名門学園へ4
ゴーン……ゴーン……。
響き渡る鐘の音。そう、紛れもなくこれは予鈴の音。
よーするに、ただの遅刻。
前回意味深に終わらせてなんだよっ!!とか怒らないでね。やってみたかったんだよねこういうの、へへっ。
なんか小説の転入生って言ったらさ登校初日に色々起こるじゃん?運命の出会い、的なのが。だから私も少しは期待を込めてみたんだけど。
はい、ここはモブのユズちゃんでした。期待を裏切りまくって、ただ自分が追い込まれただけでした。
「やばっ!」
この長い廊下で景色を眺めてたらどうやらかなり遅れてしまった。まずい、と気を引き締め再び早歩き。もはや競歩。めちゃくちゃ足痛いけど怒られるよりましだ。何たってこれから行くところはこの学園のトップの部屋。
その名も学園長室。
転入前、私は学園長から呼び出しを受けていた。何やら話があるとかで。元々初日は4時間で帰る予定だったので構わないけど、なんの用事だろう。そこが全然わからないのだ。
うわ……怒られるかな。怒られるよねこれ。大遅刻だもん。競歩で頑張ってるけど、私身長154cmだから歩幅そこまで大きくないんだよ。どうしよう。
走ってもバレないよね、授業してるもんね。
「はぁっ、今日一日分の体力使い果たした感じだよ」
ようやく着いた学園長室。この酸欠寸前の状態で入るわけにも行かず、少し休憩中。
え、遅刻はいいのかって?
人生諦めも大切だよ少年。
しかもここに来るまでに鞄についてたキーホルダー落としちゃうし。アレ、お気に入りなのにぃ。日和とお揃いの。
それにしてもほんとに不便だな。この学園は広すぎだよ全く。これだけ動いたし、痩せたかな。これ痩せてなきゃ泣くよ私。必死に髪の毛乱れるの無視して華麗に競歩かましたんだから、期待するよ!……あ、デジャヴ。この期待無駄になりそうな気がしてきた。
「失礼しました」
突然のことに、驚いた。ガチャ……という音と男子の声に思わずそちらを見てしまう。
職員室のドアが開き、中から誰かが出てきた。声を察するに男子だけど、え、生徒?もうとっくに本鈴もなってたはずだけど、どうして?
無意識に彼を見ていたのだろう。ドアを閉めてこちらを振り返ったその生徒と目がバッチリあってしまった。思わず体が怖ばる。ど、どうすんべ!?
何秒かわからない無言が続き、はじめに口を開いたのは綺麗な彼だった。
「……?いまは授業中ですよね」
「え、は、……え?」
授業中って、そのセリフはぜひそのまま返すけど。
戸惑う私を見て会話が成立しないと見たのか、彼はそのままの美しい姿勢で去って行った。制服を見るに音楽科。でもまだ見たことないから、きっとCクラスではないのだろう。先輩やもしくは後輩かもしれない。
王子様みたいだった。
まるでその場所だけ異次元のような感じ。整った優しげな顔に、細めの身体。髪は黒に近い茶色といった感じで、寝癖なんて知らない艶があった。アレを美形と呼ぶのだろう。けれど、怖いわけでもなく凛とした、中性的な顔つきだった。思わず喉から声が出なくておどろいた。私は彼が去ったあともその後を目で追い、いつの間にか眺めていたらしい。あの渡り廊下からの景色のように。けど、驚いたのはその容姿じゃない。
『失礼しました』
その声はまるで、風のようで。
見てみたい、と思ってしまった。
と、まずい早く入らないと。そもそもここへは学園長に呼び出されてきたんだ。なんとか現実に戻ってこれたよ。危ない危ない。あんな人もいるのか。気をつけないと。危険なのは先生だけじゃないみたいだな。
礼儀ととしてそのドアを2回ノックする。すると奥から声が聞こえたのでドアノブを回して引いた。
「待っていたよ。そこに座って」
学園長――――新城敦さんが黒いソファを手で示した。
「遅れてしまい申し訳ありません」
土下座しますよ。その微笑みがとても心に突き刺さって痛いんです。
「気にすることは無い。初日だし、慣れないこともあるだろうから」
私がソファに座ると、学園長も向かい側のソファに腰掛けた。そして、緊張してると思ったのか、私のことをさりげなくフォローしてくれた。学園長だけあって、一つ一つの動作に気品があって私の肩身がますます狭くなった。思わず背筋を伸ばしてしまう。
い、言えない。初日で慣れすぎてしまったなんて言えない!!
と、とりあえず笑っておこう。早く終わらせて帰ろう。こんなところ、息が詰まる。
私の目標が、今決まった。
「では、さっそくここに呼んだ理由だが」
ここで一旦くぎり、学園長は私をまっすぐ見てその形のいい唇を動かした。
「――――――――」
流石だと思う。
それは、湯瀬柚佳の秘密についての事だった。