8・騎士団長
「いいや、下げることはできないな」
兵士が言った。その兵士の足元には、頭を石畳にこすりつけている町民らしき男と女。
その周りを、人が囲んでいた。
緊迫した雰囲気――と同時に困惑と不安をブレンドしたような空気。そんなものが、場を支配していた。少し前に行っただけでも、俺の背であれば、状況がつかめるほどにその光景は確かめることができた。
そのあとも、兵士と町民の話が続く。が、途中からだから要領がよくわからない。
そこで、俺のすぐ隣にいる、いかにもうわさ好きそうなおばさんに、いったいこれは何が起きているのかと聞いてみた。
すると、税金の取り立てだという。
……何もこんな街中でやらんでも、と俺は思う。
さて、俺はまた兵士に視線を戻す。
女性だった。しかもけっこう若い。
なんとなく、兵士といえば男性ってイメージがあったが。やはり、女性しかレベルの高い魔法を使えないっていうのは本当のようだった。
……ていうか、大の大人が街中で土下座してるの、目の前で見ると(目の前っていうよりも少し離れてるけど)、なかなかくるものがあるな。これはどうにかできないのか?
少しずつ俺の我慢も限界になってきていると。
「まあ待て。そのくらいにしてやったらどうだ?」
ひときわ、高い声が聞こえてきた。
俺も含め、やじうま全員が自然とその方向へと顔をやる。
それまであった人だかりが、一斉に左右に分かれる。本当に、きれいに分断された。
そこに現れたのは、見るからに凛々しく、そしてはっきりと強者のオーラを持つ、精悍とした女騎士だった。
鎧には金色の装飾がところどころに入っているし、ほかの兵士にはない青マントも着飾っている。明らかにリーダー格といえた。数人の兵士を後ろにしたがえ、さっそうと長い金髪を揺らせながら歩く女騎士。その瞬間、そこかしこで歓声のようなものがあがったのとほぼ同時、
「きっ、騎士団長さま!」
町民の前にいた兵士二人が、うってかわって緊張した様子で敬礼をした。
「彼らもこうして、謝っているのだろう。さあ、顔をあげてくれ」
騎士団長とやらが町民に話しかける。この角度からだと町民の後頭部しか見えないが、本当におそるおそる、といった様子で男と女は顔を上げた。
すると、周りのやじうまたちが、どこかホッとした様子になり、どことなく場の緊張がとけていった。
なるほど。カゼッタ国の中にもああいう騎士団長がいるのか。……かなり怖そうな顔してるけど。いや美人なんだけど。
そして、その騎士団長がとりまとめたことにより、1分もしないうちにその話は片付いて、やじうまがゆっくりと散らばっていく。つづいて、町民二人が騎士団長に駆け寄って、周りの残ったやじうまも、騎士団長の下に集まった。
「アリエスさま、ありがとうございます!」
兵士に詰め寄られていた女のほうが言った。
「いや、私は何もしていない。うちの者がすまなかったな」
アリエスとやらは、毅然とした態度で答えた。
……そんな様子を見て、もうここに残る必要はないよな、と俺は思い、踵を返して帰ろうとした。
そのとき。
――視線を感じた。
ふと、俺は後ろを振り返る。
アリエスがこっちを見ていた。
目が合った。
だが、アリエスはすぐ眼前にいる町民に視線を戻した。まるで、俺なんか見ていなかったといわんばかりに。
気のせい、だったのか?
だが、しばらくその場に立っていても、アリエスはこっちを気にしている様子もなかったし、さっき感じた戦慄のようなものは消えていた。だから……、俺はさっさと馬車に戻ることにした。
あとから思えば、これがこの街で最初で最後の平和な時間だったかもしれない。