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第13話




兄と視線を合わせたまま、緊張感が高まる。

どちらが先に口を開くのか、互いの出方をうかがう空気。


それを裂くように、

「久しぶりじゃん。どーしたの?」

「俺に会いに来てくれた?」

「用事ってなーに?」

とのんきな声が響く。


ちなみにこれは、すべてグザヴィエと呼ばれた兄の上官が発した言葉で、ダヴィド様が返事をする前に次々と質問をしている。


すっかり気勢が削がれてしまった。

とりあえず、なんの関係もない兄の上官の前では、深刻な話をすることなどできない。

彼が早くダヴィド様とのあいさつを終えて部屋から出て行ってくれるのを待つしかない。


ダヴィド様の視線は兄の上官を通り越して、兄を見ていた。

「今日はきみに会いに来たんだ。理由は‥‥分かるな?」

と厳しい視線を兄に向けると、兄は顔を青くさせて「はい。」と返事をした。


「え?どーいうこと?」

大男が首を傾げた。


関係がない人は、話に入って来ないで欲しい。

普通こういうときは、気を遣って出て行くところではないか。


わたし、この人苦手かもしれない‥‥。


早くもこの兄の上官に対して拒絶反応が出てしまって、ダヴィド様が彼に対して席を外すようにはっきり言ってくれないものかとやきもきした。


「二人とも、ソファにかけてくれ。」

そんなわたしの願いとは裏腹に、ダヴィド様はなぜか兄と兄の上官の二人に対して、ソファに腰掛けるように言った。

家族の話をなぜこの人に聞かせようとするのか。

兄をちらりと見ると、兄も驚いているのが分かった。

上官に聞かれるには、あまりよろしくない話だ。

しかしこの場で抗議できないのはわたしも兄も同じで、わたしたちはなにも言わずに向かい合わせの席に座った。


ソファに座ってやっと周囲が見えるようになったのか、兄がダヴィド様を見てから、わたしを見た。

そして、わたしのドレスを見て、じっと観察する。

驚いていながら、どこかほっとしたようなその表情。


いら、っとした。


わたしと両親がどれだけ大変な思いをしたか‥‥しているかも知らないで。

たまたまきれいなドレスを着ているだけなのに、それを見て安心するだなんて。

こんなことなら、もっとみすぼらしい格好で来て、自分が引き起こしたことを目の前に突き付けてやればよかった。

それを見て、罪悪感に苦しめばいいのだ。


許せない。


今日だって、ダヴィド様の名前で呼び出されたらホイホイ出てきて。

それがわたしの名前だったら会わなかったくせに。


兄を睨むと、兄は首をしゅっとすくめて「禍を転じて福と為す、ってね。」と口の中で言い訳をし始めたではないか。


はあ!?

言うに事欠いて、よくもそんなことを!


罵倒が口から飛び出る前に、ダヴィド様に「モニーク。」と名前を呼ばれて制止された。


止めてくれてよかった。

ダヴィド様に見られるのは今さらだから気にならないけれど、初めて会う兄の上官の前で恥ずかしいところを見せてしまうところだった。


口を閉じたわたしの代わりに、ダヴィド様が言う。

「ここにきみの妹がいる時点である程度予想はついていることだと思うが、モニークは現在、きみが仕出かしたことが原因で困難な状況にある。」

自分にとって都合の悪い話になった途端、兄が視線を伏せた。


ダヴィド様は「だが、話に入る前に」と名を名乗った。


「わたしはダヴィド・ヴィタリテ。クレドルー周辺をとりまとめているラヴォワ伯の甥だ。」

「そして僕の元同僚。」


ダヴィド様は、こんどはこちらを向き、兄の上官を紹介してくれた。

「モニーク、彼はグザヴィエ。彼が言ったように、俺が軍にいたときの仲間だ。そして、いまはきみの兄の上官。」


紹介をされても、わたしはいったいこの状況をどうしたらいいのだろうか。

兄はどんよりとした空気をまとっているし、兄の上官は瞳をきらきらさせてわたしのリアクションを待っている。

「あの‥‥。」

わたしは兄と話をしに来たのであって、兄の上官と話をすることはないのですが。

思っても本人を目の前にして言うことができないので、ダヴィド様を見詰めて瞳で訴えてみる。


しかしその視線を読み取ったのは、ダヴィド様だけではなかった。

意外なところから返事が返ってくる。


「不始末があれば僕が聞くのは普通だよー。最近この子の様子がおかしかったから、なにかあるかなとは思ってたけど、ダヴィドが来るってことは‥‥しかも僕を同席させるってことは、けっこうヤバいことをしちゃったのかな?」


