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第13話※




やっと俺を解放したグザヴィエは「久しぶりじゃん。どーしたの?」「俺に会いに来てくれた?」「用事ってなーに?」と矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。

とりあえずグザヴィエを落ち着かせて、モニークの兄へと視線を向けた。

「今日はきみに会いに来たんだ。理由は‥‥分かるな?」

モニークの兄は小さくなり「はい。」と返事をした。


「え?どーいうこと?」

首を傾げるグザヴィエ。

そんな仕草をしようが、まったくかわいくない。

この男は俺より頭半分高い大男で、身体もゴツイ角刈り男だ。

鍛えられた上腕二等筋でぎゅうと抱きしめられたときは、骨が折れるかと思った。


大きく育った肉体とは裏腹に、中身はまるで子どものように純粋で、一度信頼した相手にはどこまででもついていく。

もともとはモニークの兄と三人で話をするつもりだったが、上官がグザヴィエならばちょうどいい。同席してもらおう。

それに、確かめたいこともある。


「二人とも、ソファにかけてくれ。」

そう言ってソファに腰掛けると、グザヴィエが俺のすぐに向かいに座る。

兄妹はちらりと視線を交わして、無言でソファに腰掛けた。


モニークの兄が、俺をちらっと見た後に、妹の格好を上から下まで見て、蒼白だった顔面が少し緩んだ。

罪悪感にさいなまれていたところを、予想外に余裕のありそうな服装を見て安心したのだろうが、そうは問屋がおろさない。


いくら俺がモニークを保護するつもりだとはいえ、それはこちらの話だ。

彼は彼で、自分できっちりとケリをつけるまでは、安心することなど許されない。


モニークはキッと兄を睨んだ。

睨まれたほうは亀のように首をすくめて「禍を転じて福と為す、ってね。」とごにょごにょと口の中で呟いた。


うまいことを言ったつもりなのかも知れないが、それは火に油を注ぐことになるぞ。

予想通り、モニークがぐっと身を乗り出して彼になにか言おうとしたので、それを止めた。

兄妹の言い合いになる前に、こちらの話を片付けなければ。


「ここにきみの妹がいる時点である程度予想はついていることだと思うが、モニークは現在、きみが仕出かしたことが原因で困難な状況にある。だが、話に入る前にまずは自己紹介をさせてもらおう。わたしはダヴィド・ヴィタリテ。クレドルー周辺をとりまとめているラヴォワ伯の甥だ。」

「そして僕の元同僚。」

グザヴィエの合いの手に、俺は頷いた。


「モニーク、彼はグザヴィエ。彼が言ったように、俺が軍にいたときの仲間だ。そして、いまはきみの兄の上官。」


モニークは、うなだれる兄、うきうきしたグザヴィエ、そして最後に俺へと順に視線を移していった。

「あの‥‥。」

どうして兄の上官を同席させるのか、とその瞳が語りかけてくる。

俺が口を開くより先にグザヴィエが答えた。


「不始末があれば僕が聞くのは普通だよー。最近この子の様子がおかしかったから、なにかあるかなとは思ってたけど、ダヴィドが来るってことは‥‥しかも僕を同席させるってことは、けっこうヤバいことをしちゃったのかな?」


モニークの兄の顔を覗き込むように首を傾げるグザヴィエ。

覗き込まれたほうはびくっと身体を震わせた。

のんびりとしたグザヴィエだが、けして甘いわけではない。

それはモニークの兄もよく分かっているようだった。


「きみの心配ごとを解決するよう力を貸すつもりだ。どうかわたしたちにことの経緯を話してくれないか?」

できるだけ優しく聞こえるように、ゆっくりとした口調で呼びかけた。

しかし青年はうつむいたまま顔を上げない。


おどおどとした青年だと思う。

顔色も良くなかった。

あまり眠れていないのかもしれない。

その肩は小刻みに震えている。


少し待っても彼は口を開かない。

できれば彼のほうから話して欲しかったが、仕方ない。

こちらからパルクスの名前を出すか。


「パルクスとのことは、こちらもある程度は把握している。わたしを信用して欲しい。このままではいけない。クレドルーを取り戻すんだ。サインをして以降、パルクスに抗議したことは?‥‥ないな?では、まずパルクスと話をするところからだ。」

