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第1話※

ダヴィドサイド




彼女はパーティーに出てくるくせに、毎度つまらなそうな顔で会場の隅にいる。


そんな顔をするくらいなら来なければいいのだ。

仏頂面でいられては、主催者も迷惑だろうに。

そう思うものの、未婚の娘ともなれば、こういう場に顔を出さないわけにはいかない、という事情もわかる。


今日も、誰にも相手にされずに壁の花を決め込んでいるのだろう。

あれで愛想が良ければ、まだ嫁のもらい手があろうものを。

自ら縁を遠ざけてどうする、と思うが、忠告してやるほどの仲でもない。


「おぉ、ダヴィド!ここのところパーティーに顔を出してるって噂は本当だったんだな。」

軍隊に徴兵されていたときに知り合った悪友に肩を叩かれ、顔をしかめた。

こいつと一緒にいると、いつも面倒なことが起こる。

良識を母の腹の中に忘れてきたと言われている問題児で、実際、顔と頭の良さをろくなことに使わないトラブルメーカーなのだ。


「んん?知ってるぞ。お前、花嫁を探しにきてるんだろぉ。北からおばさまが来て、身を固めろってこんこんとお説教されたんだって?おばさまには逆らえねぇもんなぁ。」


「離せよ。暑苦しい。男とひっつく趣味はねぇよ。」

腕を振り払って周囲を見ると、こちらをうかがっていた夫人がたがさっと目をそらした。


ここで、パーティーに参加する真剣度を疑われてはいけない。

周囲が聞き耳をたてていることを承知の上で、さりげなくアピールすることにした。


「久しぶりだな。お前と悪ふざけをしていたのが懐かしいよ。あの頃はガキだった。そろそろわたしも、人生をともにする伴侶が必要だと思ってね。幸せそうな友人を見ていると、しみじみと独り身が寂しく感じるよ。」


極めつけににっこり笑ってやれば、周囲の女性たちの温度がぐっと上がった。逆に、ざっと距離をあけた男は鳥肌をたてている。


すごすごと退散していく男を見送ってから、改めて会場を見回した。

今年デビューしたばかりで話題になっていた、金髪美人のマリーは来ていないようだ。

一度会ったが、あのキラキラとした青い目で見上げられると、誇らしい気分になる。


評判もいいし、従順そうな、申し分ない花嫁だ。もう少し話をしてみて問題なければ、もう彼女に決めようかと思っている。


結婚してしまえば、しばらくは領地に引っ込むことになる。

こういったパーティーもしばらく見納めだと思えば、少し遊び心がわいてくる。


例えば、壁際でツンと澄ましているあの令嬢。俺が近付いても、あの取り澄ました顔を保っていられるか、いたずらしたくなってきた。


ぴんと背筋を伸ばして立つ彼女を目指して、まっすぐに歩いた。まだ気付かれてはいないようだ。

ワイングラスを持つ細い指を見て、かつて一度だけ、あの手をとったことがあるのを思い出していた。


あれは、まだ彼女がデビューする前のこと。正式なパーティではなく、あくまで身内でのお祝いの席で、親たちは、小さな子どもを連れてくることも許されていた。

彼女はまだ10歳かそこらだったと思う。父親に連れられ、質素なワンピースを着ていた。


父親はなにごとか用事があったのか、会場の入り口に幼い彼女を残して、その場を離れてしまった。知らない場所に置いて行かれた少女は、そわそわと所在無さげにその場で立ち尽くしていた。


俺はといえば、少年仲間と集まってふざけながら、その光景をちらちらと盗み見ていた。見たことない子だな。どこの子かな、とごく自然な興味でもって。


すると「友だちと遊んでいらっしゃい。」と俺を追い払ったはずの母親が小走りで俺に近づいてきた。

「会場の入り口に来ている、あなたのいとこを迎えに行ってちょうだい。」

さて、いとこはどんな子だったか。長いこと会っていないので、あまり覚えていなかった。


「あなたより二つ年下の女の子よ。黒髪の、かわいい子よ。」

女の子か。

友だちに冷やかされるのが嫌で「えー、めんどくさいな。」とあえて不満そうな顔を作って、俺は会場の入り口へと向かった。


入り口すぐには、ワンピースの女の子が立っている。そして少し離れたところに、もう一人の女の子。そちらは、ふんだんにレースが使われた豪華なドレスだった。

どちらも黒髪だ。


「ねぇ。」

俺は、手前にいた質素なワンピースの女の子に話しかけた。

少女は目を丸くしてこちらを見た後、あたりをきょろきょろと見回してから、自分?とでも言うように再び俺を見た。


「迎えにきたよ。」

少女は戸惑っていたが、手を差し出すと、うつむき加減で、はにかんだようなほほえみを浮かべ、その手をとってくれた。


まるであのときに返ったような気持ちで、大人になった彼女に近づいた。

俺に気付いたのか、ちらりとこちらに視線を向けた後、すぐに視線をそらしてしまった。

しかし、俺を意識しているのが分かる。

すぐ目の前に立ち止まっても、視線をわざと外しているからだ。


「ねぇ。」

そう声をかけると、彼女ののどからかすれた声がもれた。

しかし、頑なに顔を上げようとしない。

俺はつまらない気持ちになった。なぜこちらを見ようとしない。


この後の展開は、まったく考えていなかった。

正面まで来て言葉が出なくなり、その結果。

「そこ、どいてくれる?」

口から出てきたのは、そんなどうでもいいことだった。


彼女は背後を振り返り、スツールを認めると、何も言わずに一歩よけてくれた。

俺はその横を通り、スツールに腰掛けた。

本当は、スツールになんて座りたくないのに、どうしてか、そんなことを言ってしまったのだ。


これでは、以前と同じ。また失敗だ。

幼い彼女を連れて席に戻ったとき、泣きべそをかいたいとこを連れて、母が俺たちのところへやってきた。

いとこのふりをしてこの場にいる、そのワンピースの少女は誰だ、ということになり、居たたまれなくなった彼女は、俺の手を振り払いその場から逃げ去った。


「顔が分からなかったんだから、仕方ないだろ。」

そう言い訳したものの、あれは多少、自分の願望が入っていたと思う。

違っていたとしてもいいか、と思ってしまったのだ。

本当は気付いていた。

この女の子は、俺のいとこではないだろう、と。もう一人の、レースに埋もれた少女が、俺のいとこだろうとも。

ただ、勘違いしたふりをして彼女の手をとった。そうしたい、という願望のままに。


座りたくもないスツールに腰掛け、背後から、毅然とした背中を見つめた。

髪が頭上でまとめられているため、うなじがあらわになっている。

白い肌に落ちた黒いおくれ毛に、胸がざわつく。


もしかして、あの日のことを覚えていて、恨んでいるだろうか。

悪意があって彼女を衆目にさらしたわけではなかったが、見世物にするために連れてきたと勘違いされているかもしれない。

あれ以来会って話をする機会もなく、ここまで来てしまった。

彼女の背中は、まるで全体で俺を拒絶しているようだ。

振り向いて、ほほえんでくれないだろうか。いや、してくれないだろうな、と心の中で否定した。


ふと視線を感じてそちらを向くと、さきほど退散していった悪友がこちらを見ていた。

その顔には、にやにやとした表情が張り付いている。

その周囲には、こちらの様子をうかがう夫人がた。


ふ、と苦笑をこぼした。パーティーの最中にあまり余計な物思いにふけるものではないな、と自分を戒め、意識を現実に引き戻した。

そして、腰を上げ、彼らのほうへと足を踏み出した。





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