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第17話



ダヴィド様の屋敷に到着したようで、馬車が停止した。

目を閉じていたので外の様子は分からなかったが、外から御者の声が聞こえる。

いつ起こされるのかとじりじりしていたが、ダヴィド様はわたしの頭を肩に載せたまま、しばらく動こうとしなかった。


これはもう自分から起きてしまおうかと思ったところで、やっと「モニーク、着いたよ。」と声がかかった。

いかにもいま起きましたというふうに薄眼を開けて、身体を起こした。

そして、何度かまばたきを繰り返してから、もにゃもにゃした口調で「あ、眠ってしまってました。」と自己申告した。

うまくできていたかどうかは分からないが、ダヴィド様はなにも言わなかった。


ダヴィド様が先に降りて、わたしに手を差し伸べる。

最初こそその手を借りるのにためらいがあったが、四度目ともなればわたしも最初から手を差し出されるものだと予測しているので、スムーズに馬車を降りることができた。


「さて、屋敷で一度休もうか。今日は疲れただろう。」


時間は昼を少し過ぎたところだろうか。

着替えさせてもらえれば、すぐに出発すると伝えたが、まだ日も高く馬で帰るには陽射しが強いだとか、いろいろ言われているうちに、いつの間にか応接間でお茶を飲みながら軽い食事をとるという状況になっていた。


