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第4話



「失礼!」


日傘の向こうから、男の呼びかける声が聞こえた。


「お休みのところをすまないが、道を尋ねたい!クレドルーの‥‥。」


道から声を上げているようだ。

そっと身を起こして、震える手で、日傘を横にずらした。

男の顔を見ることはできなかった。

自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。


「こんなところで何してるんだ?」


ははっ、とダヴィドの乾いた笑い声が聞こえた。



少しすると、ブーツで草を踏み鳴らす音が近くで聞こえた。


「誰かと一緒?」


頭上から声が落ちてきた。


「いえ、一人です。」


ここで何をしているのか、という問いの答えも付けたしておこうとしたが、ここにいる理由か、ここで寝ていた理由か迷い、後者をとった。

「あの‥‥天気が良かったので‥‥。」


「そう。」


ダヴィド様が、無造作に隣に腰を下ろした。


おずおずと顔を上げると、近くの木の枝に馬の手綱がつないであるのが見えた。


隣を見れば、ダヴィド様が片膝を立てて、そこにひじをのせている。反対の手は、地面に手をついて身体を支えている。


わたしは、体操座りをし直した。

二人して並んで座り、無言の空間に風がさわさわと流れていく。


この時間はなんだろう。

もしかして、わたしに謝るチャンスを与えてくれているのだろうか。

わたしは真っ直ぐ前を見つめたまま、声を上げた。


「ぁのっ!」


また声が裏返ってしまった。

ダヴィド様が、首だけこちらを向けたのが、視界の端に映る。

「お花、ありがとうございます。」とまずはお礼を言った。

「別に。」となんの感情もこもらない言葉が返ってきた。


わたしは、ばっと立ち上がり、ダヴィド様に向かって90度頭を下げた。


「この前は、申し訳ありません!」


沈黙。


「はぁ?」


怒りさえこもっているような強い口調に、頭を上げることができなかった。


「なぜ謝る?」


腰は曲げたまま、ちらりと顔だけ上げると、ダヴィド様の眉間にシワが寄っている。

やはり怒っている。


ぱっと上体を起こして、ふらふらと両手をさまよわせながら慌てて説明する。

「えっと、この前、せっかくお詫びをと言っていただいてたのに、なんか、いろいろ言ってしまいましたし‥‥。」


「じゃあなんだ?やっぱり詫びを寄越せってことか?」


「え?ち、違いますよ!どうしてそういう話になるんですか!?」


「意味が分からないな。なんのことについて謝ってるんだ?」


「それは‥‥。」

視線をそらした。


はぁ、とため息が聞こえた。

「分かってないのに謝るんじゃない。」


「は、はい。」


立ち尽くしたまま、これからどうしたらいいのか分からないでいると、ダヴィド様が「これ、なに?」と草の上に置いてあった籠をひょいと持ち上げた。


「え、駄目です!」

わたしは慌てて膝をつき、それを取り返そうとする。

籠の中には妹へのおみやげが入っている。

見られて困るようなものではないが、母が「こんなに珍しいものを」とおすそ分けする外国のお菓子など、彼にとってみればなんでもないものだろう。

それが無性に恥ずかしくなった。


「返してっ!」と手を伸ばすのに、ダヴィド様は身体をひねり、わたしと反対の方向へ腕を伸ばして、荷物を遠ざけようとする。

わたしが必死になっているので、楽しんでいるのだ。

なんて意地悪な!


わたしの手が、籠の取っ手の部分に届いた。

ダヴィド様は籠の部分を持ち、お互いに引っ張り合う。


「壊れちゃうっ!」

わたしはダヴィド様にのしかかるような状態になっていたが、荷物に夢中になって、ぜんぜん気付いていなかった。


「あっ!」


力に耐えきれなくなった籠が壊れ、もみ合いのなかでコルクの外れた瓶と焼き菓子が宙を舞った。


べちゃっ!


とぷとぷとぷとぷ‥‥。



わたしたちの上に降り注いだそれらは、二人を平等にびちゃびちゃにした。

お菓子は焼き菓子だったのでそれ自体は汚れるものでもなかったのだが、そこにコルクの外れた瓶からドボドボと果実水がこぼれたことで、最悪の組み合わせとなった。


「だからやめてって言ったのに!」


「菓子だって言えばいいだろ!隠すから見たくなるんだ!」


「勝手に見ようとするから!もうっ!ベトベトのぐちょぐちょだわ!」


ダヴィド様を睨みつけると、彼は一瞬息を詰めて、目を見開いた。


「む、無理に引っ張るからそうなるんだ。」


あくまでわたしのせいってわけ!?


ムカついたので、べったりと手に着付いたケーキを彼の頬に擦り付けた。


「おいっ、なにをする!」


首を振って避けようとするので、わたしは得意になり、さらに追い詰める。

いい気味だ。


彼が反撃に出た。

わたしが伸ばした腕を掴んで、地面に縫い付けた。

そして、その反対の手で、ゆっくりと頬に指をひく。

べっとりとケーキの付いた頬を見て満足そうに笑った。


「おいしそうになってる。」


その瞬間、わたしの呼吸音しか聞こえなくなった。

耳が馬鹿になったみたいに。

はぁ、はぁ、と胸が上下を繰り返す。


影になった顔が落ちてきて、とっさに顔をそらしたわたしの頬に、生温かく、湿った感触が触れた。


「うまいな。」


ふっと重みが消えて、太陽が戻ってきた。

立ち上がる男をぼんやり見上げながら、上体を起こした。


「家まで送る。」


「あ、はい。」


わたしが彼の馬に乗り、彼がその手綱を引いて歩き、わたしの家へ向かった。

家の近くまで来たところで、馬からわたしを降ろし、ダヴィド様はそそくさと帰っていった。


悲惨な格好で帰ってきた娘に両親は驚いたが、わたしはぎこちなく「転んじゃって。」と返した。

母に籠を渡し、妹に手紙とおみやげを届けられなかったことを謝った。





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