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第3話




ガーデンパーティーから帰った次の日に、家に花束が届けられた。

さすが、対応が早い。

花は白いチューリップだった。

高価な花だ。バラでなくて残念、などとは思うまい。


父も母もびっくりして、何があったのか聞こうとした。

ひんやりとした白い花弁にそっと触れながら答えた。

「ダヴィド様の持っていたワインが、わたしのドレスにこぼれてしまったんです。」


一晩経てば、昨日の怒りはシュルシュルと小さくなっていき、それと反比例して深く恥じ入ることとなった。

目が覚めて最初に「昨日のことはなかったことにしたい」と両手で顔を覆ってジタバタと身悶えた。

ろくに顔見知りでもな男性に、少し言いすぎたかもしれないと反省している。


そんなわたしのやましさに気付かずに「なんて律儀なかたなんだ。」と父は恐縮していた。


大げさな、と笑ったら、父は「とんでもない!」と目を剥いた。


娘目線では「素敵な男性」も、男同士からすると、また違った見方があるらしい。


父が言うことには、例えば我が家のある場所を含むこの辺り一帯を統括するような立場にあるのは彼のおじだし、彼の相続する莫大な財産の中には、父がいつもお世話になっているかたの事業にとって必要不可欠な利権があるという。


他にもいろいろと複雑な絡みがあり、とにかく絶対に怒らせてはいけない相手、なのだそうだ。


それは先に言ってほしかった。


素敵な男性に構ってもらえたことに嬉しい反面、からかわれて恥ずかしくて悔しい、などとぐるぐると乙女的思考にふけっている場合ではなかったようだ。


ダヴィド様は怒っているように見えなかったが、実際のところはどうなのだろう。

とりあえず、彼がお詫びにこちらに来ると言っていたので、むしろこちらから謝罪に伺うべきだろうか。


冷静に考えれば、たとえ怒らせていなかったにしても、あれで自分の評判を落としてしまったかもしれない。

売れ残りが今さら、という感はあるが、わたしはこれまで社交界で失敗らしい失敗をしていないので、これは痛い。

周囲から見れば、紳士の厚意に対して意固地になって大声を出している場違いな女だったろう。

しかも相手は、あのダヴィド様。


あぁ、なぜあんなにカッカしてしまったのか。

決まっている。

彼が素敵すぎるからだ。

たとえからかわれたとしても、あれくらい、流しておけば良かったのだ。

あの過剰反応は、まさしくモテなくて男慣れしていない女のものだとバレバレだったろう。


はぁ、もう嫌だ。


もしかしてここから、ついにわたしにも物語のような恋が始まっちゃうかも!?などという希望的観測が捨てきれない自分にも嫌気がさす。


自分の妄想から自分を守るためにも、今すぐ素敵な縁談がほしい。


いや、その前にダヴィド様の件を穏便に解決しなければ。



厩舎へ行っては引き返すのを何度も繰り返しているところを母に見つかり「何をしているの?」と声をかけられた。


ついでに「暇ならおつかいをお願い」と、妹のところへ送り出された。

ダヴィド様の件を忘れたわけではなかったが、先送りするもっともらしい理由に飛びついた。


妹とその夫の愛の住処は、それほど遠くない。

歩いて1時間くらいだ。

天気が良いので、散歩がてら平原の道を歩く。


母から預かった手紙と、珍しい外国の焼き菓子と瓶に入った果実水の籠を右手に。日傘を左手に持つ。


途中、あまりに風が気持ち良かったので、道をそれて野原に寝転がった。

特に急ぎの用事ではないようなので、少しくらい遅くなっても大丈夫だ。


日焼けは肌に良くないと言われるので、日傘を置いて、顔の部分だけ影にしておく。

帽子は風に飛ばされないように、リボンで日傘の軸にくくり付けた。


ゆっくりと、時間が過ぎていく。


しばらくすると、遠くで馬のいななきが聞こえた。

地面にひじをついて、日傘の陰からそちらを覗いた。


妹の家へと続く道の向こうから、単騎で、わたしの家の方向へ向かう影が見える。

顔までは判別できないが、騎乗の姿勢が美しい。

服装は簡素なもので、シルエットで体格の良さが分かる。


どんな人なのか興味はあるが、関わるのは面倒だ。

気付かないふりをしてやり過ごそうと、再び日傘に隠れて寝転がった。

だんだん大きくなる馬の蹄の音を聞きながら、目を閉じて馬上の人物を思い浮かべた。


髪は優しい栗色。

後ろにかき上げられた髪の毛先がカールしていた。

額にひとすじ、前髪が落ちていて。

肩幅は広く、姿勢が良かった。

長時間の早駆けもできそうだ。

彫りが深く、眉は意思が強そうだった。

肌は日に焼けて男らしい。


ぱちっと目を開いた。

心臓がドクドク鳴っている。


ダヴィド様だ。

あれは、ダヴィド様だった。


わたしの家に向かっているのかもしれない。

いや、昨日の今日でそんなはずは‥‥。

なんでもいい。

呼び止めて、謝らなければ。

早く!早くっ!!


自分を急かすのに、身体はぴくりとも動かない。

やがて、わたしのいる場所を通り過ぎた馬の足音が遠ざかっていく。


待って‥‥。





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