のんきそうだとばかり思っていた熊のような男が、やはりのんびりとした口調で、切り込むような内容のことを口にしている。

グザヴィエ様は「かな?」のところでにゅっと身体をひねって兄の顔をのぞきこんでいた。

兄がびくりと震える。

‥‥怯えている?


もしかして、実はものすごく怖い人なのだろうか。

セザール様という例がある。

ダヴィド様の友人というのは、どうも見た目の予想を裏切るものなのかもしれない。


改めてグザヴィエ様の言ったことについて考えてみる。

つまり、グザヴィエ様は兄がなにか仕出かしたことに気が付いていて、それが上官である彼にも関係すると言っているのだ。


ダヴィド様は、グザヴィエ様がどんな態度をとるのか最初から予測していたのか、当たり前のような顔をしている。


「きみの心配ごとを解決するよう力を貸すつもりだ。どうかわたしたちにことの経緯を話してくれないか?」

真摯な目で、兄に語りかける。


兄は震えるばかりで、顔を上げない。

「パルクスとのことは、こちらもある程度は把握している。わたしを信用して欲しい。このままではいけない。クレドルーを取り戻すんだ。」


そんな話は聞いてない。

今回兄のところを訪れたのは、詳しい話を聞くためだとダヴィド様は言っていたはずだ。

では、クレドルーを取り戻す方法が、ダヴィド様にはあるということか。


そんなこと、わたしには一言も言わなかったのに。


「サインをして以降、パルクスに抗議したことは?‥‥ないな?では、まずパルクスと話をするところからだ。俺も立ち会うから。」


ここまで言われても、兄はまだ難しい顔をしている。


「あー‥‥パルクスね。そんなのと関わっちゃったの?」

「彼は自分から関わったわけではないが、脅されて土地と屋敷の権利を手放すことになった。」


‥‥脅された?

ダヴィド様はいま、兄が脅されていた、と言ったのか。


どうしてダヴィド様がそんなことを知っているのか。

ダヴィド様を見たが、彼は兄を見ていて、こちらを見もしなかった。


そもそもここを訪ねたのは、あくまで詳しい話を聞くためだとダヴィド様は‥‥。

本当は、クレドルーを取り戻させるためだった?


わたしの知らないことが多すぎる。

希望の光が目の前でチラつくが、同時にダヴィド様への不信感も募っていく。



裏切られたような気分だった。

同時に、自分で思っていた以上に、彼の「守る」という言葉を頼りにしていたことに気付かされた。


彼はいったいなにを考えて「守る」という言葉を使ったのか。

わたしのために動いているような振りをしながら、本当はなにか別の目的が‥‥?


「そっかー。僕が知らないのに、ダヴィドの耳に入ってるんだね。」

静かに、グザヴィエ様が言った。

どこか寂しそうに。


「僕が常々、清廉であれと言っている意味、分かるかな?力を持つからこそ、人々の規範となる人間であれ。それはもちろんそうだけど、でも、それだけじゃないんだよね。‥‥秘密は犯罪につながる。犯罪者につけこまれる隙を作らないことが大切だからこそ、常日頃から身の回りには気を付けなきゃいけない。」


彼らにとって、兄の行為はやはり叱られるようなものだったのだ。


どうしよう。

わたしのせいで、兄が罰を受けることになってしまったら。

こんなことなら、ダヴィド様の言葉を鵜呑みにせず、自分だけで会いに来ればよかった。

ああ、でもパルクスの危険が‥‥。





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