名門学園へ1
自己紹介、まだでした。
私の名前は湯瀬柚佳。本日より新城芸術学校高等部音楽科の2年生です。転入生ですよ!
小説やドラマなんかじゃ、ワケあり感ある設定ですよね。
むふふ。確かに少しあるかもねぇ、なんて。
それはまた別の機会にとっておこうか。
さて、職員室に来てみたものの、タイミング悪く会議中だった。廊下はベンチもあるから立って疲れるとかはないんだけど、しんとした場所に独りだと、緊張するなぁ。ほかの生徒は多分朝自習の時間なんだと思う。さすが名門学校だけあって、声が聞こえない。私も、今日からこのすごい学園の生徒のひとりのんだよね。
「あら、湯瀬さん!?もしかして待たせちゃったかしら」
どうやら会議は終わったらしい。
ゾロゾロと先生が自らの教室に向かっていくなか、綺麗なソプラノ声が私の名前を呼んだ。
「いえ、大丈夫です、間宮先生」
間宮かな先生。教科は実技。音楽科はC.Dの二つクラスがあるんだけど、間宮先生はCクラスの担任。私のクラスもCだ。
「1週間ぶりですね。制服も、似合ってますよ」
「色々教えてくれてありがとうございました。これから、よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
笑顔でそういった先生とは、すでに1週間まえに会っている。学園のことについてとか、教えてもらって、とてもいい先生だと思った。美人だし。綺麗な黒髪のかみに華奢な体、小顔で少しつり目の美人さんだ。大和撫子とはこの人のことを指すのだ。
はじめは怖そうだと思ったけど、とても優しくて、上品な人。聞いてみると、やっぱり得意楽器はヴァイオリンだった。お嬢様っぽいもんなんか。お金持ちいーなー。あ、なんか自分で思って悲しくなってきたよ。
2人でCクラスまで向かう。どうやら音楽科の校舎はほかの学科に迷惑がかからないよう別棟になってるらしい。広い敷地があるからこそだよね。
「1つ、この前言い忘れていたことがありました」
廊下を歩きながら、道のわからない前を歩く間宮センセイは目を私に少しむけてからまた前を向き、話し出した。
「音楽科には、少し特殊な生徒がいるんですよ」
「特殊?」
どういうことだろうか。
「成績優秀者や、家がら、賞の獲得実績などをふまえて、各学年から選ばれた天才たちにはあまりかかわらない方がいいかもしれません」
「え、」
先生がそんなこと言っていいのかな。というか、先生ですら少し怖がってる……?
「見たところ、湯瀬さんは目立つことを拒んでいる。ちがいますか?」
「……」
「その沈黙は肯定とみなしますよ」
まだ会って数週間なのに、この先生は見抜いたのか。
やっぱりプロの目は誤魔化せないってことだね。間宮先生もあなどれないや。これからの生活での関わり方に気をつけないとな。いやぁ、転入してすぐにベンキョーになりました。頭にメモしとこ。きっとすぐ忘れるだろうけど。
音楽科は3階らしい。渡り廊下を通ってすぐの2階のEクラスは、声楽科らしい。この棟には声楽科と音楽科があるようだった。
というか、遠くないか音楽科。結構歩いてる気がするんだけど。
「ここですよ。2-C」
「ひろ、いですね、教室も」
確か、1クラス23人とかじゃなかったっけ。なんか、50人余裕に入れるくらいの大きさなんだけど。大丈夫かなこの学校の経営。校長先生無理してないかな。やっぱり親からむしりとっ……ごほんっ!危ない危ない。これ以上考えたら流石に人として最低だもんね。
教室の大きさに驚く私を見て、先生は微笑んだ。どうやら初めて来る人は大抵私と同じような反応をするとか。でもこの学園の生徒は殆どが初等部からのエスカレーター式のため、慣れてしまうらしい。
「教室内にピアノや楽譜、黒板も五線譜のものと一般の者の二つがあったり、少し一般校とは違いますから、これ位が丁度いいんですよね」
「なるほど」
「では、名前を呼んだら入ってください。後、先程の話ですが――――『ミューズ』と呼ばれる彼等とは十分気をつけて接してください」
そういって、間宮先生は相変わらず静かな教室へと入っていった。その途端男子生徒の起立、という声とともに扉は閉まり、音が途絶える。どうやら防音も完備しているらしい。ほんと、音楽のための施設なんだな。まだかな。早く中に入りたくて体がソワソワしてるし。
それにしても、『ミューズ』か。どんな人たちなんだろう。この学園の教師すらも納得させる音。天才、そう呼ばれるだけの実力を見てみたい。
「会ってみたい、なんて。私のアホ」
平凡を自ら壊してどうするんだ。あれだけ間宮先生も言ってたんだし。いまはクラスに馴染むことが優先!目指せ高2デビュー。さて、早く名前呼ばれないかなぁ。
ん?そういえばさっきこの教室防音完備って気づいたんだよね。
え、てことは名前呼んでるかどうかなんてわかんないじゃん!間宮先生ー!気づいてー!