「そういえば、元のドレスに着替えたいだなんて、どうしてなんだ?」

ダヴィド様ははす向かいの席で紅茶を飲みながら、わたしに尋ねた。

その顔には、本当に理由の見当がつかないと書いてある。

純粋に疑問に思っているらしい。


本心は、以前ダヴィド様からお詫びの花を贈られただけで恐れおののいていた父に対して、ドレスをもらった経緯をうまく説明できる自信がないからだ。

隠して持ち帰っても置き場に困るし、いらない突き返すのもせっかくの好意を無下にするようで心苦しい。

どっちをとっても苦しい。


できれば、持ち帰り忘れた体でうやむやにして、この屋敷に置いて帰りたいと思っていた。

しかしそれをそのまま言うわけにはいかないので「あのドレスは乗馬向きではないし、汚れてしまっては困るもの」と表向きの理由を伝えた。


ふむ、と考えるような顔をするダヴィド様。

余計なことを考えていないかハラハラする。

ダヴィド様はとても親切たが、世話焼きが過ぎる面があることは、この二日間でよく知っている。

ダヴィド様にとっては普通のことなのかもしれないが、わたしにとってはそうでないことが多い。

このお屋敷で使用人に囲まれて足を揉まれたのは衝撃だった。


そのとき、トントン、と扉をノックする音がした。

部屋の隅で控えていた使用人がささっと扉まで動き、ダヴィド様に彼の妹が来たことを伝えた。

ダヴィド様が警戒するようにムッと唇をへの字にした。


入室の許可を待たずに、少女が侍女を従えて部屋に入ってきた。

「ご歓談のところ申し訳ありません。」

「どうした?」

あいさつはいいから用件を言え、とダヴィド様。

彼女がわたしのことをマリーと勘違いしていたと知っているだけに、気まずくて視線が合わせられない。


「実は、ぜひモニーク様にお渡ししたいものがあるんです。」

侍女が手をパンパンと打ち鳴らすと、ぞろぞろと手にドレスや箱などの荷物を持った使用人が部屋に入ってくる。

使用人達は一列に並び、箱を開けて中身を見せる。


一体なにが起こっているのかと目を丸くするわたしの傍で、ダヴィド様は「これは?」と妹に質問した。


「わたしが集めたものなんですけど、お姉さまに似合いそうなものがたくさんあったんです!」

少女は弾んだ声とは対照的に、ダヴィド様は疑わしそうに横目で妹をチラリと見る。

並んだ品々にざっと視線を走らせて「使い古しをモニークに?」と尋ねる。

「違いますわ!ほぼ未使用ですもの。」

強い口調で少女が返した。


ダヴィド様、気にするべきはそこじゃないと思う。

今日会ったばかりの相手に、いや、今日会ったばかりじゃなくても、人に対してこんなに(見るからに)高価なものをあげるだなんて。

常識的に考えてありえない。

そんなことを言い出す幼い妹を止めるべき兄が「ちょうどいい。今のドレスで馬に乗れないなら、この中から選べばいいじゃないか。」と言っていてどうする。


「えっ、本当ですか?よかったぁ、こっちの花柄のドレスは裾がまとわりつかないから、とっても着やすいんですよっ!」

これまで大人っぽく見えた少女だったが興奮したせいか小さくぴょんぴょんと飛び跳ねて、年齢相応の幼さを見せた。

そこまで喜ばれると、受け取れないとハッキリ伝えるのは難しい。


相手を傷つけずに断るために言葉を選んでいると、少女の勢いはエスカレートし「まだあるんです。わたしの部屋に見に来てください!」と肘に腕が絡んできた。

ぐいぐいと引っ張られてどうしたらいいのか分からず、ダヴィド様に助けを求めようと振り返った。

しかし彼はソファに深く腰掛けたまま、ひらひらと手を振ってわたしを送り出した。


「やっぱり!お姉さまは色が白いから、コバルトブルーのドレスがとってもお似合いになるのね。白い肌が映えて素敵。うらやましいわ。そのドレスにはブローチがあったほうがオシャレよね。うーん、どれがいいかしら。」


ダヴィド様の妹の部屋に連行され、着せ替え人形にされていた。

あの、もう、と中断を申し出ようとしても、少女の勢いに負けて言葉が最後まで続かない。

それに、お姉さまとは一体。

「このブローチがいいわ!わたしとおそろいなの、ふふっ。」

実の妹にだって、こんなにキラキラした瞳で見られたことはない。

女の子にぐいぐい来られたのは初めてだ。

しかも、ダヴィド様の端正な顔立ちに似ている少女は、もちろん美少女で。

その美少女が嬉しそうにしていると、こちらまで嬉しい気持ちになるし、その表情を曇らせてしまうかもしれないと思うと、なかなか断りの文句が出てこなかった。


結果、されるがままに何度も着替えさせられ、飾り付けられ、屋敷内のホールに連れ出されてダンスパーティーごっこをしたり、馬小屋を見に行ってエサやり体験をしたり。

たっぷりと少女の遊びに付き合わされたのだった。


最後に、庭を案内されてガゼボから花々を鑑賞している時に、少女が「お姉さまは、お兄さまとはどんなふうに出会ったんですの?」と唐突に切り出した。

思い返してみれば「出会い」という単語を使うような、ロマンチックなものではなかった。

ガーデンパーティーでドレスにワインがとんで、彼にしつこく絡まれたのが切っ掛けだ。

あのときは本当にからかわれていると思ったし、まあ、実際おもしろがられていたのかもしれないが、早くどっかへ行ってくれという一心だった。


「ダヴィド様のおじ様の開催されたガーデンパーティーで知り合ったんですよ。」

「おじ様の‥‥。」

少女が複雑そうな顔をした。

「わたし、お兄さまには幸せになって欲しいの。お母さまも、そう思ってるわ。」

わたしはなぜ彼女がそんなことを言い出したのか分からないまま「そうですね。」と頷いた。


「おじ様って、少し怖いわ。お兄さまはなにも言わないけど、おじ様の養子って、すごく大変だと思うの。」

ん?と思わず固まってしまった。

ダヴィド様が養子だというのは初めて聞く話だ。

当たり前に会話に出てくるような、知られた話なのだろうか。


「いつまでモニークを連れ回してるんだ。」

ガサ、と音がしてダヴィド様が顔を出した。

「お兄さま!」

ダヴィド様は屋敷の中で着るような、ゆったりとしたシャツに着替えていた。

表情は和やかで、今の話を聞こえていなかったのか、それとも聞こえていてもどうでもいいのか、どちらなのか判断できなかった。


「まったく。休ませるつもりだったのに、これじゃあ余計に疲れるだけじゃないか。なぁ、モニーク。」

ガゼボの柱に手を付いて、からかうようにわたしの顔を覗き込んでくる。

少女がムッとした表情になる。その顔が兄妹で似ていて、つい笑ってしまった。

笑ったことをごまかすように少女に微笑みかけ「わたしは楽しかったわ。」と言うと、少女の顔が輝いた。




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