表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/37

第12話※




馬車が出発してから、ガラガラとなる車輪の音が響くのみで、お互いに視線も合わせなかった。

モニークはなにやら考え込んだ表情で、視線を伏せている。

俺は窓の外を眺める振りをしながら、それをちらちらと見ていた。

なにか言わなければ。

妹の使用人が磨き上げたのだろう、美しいモニーク。

いつもとは違う香りをまとい、いつもとは違うドレスを身につけ、いつもとは違う髪型をした彼女は、なんだか違う人に見えてドギマギする。


軽い調子で褒め言葉をかけたいのに、あれでもないこれでもないと考えているうちに時間は経ってしまうし、彼女は人形のように無表情だし、どう言葉をかけていいか分からなくなってしまった。


それでも口にしなければ、と意を決して「きみは鮮やかな色のドレスが似合うんだな。」と声に出した。

顔を上げ、少し目を見開いて俺を見つめるモニーク。

外から入ってきた太陽光が馬車の中のどこかの金具に反射し、彼女の頬にゆらゆらと光が踊っている。

白い肌は、まるで太陽の光に溶けてしまいそうだ。


彼女の澄んだ瞳が俺を見ていることを意識したら、じわじわと顔に熱が集まってきた。

「いつもくすんだ色ばかり着ているが、これからはそういった色のドレスを着るといい。」

赤くなった顔を見られたくなくて、さっと横を向いて、再び窓から景色を見ている振りをした。


なんだ?

なんなのだ。


モニークが静かだと調子が狂う。


「ありがとうございます。」

ぽつりと呟かれた言葉は、小さな声だったのに、車輪の音にかき消されることなく俺の耳に届いた。

じんわりと心が温まりかけて、違う、と思い直した。

敬語は必要ないと言ったばかりなのに、彼女は敬語のままだ。


横目で彼女の表情をうかがうと、俺の褒め言葉に喜んでいる様子はない。

眉尻を下げて、困惑したような顔だ。

どうもうまくいかない。


「敬語はいらないと言っただろう。」


今日の俺はなんだか変だ。

自分自身が思い通りにならないというもどかしさに、苛立ちがつのる。

それが口調に滲みでてしまっていた。


彼女はそれに気付いただろうか、とちらりと視線を向けると、やはり困惑したままの彼女が小さな声で「‥‥ありがとう。」と言った。

「ああ。」と返したものの、そこから会話をつなげることはできず、俺たちはただひたすら、馬車が目的地に到着するのを待った。



俺は反省というものをあまりしたことがない。

起こってしまったことは起こってしまったこととして、次回しないようにしようと心に決めれば、すっぱりと気持ちを切り替えることができる。

でも今日に限っては、どうしてかそれができなかった。


うまくいかない。

彼女を褒めれば困った顔をされ、家に連れて来れば怒らせてしまう。

俺が彼女のためを思ってすることはどれも彼女にとって逆効果なのか、と考え込む。


いや、よく考えてみれば、俺は彼女を怒らせてばかりだ。

おじの新しい庭が完成したときのパーティーで、大人になったモニークと初めて会話をしたとき。

すれ違いそうになりながらもクレドルー平原でいきあい、隣り合って座って風を感じていたとき。

その次は‥‥そう、彼女が夜会で別の男と見合いをしていたときは、怒ってはいなかった。

俺を頼るようなそぶりを見せてくれていた。

そして最後に狩りの館でパルクスの部屋から連れだしたとき。

このときは、だいぶ俺に対する遠慮がなくなってきて、烈火のごとく怒っていたっけ。


思い返してみても、彼女の怒った表情ばかりが浮かんでくる。

俺はモニークの笑顔も好きだが、怒った顔も同じくらい好きだ。

なにかを掻き立てられるような気持ちになる。



馬車が止まり、御者から軍へ到着したことを知らされた。

ここからは、馬車へ乗り入れることはできない。

先に外へ出て、モニークが降りるのに手を貸す。

モニークは武器を携帯した門番を見て、少しひるんだように上体を揺らした。


軍の中は男ばかりだ。

年頃の女性を連れてくるような場所ではないのは分かっているが、目的の人物が外に出てきてくれそうもないので、こちらから行くしかない。

それでも、やはり女性にとって武器を持つ屈強な男に囲まれるのは慣れないし、落ち着かないことだろう。


「大丈夫か?」

と顔を覗き込むと、彼女は「‥‥ええ。」と言葉少なに唇を引き結んだ。


俺にとっては見慣れた門構え。

訪問客用の門に立っていた門番に名を伝えると、門番は心得えていて、すぐに門の中の部屋へと通された。

通される部屋は身分の違いによって変わる。


昔、王太子が軍にいた俺に会いに来たことがあった。

王宮に呼び出せばいいのに、お忍びで来たのだ。

その際に、彼が通された最高級の部屋を見た。

いま俺がいる部屋の倍の広さはあったし、絨毯もソファも、すべて一級品だった。


この部屋はソファや机や絨毯など、ある程度のものがそろえてあるけれど、やはり王族用の部屋と比べると質素なものだ。

まあ、特にこだわらないので、不満もないが。


いまはモニークと二人、ソファで隣り合い、取次の者が来るのを待っていた。

モニークの兄に会いに来たとだけ伝えると、取次は「お待ちください。」と言って部屋を出て行った。

取次は俺と一緒にいる女性についてなにも聞かなかったので俺のほうも言わなかった。

今頃、俺の名前でモニークの兄を呼び出しているはずだ。

おそらくいまは訓練中だろう。

事前に連絡がしてあった訳ではないので、そうすぐに呼び出してもらえるとも思っていなかった。


予想通り、ノックの音とともに入ってきた取次は「彼は現在訓練中なので、少しお待ちいただくお時間が必要となります。」と言った。


「ああ、構わない。ところで、彼の上官は誰かな?」

「グザヴィエ隊長です。」

「‥‥グザヴィエか。」

知り合いだ。

そうか。あいつが上官なら、きっと‥‥。


バン!


ドアが勢いよく開いた。

「ダヴィド、来てるってー!?」

大声と共に部屋に突入してきたのは、一年ぶりに会う友人だった。

思った通り、俺の名前を聞いて訓練中だろうがなんだろうが、それをほっぽり出して駆けつけたのだろう。


俺がソファから立ち上がると、グザヴィエは両手を広げて飛び込んできて、盛大にハグされた。

バンバンと背中を叩かれながら、グザヴィエの肩越しに、部屋の入り口で立ち尽くす男が見えた。


グザヴィエが走って来るのについて来たのだろう。

肩で息をしている線の細い青年。

おそらくあれが、モニークの兄だ。

彼は来客を抱きしめる上官ではなく、初めて会う俺でもなく、驚いた顔でモニークを見ている。

モニークも男を凝視したまま、ゆっくりと立ち上がった。

取次がそっと部屋を出て行く際に、開いたままだった扉を閉めていった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