表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/37

第17話※



御者席から到着を知らせる声がかかってからも、少しの間そのままでいた。

頭の中を現実に切り替えるのに少しの時間が必要だった。

それに、モニークはまだ眠っている。

できればそのまま寝かせておいてやりたいが、いつまでもここにいる訳にはいかなかい。


ふう、と大きく息をはいてから「モニーク、着いたよ。」と声を掛けた。

モニークが起きて、俺の肩から久しぶりに重みが消えた。

本来の状態に戻ったというのに、そこがなんだかすかすかして寂しい感じがする。

このわずかな往路の間に、モニークの頭はすっかり俺の肩に馴染んでいたらしい。


先に馬車から降りて、モニークに手を差し伸べる。

彼女が馬車から降りて、手が離れる瞬間、このままわかれてしまうのは惜しいと思った。

馬車の中で思い出していた、幼い頃の感情に引っ張られていたのかもしれない。


どちらでもいい。

引き留めたいと俺が思って、彼女が目の前にいるのだから、そうしない理由はない。

それに、できればモニークに、グザヴィエと話していたことについて説明しておきたい。

そんなもっともらしい理由を心の中で付け加えて、すぐに帰ると言う彼女を半ば強引に応接間へと案内した。


応接間では、特にこれといった会話はなかった。

軽食を終えてからも彼女が落ち着かなげにソワソワしているので、いつまた帰ると言い出さないか、こちらも気が気ではない。

話題を探そうとして、先ほどモニークが言っていた言葉を思い出した。

「そういえば、元のドレスに着替えたいだなんて、どうしてなんだ?」


そのままの格好で帰るのになにか問題があるのかと疑問に思っていたことをそのまま質問すると、モニークはちらりとこちらを窺い、口ごもった。


「あのドレスは乗馬向きではないし、汚れてしまっては困るもの。」

彼女の表情が、それだけが理由ではないことを語っていたが、本人がそう言うならそういうことにしておこう。

モニークは他人がどう思うかを気にするたちのようだから、またあれこれと余計な気を回しているのかもしれない。

俺としては、譲り受けたものを着て帰るのになにも問題がないのだし、なによりせっかく似合っているものを着替えてしまうのはもったいなく思える。


いっそのこと、モニークのために一から作ったものを贈るのはどうだろうか、と思案していたら、扉をノックする音がした。

呼んでないのに、妹が来たようだ。

二人で話し始めてそれほど時間も経っていないというのに。

こう邪魔をされては、ゆっくり話すこともできないではないか。


許可を待てずに妹が部屋に入ってきた。

「ご歓談のところ申し訳ありません。」

口で殊勝なことを言おうとも、態度がそれを裏切っている。

申し訳ないなどと、妹は少しも思っていないだろう。

この無作法を後で叱っておかなければならない。


ソファの肘掛で頬杖を突いて、目を細めた。

「どうした?あいさつはいいから用件を言え。」

さっさと追い払おうという俺の意図は分かっているだろうに、妹はにっこりとモニークに笑いかけ、

「実は、ぜひモニーク様にお渡ししたいものがあるんです。」

と言って、部屋の外に待機させていたらしい使用人たちを入室させた。

その手には、色とりどりのドレスとブローチや帽子などの小物がある。


「これは?」と質問すると、モニークに譲るために自分の持ち物の中からあれこれ選んできたという。

この妹は、今朝少し会っただけだというのに、よほどモニークのことを気に入ったのだろう。

使い古しかと質問すると、妹は「違いますわ!ほぼ未使用ですもの。」と怒って返してきた。


ざっと見たところ、確かに妹が言うようにモニークに似合いそうなものがそろっている。

着れるドレスがあるのならちょうどいいではないか。

馬に乗るためのドレスがないという話をしていたばかりだから、この妹の行動は都合がいい。

新しいドレスを贈るという案も捨てがたいが、とりあえず、欲しいものを選んでもらえばいいだろう。

不要品というのが気にかかるが、ほとんど使用していないなら、そう悪くもないと思うのだが。


「ちょうどいい。今のドレスで馬に乗れないなら、この中から選べばいいじゃないか。」

モニークに話しかけたのだが、彼女が返事をするよりも早く妹が反応した。

「えっ、本当ですか?よかったぁ、こっちの花柄のドレスは裾がまとわりつかないから、とっても着やすいんですよっ!」

モニークがドレスを必要としていると聞いて、うれしそうに飛び跳ねている。


だが肝心のモニークは、なぜか非難するような目で俺を牽制した。

俺は首を傾げて、視線でその意図を確認しようとすると、俺たちのやりとりに気付かない妹が

