第3話※
「ここにあった布は知らないか?」
部屋に置いておいたはずの、破れたドレスの袖がなくなっていた。
昨日の夜、ベッドの上でそれを眺めながら、お詫びに何を送ろうか考えてそのまま眠ってしまったので、どこかに落としたかもしれない。
朝食を終えて部屋に戻り、そういえばと探してみれば、どこにもなかった。
朝カーテンを開けにきた使用人が拾ったとか?
どこへいってしまったのだろう。
一晩経てば、ガーデンパーティーのときの高揚は消えていた。
なんてガキっぽい真似をしたんだろうと恥ずかしくなる。
悪友の言う通りだ。
俺ともあろうものが。
マリーや周りで見ていた紳士たちも、さぞ呆れたことだろう。
女性のドレスを破くなんて、何年も前に初めて女性に触れたとき以来だ。
あれは、そう、軍隊にいた頃。あの悪友がどこかから女の子を二人連れてきたのだ。
悪友がそのうちの一人と「うまくやれよ。」という言葉を残して消えてから、俺ともう一人は一室に残された。
その女の子が好みだったかと聞かれるとよく分からないが、顔はかわいかったと思う。
男のプライドにかけて、なにもしないという選択肢はなかった。
デビュー戦では、脱がし方が分からずに、下着の繊細なレースが裂けてしまった。
そして朝を迎える頃には、俺は大人になった。
その日俺は、知ったかぶりをして女を語る男から、女を知っている男へと、階級が上がったのだ。
それ以来、女のドレスを破るようなヘマはしたことがないというのに。
童貞じゃあるまいし、そんな失敗をするだなんて信じられない。
その後のフォローも最悪だった。
俺はもっとスマートに生きてきたはずだ。
彼女があれこれと友人知人に吹聴しないうちに、さっさと謝罪してしまおう。
そう決めたのに、ドレスの切れ端が見つからない。
あれを使って、思いっきり洒落たお詫びをしようと昨夜から考えに考えていたのだが、なかなかいい案が浮かばなかった。
とりあえず、朝一番に花を贈るように指示しておいたので、初動は悪くないはずだ。
知らない、見ていない、と首を横に振るカーテン係に、俺は急いで部屋を出て、ゴミ入れの台車を押す掃除係を追いかけた。
「もしかして、この破れた布切れですか?ベッドの横に落ちていたので、ゴミかと思いました。」
使用人がぺらりと指にぶら下げたのは、探していた破れたドレスの袖だった。
それを、ばっ、とつかみ取る。
「ありがとう。」
部屋に戻り、なくさないように宝石と一緒の箱にしまっておいた。
お詫びはまだ決まっていないのだ。
どんなものがいいか本人に聞いてみるのもいいだろう。
まずは下調べとして、好きなものや嫌いなものについて、いろいろ質問しに行こう。
そう思い立ってから実際に出かけるまでに、太陽が真上にのぼるまでかかってしまった。
理由は服装だ。
最初に着ていたものはあまりに簡素だったので、自分の一番のお気に入りに着替えた。
しかし鏡を見ると、どうにも気合が入り過ぎているような気がした。
もっとさりげなく、かつ、自分が一番よく見える服は‥‥。
あれは堅苦しい、これは道化みたいだ、と着替えを繰り返した結果、シンプルかつ物のいい、白のブラウスにピッタリとしたズボン、そして乗馬ブーツになった。
これならもし何かあっても、乗馬のついでだ、とごまかせる。
モニークの家はクレドルーの平原の片隅にある。
乗馬日和だな、と思いながら平らな一本道を進んだ。
途中、散歩に出かける人々ともすれ違ったので、道から少し離れた草っ原に日傘を置いて横たわる女性がいても、なにも疑問に思わなかった。