9・記憶
次の日。
「ここを登ればカゼッタ関門です」
「ここを登ればって……」
馬車の中から見ても、その高さはハッキリとよくわかった。
ゼノン盗賊団のアジト――カゼッタ関門はどうやらこの頂上付近にあるらしく、まあそれはいいのだが、いかんせん本当に高い山が景色の中に鎮座ましましていた。
なんじゃありゃ。雲で、モザイクがかかってるみたいになってるんですけど。にしても、べらぼうに高いことだけはよくわかる。
山道に入って、少し馬車が揺れるようになったから、やや見づらいものの、俺たちがどれだけ辺境の地に行こうとしているか、ということだけはよーくわかった。見てみろよあれ。ここと頂上の間に、いくつ山と谷があれば気が済むんだよ。
「……まさか、騙されて俺は山に捨てられたりしないよな?」
「なんですかその疑心暗鬼は!?」
すぐ隣に座るラフィはまったくもうと言い、
「カゼッタ関門は、もともと国王が戦争のために建てた、ただの要塞ですからね。ですから、あんなへんぴなところにあるんです。逃げ込んで、何年も籠城したらしいですよ、記録によれば」
「……で、誰も使わなくなったその要塞を、今は盗賊団が使っているわけか」
「ですね。……ただ、疑問は残ってるんです」
「疑問?」
「それにしては、ゼノン盗賊団の動きが活発なんです。おそらく、国内に何個も他の拠点があるのでしょう」
「まあ、そりゃそうだろ。あんな山の上だけがアジトだったら、降りてくるだけで1日かかるぞ」
「カケルさまって、情報の共有しがいがないですよね」
ラフィがやれやれと肩をすくめた。
「悪かったですねぇ!」
俺は返答をし、
「しかしあれだな、きのうはさんざんだったな」
小さくため息をつきつつ、前を見て腕を組んだ。
「さんざん? 長旅ですか?」
「……そうじゃなくて、ラフィ、おまえの酒乱のことだよ」
「酒乱? はて、なんのことでしょう」
ラフィはこっちを見ながら『はて』といわんばかりに目をぱちくりと瞬かせた。とてもかわいらしいしぐさだったが、まあしかしごまかされない。
きのうはすごかった。
――カゼッタ山脈のふもとにやってきた俺たちは、宿屋に泊まることにした。俺は慣れない馬車の移動だったりなんだりで、そこそこに疲れていたのだが。そこに、ラフィがやってきたのだ。
「失礼します、カケルさま」
俺の部屋に入ってきたのは、おそらくおふろ上がりだろう、少し髪が濡れつつ、なおかつふだんのドレス姿ではないラフィだった。思わず飲んでいたコーヒーを吹きそうになるほどギャップがあった。
つまりの、ネグリジェっぽい服である。
……まあ、ネグリジェっぽい、というだけでべつに透けたりなんだりはしていなかったが、なんだか新鮮な驚きがあった。髪も下ろしてたし。
「おっ、おぼ、おぼろかすなよっ!」
「噛み噛みですけど!?」
「ど、どうした急に」
「……カケルさま、突然に召喚されて、たいへんお疲れだと思います。そこで、私は、カケルさまの疲れをねぎらいにやってきたのです」
ん? なんだなんだ?
俺がラフィの真意を測りかねていると、彼女の背中で何かを隠されていることにようやく気づく。
そして気づいたのと同時、彼女は『それ』を体の前に出して、盛大に掲げつつ満面の笑みでこう言った。
「ですので、宴などはいかがでしょうか? と思った次第です♪」