「まだあるんです。わたしの部屋に見に来てください!」

と言ってモニークのひじに腕を絡ませた。

扉のほうへ引きずられながらモニークがこちらを振り返ったので、気兼ねなく行くようにという意味を込めて手をひらひらと振っておいた。


静かになった部屋で、ふわ、とあくびが漏れた。


まったく。

俺がモニークを連れてきたというのに、妹に奪われてばかりだ。

あの調子では、彼女が解放されるまでまだまだ時間がかかるだろう。


さて、と一息ついてソファから立ち上がった。

「少し仮眠をとるから、なにかあったら起こしてくれ。」

簡易ベッドの置かれた仮眠室に行って、ゆったりとしたシャツに着替えた。

ベッドに横になると、すぐに眠気がやってきた。


ふっと意識が戻って部屋を見回すと、眠る前よりも部屋の中が暗くなっていた。

窓の外を見れば、だいぶ日が傾いている。

誰も起こしに来なかったということは、モニークたちはまだ一緒にいるのか。


ベッドから降りて、服装と髪を整えてから、仮眠室を出た。

「モニークたちはどうしている?」

質問すると、執事は淡々と答えた。

「部屋で試着を繰り返してから、ホールに移動してダンスの練習をされ、その後馬小屋へと行かれました。現在は、庭でお花を観賞されています。」


なんだその盛りだくさんの内容は。

モニークは一通り付き合わされたのか。

かわいそうに。


くくっ、と笑いが喉から漏れた。


執事がたしなめるような目をしているのに気付き、笑いを引っ込めた。


それにしても、もう夕方に近い。

こんな時間からモニークを馬で帰すわけにはいかない。

今日は泊まっていってもらおうと考えて、どの部屋が使えそうか執事に相談した。


「どのお部屋もお使いいただけますが、この季節でしたら、バラ園に面したお部屋はいかがでしょうか。風がよく通るので爽やかですし、明日の朝はバルコニーからバラ園をお楽しみいただけます。」

「そこにしよう。それと、夕食は二人だけでとれるようにしてくれ。」

「かしこまりました。」


「あら、さみしいわ。」

おっとりとした声に振り返ると、母が後ろに立っていた。

「わたくしもモニークさんにお会いしたいわ。妹には紹介して、母親には紹介してはくれないのかしら。」

妹からモニークの話を聞いて興味を持ったのだろう。


自分だけ紹介されてない、とむくれていた。

こういう少女じみたところがあるからこそ、自分の娘ともまるで同年代の友だちのように騒げるのかもしれない。


「紹介したんじゃなくて、あいつが勝手に割り込んできたんですよ。家族と一緒に食事だとモニークが気をつかうでしょうから、今回は二人でとります。」

すげなくあしらうと、息子では話にならないと思ったのか、今度は執事に視線を向け始めた。

その魂胆は分かっている。

息子で駄目なら、執事に頼もうというのだろう。

「駄目ですよ、紹介はまた、改めて。」

釘を刺しておいた。

「えー。」


母はまだ諦めていなかった。

「でも、ごあいさつだけでも。」

あまりに食い下がるので、本当に軽いあいさつだけだと約束して話がまとまった。

「モニークは疲れているんで休ませてやりたいんです。くれぐれも、軽いあいさつで終わらせてくださいね。おしゃべりに付き合わせないように。」

「あらあら。」

信用ないわねぇ、と頬に手を当てて首をかしげる母だった。


庭の奥に進むと、モニークたちの話し声がした。

見ると、ガゼボで並んでいる二人の姿があった。

近付こうとすると「お兄さま」という単語を耳が拾って、思わず足が止まった。

俺の話をしている?


「おじ様って、少し怖いわ。お兄さまはなにも言わないけど、おじ様の養子って、すごく大変だと思うの。」

妹の声が、今度ははっきり聞こえてきた。


モニークの困惑した表情を見て、そういえば俺が養子であることを話したことがなかったなと苦笑した。

隠していたわけではないが、触れ回るような内容でもない。

よく知られた話なので、モニークが知っていてもおかしくないと思っていたが、そうか、知らなかったのか。


わざと足音を立てて存在を主張し、

「いつまでモニークを連れ回してるんだ。」

と二人に対して笑顔を向けた。


「まったく。休ませるつもりだったのに、これじゃあ余計に疲れるだけじゃないか。なぁ、モニーク。」

ガゼボの柱に手を付いて、気まずそうな顔をしているモニークに顔を近付けた。

養子の話など俺はぜんぜん気にしていない。

それを彼女に示したかった。


俺の言葉に反応した妹が俺を睨んだが、モニークが「わたしは楽しかったわ。」とフォローすると、すぐに得意そうな顔になった。

簡単な奴だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