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第14話




しかしグザヴィエ様が続けた言葉は、わたしの予想と違うものだった。


「だから、ダヴィド。この子がそんな問題を抱えていたなんて知らなかった僕にも責任がある。」


兄が顔を上げて、ふるふると首を振った。

グザヴィエ様はまっすぐにダヴィド様を見ていた。

わたしたち兄妹の問題のはずなのに、完全に置いてきぼりにされている。


「今回はきみに任せるけど、この子になにかあったら、上がなにを考えていようと僕は動くからね。‥‥っていうか、ダヴィドも僕の性格分かってるでしょ?もー、頼むよー。驚かせないで。」


いきなりグザヴィエ様が元の砕けた雰囲気に戻り、身体をぐだっとさせた。


「いや、そう言うと思って。分かってるからこそ、だろ。お前に話を通しておかないと、後で暴れるだろうしな。」


「そりゃそうだよー。」


意味が分からない。

いったいなんの話をしているのか。

ただ、クレドルーのことだけを話しているのではないということは分かった。

兄もぼんやりとした顔をしている。


「あ、ごめんね。こっちの話。じゃあ、言うことは言ったし、僕は席を外そうかな。モニークちゃん、お兄ちゃんが悪さをしたなら、コラッて怒ってやってよ。じゃあねー。」


本当に、言うだけ言ってグザヴィエ様は去って行った。

パタン、と閉じられた扉の音がやけに響く。

後に残されたわたしたち三人は、しんと静まり返った。


コラッて、子ども相手じゃあるまいし。

しかも、モニークちゃん、て。

初対面なのに、なんて馴れ馴れしい。

グザヴィエ様にとって、わたしたちの問題は子どもの兄妹ゲンカと同レベルなのか。


結局、どうでもいいんでしょう?

だからそんな軽い態度でいられるのよ。


誰も彼も、自分のことばかり。


ダヴィド様、セザール様、グザヴィエ様。

彼らはあくまで彼らのためだけに動いていて、わたしたちの本当の味方はどこにもいない。

兄さんはわたしたち家族を捨てた。

姉さんだって、いざとなれば自分のことばかりだ。


コホン、とダヴィド様が仕切り直した。

「モニークのことだが。」

と切り出すと、兄がそわ、と身体を揺らした。

その瞳がわたしとダヴィド様をチラ、と往復し、期待と不安の入り混じった色を帯びる。

聴きたいけれど、聞くのが怖い、といったところか。


わたしは兄の表情の変化を冷めた気持ちで観察していた。

ここに恋が生まれてくれれば、ダヴィド様に助けてもらえて、自分のしたことが問題にならなくて済むと考えているのが、ありありと伝わってくる。

そんな虫のいい話があるか。

わたしがマリーに敵う訳ないじゃない。

すみませんね、魅力のない女で。


‥‥嫌だわ。こんなひがみ。

なんて醜い。


「わたしと父さんと母さんがいまどこにいるのか、知らないでしょう?」


イライラしながら口を開く。

話を遮られた形のダヴィド様は、ひょい、と眉を上げただけで、わたしに話を譲った。


「姉さんのところよ。ああそれならよかった、って思う?いい訳ないでしょう。突然パルクスに追い出されて、姉さんのところでどれだけ肩身の狭い思いをしているか。兄さん、こうなることが分かっていて、どうしてなにも言わなかったのよ!」


兄は視線を逸らした。

向き合おうとしない態度に、さらに怒りが燃え上がった。

同時に、泣きそうになる。


「わたしなにか間違ったこと言ってる?言ってないわよね。わたしがどれだけショックを受けたか、兄さんに分かる?わたしだけじゃない。父さんも母さんも。クレドルーの家が好きだった。二人とも落ち込んじゃって、明るくておしゃべりだった人が、いまはぜんぜんしゃべらないの。その上、パルクスにも目をつけられて。」


その言葉に、兄がバッと顔を上げて、わたしに向かって「大丈夫か!?」と尋ねた。

わたしはそれを涙で目にためながら、睨み返した。


「大丈夫か、ですって?そんなことより先に、言うことがあるんじゃないの?」

と低い声が出た。


「ごめん‥‥。」


ごめんで済むと思ってんのか!