最後に「俺も立ち会うからから。」と付け加えた。


「あー‥‥パルクスね。そんなのと関わっちゃったの?」


呆れたような顔をするグザヴィエ。

軍にいるだけあって、いろいろな噂が耳に入ってくるのだろう。

当然、パルクスにまつわる黒い噂も知っている様子だ。


俺は顔をモニークの兄に向けたまま、視線だけグザヴィエに移した。

「彼は自分から関わったわけではないが、脅されて土地と屋敷の権利を手放すことになった。」


俺の言葉に反応したのはグザヴィエだけではなかった。

モニークも、ばっとこちらを見た。

信じられないものを見る目をしている。

彼が脅されていることは、モニークに伝えていなかった。

どうして俺がそのことを知っているのだと思っているのだろう。


一方グザヴィエは、途端に顔が鋭くなった。

脅されている、という言葉に反応したのだ。


今度はグザヴィエが、震えるモニークの兄、俺を睨むモニーク、そして俺へと視線を滑らせる。

そしてだいたいの事情を察したようだ。


「そっかー。僕が知らないのに、ダヴィドの耳に入ってるんだね。」

静かに放たれたその言葉には、どうして自分に相談しなかった、という意味を含んでいる。


グザヴィエは隣の青年の頭を見下ろしながら語った。

「僕が常々、清廉であれと言っている意味、分かるかな?力を持つからこそ、人々の規範となる人間であれ。それはもちろんそうだけど、でも、それだけじゃないんだよね。‥‥秘密は犯罪につながる。犯罪者につけこまれる隙を作らないことが大切だからこそ、常日頃から身の回りには気を付けなきゃいけない。」

噛んで含めるように説明している。


「だから、ダヴィド。この子がそんな問題を抱えていたなんて知らなかった僕にも責任がある。」


グザヴィエの目がキラリと光った。

その強い視線に、俺は背筋を伸ばした。


「今回はきみに任せるけど、この子になにかあったら、上がなにを考えていようと僕は動くからね。」


グザヴィエは俺が彼を同席させたその意図を読み取ったようで、この件を一時俺に預けることを了承してくれた。

グザヴィエを同席させた目的は、二つある。

一つは、この件を、モニークの兄から直接聞いたかどうかは別にして、上から知らされているかどうか確認するため。

そしてもう一つが、もし知らされていないなら、彼が動かないように仕向けるためだ。


グザヴィエがモニークの兄の上官だと知ったとき、この問題を知らされていないだろうことは予想がついていた。

もし知らされていたら、そもそも、モニークの兄が家族から逃げているなどという状況になる訳がない。

モニークの兄を引きずってでも家族のもとへ連れて行っていただろうし、さらにパルクスへもすでに直談判しているはずだ。


グザヴィエは、モニークの兄本人からだけでなく、上からもこの話を知らされていなかった。

その時点で、ある疑問が生じる。

軍の人事部が、クレドルーのことを把握していないなどということが、あるのかどうか。


答えは否、だ。


セザール様が動くような事態なのに、パルクスに関わる一連の事態を知らないなどということはありえない。


その上でグザヴィエが知らないのだとしたら、あえて知らされていないのだ。

つまり、グザヴィエが動くことは許されていないということになる。


俺は動いてよくて、グザヴィエは動いてはいけない。

その違いは、軍の人間かそうではないか、だろうと考えている。


パルクスの件はクレドルーだけの問題では終わりそうにない。

どこまで広がりのある話なのかは分からないが、セザール様の動きかたを見ると、軍の上層部の中にも関わっている人物がいるだろうことは想像がつく。


推測だが、グザヴィエが動くことで、この件に関わる人物の、さらに派閥まで巻き込んで軍が真っ二つに割れてしまうことを恐れたのではないだろうか。


軍は一枚岩ではない。

軍に限らず宮廷も、様々な派閥がある。

一人を疑えば、その属する派閥の人間があちこちから口を出してきて、妨害される。

それを押して断罪しようとすれば、口を出したほうももはや引けなくなっているので、両者に埋めようのない亀裂が生じてしまう。


しかし、先に証拠さえ固めてしまえば、容疑者の派閥が騒ぎ出す前に、ことをおさめることができる。





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