ逆に私みたいな普通の人って、ここだと逆にレアなのかな? 特別感ある気がしてきたぞ。


「楽器は? 得意なものとか」


「えーと、」


 焦った。ものすごく。一瞬脳裏で考えたことが、目の前の人を見てすぐに打ち砕かれたから。


 だって、









 やっぱり特別感のある人は美形だよね!


 一般人は一般人だよね。知ってたよ知ってたけどさ!

 ちょっとばかし夢持ってもいいじゃん。ほんの数秒だけだから。もう気づいてるからさ。


 1人でぶつぶつ喜んだり悲しんだしてたら、目の前の恵美花先輩に哀れな目を向けられている気がした。


 あ、いけね。


 なんだっけ。確か質問されたよね。『楽器はなに』とかだったかな。うーんとねぇ。


 得意な、楽器かぁ。


 その質問は、まぁ音楽科の生徒に対する話題の定番ではあるしね。

 答えは決まってるもんね。ピアノ。私の得意な楽器は、ずっとピアノだ。


「ピアノです」『ーーーー!』


 心の奥底から無邪気な声が聞こえてくる気がした。


 こんなこと、最近はなかったのに。どうして今日は。


「へぇ。あーちゃんと同じなのね」


「あーちゃん? 」


 動揺を隠すように俯いていた私も、思わず顔を上げた。声は、深い眠りに閉じ込めて。

 先輩を見ると、どこか嬉しそうにその名前を口にしていた。


「私の妹よ。あなたと同じ音楽科の1年生なの。」


「もしかして明日美ですか? 」


 さっきから少し気になってたんだけど。

 明日美の名前を出した瞬間、先輩の目の色が変わった。あれ、もしかして違ったのかな。


「あたり!柚佳ちゃん、 もしや同じクラスなの? 」


 あ、違う。この人明日美が大好きなだけだ。


「はい。明日美は1番初めに話しかけてくれて、いつもお世話になってるんです」


 やっぱり。恵美花先輩の栗色の髪や、全体的な見た目の雰囲気が明日美に似てるんだ。いや、明日美が恵美花先輩に似たのかもしれないな。

 明日美を褒められたのが嬉しかったのか、先輩はまた頬を緩めた。そして何回か頷いて、勢いよく私をみた。思わず肩をびくつかせて私も先輩を見返す。


「私からも、明日美のことよろしくね」


 先輩は私の頭に手をおいて、そう言った。力が入っていたからだはその人撫でで簡単にほぐれた。手は、予想どうりで温かい。


「はい! もちろんです! 」



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