「そう思ってるなら、なんで父さんが来たときに会わなかったのよ!今日だって、こっちから話を向けるまで、家族のことを聞こうともしないで。自分のせいでどんなことになってるのか、聞く勇気がないの!?」


兄は苦しそうな顔をしていた。


こぼれおちそうなまま耐えていた涙が、つ、とこぼれて頬を伝った。

わたしはそれをぬぐいもせずに、流れるまま、口を開いた。

まだまだ言い足りない。


「‥‥それに、父さんたちは狭い部屋にほとんど引きこもり。あまり部屋を出ないで欲しいって義兄さんに言われてるのよ。恥ずかしいから、部屋から出るなって。食事も段々減らされていってる。いつまで居候するつもりなのかって目で見られてるわ。わたしたち、どうしたらいいのよ。姉さんも兄さんも、ひどいわ。家族のことなんて、どうでもいいと思ってるの?」


兄さんは今にも消えてしまいそうだった。

「そんなことはないけど‥‥。」

小さくなってそう呟く姿が、涙でぼやける。


「モニーク。」

ダヴィド様がわたしの名を呼び、ハンカチを差し出してくれた。

それを受け取り、涙を拭き、大きく息を吐いた。


改めて兄を見ると、まるで雨に打たれた老犬のように、しょぼくれた姿をしていた。

それを見て初めて、自分の言ったことが、予想していた以上に兄に打撃を与えていたことを知った。

そして悟った。


ああ、兄さんも、わたしたちのこの状況をどうすることもできないんだ。

自分自身を助けることもできず、わたしたちを助けることもできない、無力な人なんだ。

そのことが、諦念を伴って、じんわりと心に染み込んできた。


兄にどうすることもできないことは最初から分かっていたが、ここへ来る前は、それを頭で無理やり自分に納得させようとしていた。

でも今は‥‥吐き出すだけ心のうちを吐き出した今は、心でそれを理解していた。


妙に寂しく感じる。

幼い頃から、ずっと大きな存在だった両親や兄が、小さく弱いものとして映る。

本当は、そんな姿は見たくなかったのに。


「彼女はわたしが保護している。だからきみは、自分のできることをするんだ。問題を解決しない限り、心配はつきまとう。正しいことを行え。」


苦笑が漏れてしまい、うつむいて表情を隠した。

正しいことを行え、だなんて。

わたしは正義のためにいまここにいるわけじゃない。

わたしが欲しかったものは家族の愛情であり、必要としていたものは家族の助け合い。

ダヴィド様にも、わたしの気持ちは分からない。


兄はまだパルクスの件についてなにも口を開いていない。

でも、わたしはもうどうでもよくなってしまっていた。

ダヴィド様が熱心に兄を説得するのは、どうせ自身の目的のため。

ならばもうわたしの知らないところで勝手にやっていてほしい。


「もう帰りたいわ。」

呟くと、ダヴィド様はあっさりと「そうだな。」と言った。

もっと渋るか呆れるかするかと思ったのに、言い出したわたしのほうがビックリしてしまう。

パルクスのことを聞かずに帰ったらダヴィド様は困るのではないの?


思わず「え、いいの?」という目でダヴィド様を見ると、ダヴィド様は「もともと今日の今日で話が聞けるとは思っていなかったから、構わない。」と頷いた。


わたしは、ダヴィド様を困らせてやろうと思って「帰りたい」と口にしたのに。

すねた子どものような行動をとっている自覚があるだけに、自分が恥ずかしくて余計に落ち込む。


それでも、一度口から出てしまったことは戻すことはできない。

では、とダヴィド様が立ち上がったので、わたしも続いて立ち上がった。


見送る兄が見せる、精一杯のほほえみ。

その優しさに、申し訳なさがこみ上げる。

いくら兄に対して怒っていたとしても、ここまで言う必要があったかと自問する。


どこか後ろ髪引かれながら、兄を残してダヴィド様とともに部屋を後にした。

次に兄に会ったときには、できるだけ優しくしてあげようと心に決めて。


性格の悪い自分が嫌になる。

人のことばかり責めて。

自分ではなにもできないくせに。





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