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第9話




ドサッ、とソファに放り出されて、慌てて上体を起こしてスカートを整えてから、仁王立ちするダヴィド様を睨んだ。

ダヴィド様もまた怒っているようで、わたしを見下ろして、睨視を真正面から迎え撃っていた。


わたしたちが部屋に入ったときに、先に部屋にいた従者が外に出されたが、あの少年は主人のこんな蛮行をどう思っていたことか。

まさに女をさらってきた野蛮人の図だっただろうに。

顔を見られていないのが不幸中の幸いだが、恥ずかしすぎる。


少しの間無言で睨みあっていた。

先に口を開いたのはわたしだった。

「こんなところに連れてきて、人に見られたらどうするつもりなのよ。」

我ながらなんとも弱い言葉だと思う。

こんなふうに誘拐されたら、もっときついことを言ってやってもいいはずだ。

しかし実際は、これだけのことでも声を引き絞って、やっと言えたのだった。


「では、パルクスの部屋のほうがよかったと?」


ダヴィド様の言葉がグサリと胸に刺さった。

まったく容赦がない。

腕を組んだポーズが、彼がまったく許すつもりがないことを表している。


身体の大きな男性に見下ろされるのは圧迫感があって、まるで壁際に追い詰められた獲物になったかのような気分になる。

ましてや、相手がダヴィド様だ。

気を抜くと、その身体から放出される熱のようなものを意識してしまいそうで、怖くなる。


熱だなんて。

わたしはどうしてしまったんだろう。

じわじわと、身の内から湧き上がってくるものに、身体を支配されそうだ。

今この瞬間に、彼にすがりつきたいと思っている自分がいる。

腕を伸ばして目の前にある腰に抱きつき、がっちりとした腕に包まれたらどうなるのか、頭の中がしびれたようにそんな疑問を繰り返す。


さっきまでは放っておいて欲しいと思っていたのに、二人きりになった途端、まるで彼の支配下にあるかのような陶酔を覚えている。


身体はぴくりとも動かない。

よく、分からない。

逃げたいような、逆にぴたりとひっつきたいような、相反する衝動がぶつかりあって、混乱する。


二人きりで見つめ合っているのがいけないのだ。

睨むのをやめて、少し視線を斜め横にずらす。

大きく息をつき、落ち着きを取り戻そうとした。


なんとかして余裕があるように見せかけなければ、ダヴィド様と対等に話しをすることができない。

いや、対等に話せたことなんて一度でもあっただろうか。

駄目だ。

違うことを考えなければ。

引きこまれてしまう。

できるだけ、対等に。

対等だと思えるように‥‥。


「もう‥‥お願い。そういうことを言うのをやめて。わたしは、パルクス様と話をしなければならないのよ。今しかチャンスがないの。」

懇願の色を帯びた言葉が口からこぼれた。


「では、俺も立ち会おう。」

すかさず返ってきた答えに、わたしはカッとなって顔を上げた。

「あなたには関係ないわ!」

見上げた先にある冷静な瞳は、まったく揺らがない。

押しても駄目、引いても駄目。

では、どうしたらダヴィド様はわたしを放っておいてくれるのか。


「諦めろ。俺は話を聞くまできみをこの部屋から出すつもりはない。」


「っ!」


考える前に身体が動いた。

ソファから立ち上がり、一気に走り出した。


しかし、彼のほうが早かった。

わたしの行く方向に先回りし、わたしを身体で受け止めた。

冷静に考えれば体当たりでどうにかなるだなんて思えないのに、このときは必死になって、立ちはだかる壁を肩で押した。


ふーふー、と息が乱れた。

狩られた野生の動物みたいだ、と冷静なもう一人の自分が考えていた。

いつの間にかダヴィド様の腕がわたしの身体に回り、拘束されていた。

そのことに気付いた途端、ドクン、と心臓が跳ねた。


想像していたことが、現実に起こっている。


この腕に包まれたらどうなるのか。

答えは、なにもできない、だった。

喘ぐように口を開いて呼吸を繰り返すだけで、抱き返すことも振り払うこともできなかった。


ダヴィド様が身じろぎ、こちらをうかがう気配があった。

顔が熱い。

赤くなっているのが、ばれているだろうか。

絶対に顔を見られたくない。


ふぅ、と彼の吐息が耳にかかった。

ゆっくり、ゆっくりと、ダヴィド様の頭が下がっていく。

まるで舐めるように、吐息がそれに従って肌の上を移動していく。


じりじりと積もるもどかしさに、

「ぁ‥‥。」

喉の奥から細い声が漏れた。


自分の声に驚いて、ビクッと身体が震えた。


意図せず漏れたその吐息混じりの声は、まるで女性が感じた時のような‥‥官能を刺激された際に出す声のようで。


触れられてもいないのにそんな声を出すだなんて、なんてはしたない。

さらに熱が上がり、恥ずかしさに身体が震える。


一体、この後の展開は‥‥。




しかし、その緊張は、突然の手を叩く音によって破られた。


パンッパンッ。


ダヴィド様がバッと身体を離して、わたしを背後にかばった。


「ダヴィドくん、そこまでです。」


おっとりとしたその声に、目の前の大きな背中から力が抜けるのが分かった。

視界を遮る背中の壁から少し頭を出して彼が見ている場所を覗き込むと、そこには壁を背にして立つ青年がいた。


いつから部屋にいたのか。

まったく気が付かなかった。


その青年は、ダヴィド様の手前まで歩いて近付き、ぴたりと止まった。

青年の背はそれほど大きくなく、つんと顔を上げてにこやかにダヴィド様を見上げている。


これまで見たどんな人よりも美しい青年だった。

毛穴がないんじゃないかと思えるような、陶器のような白い肌に、ほんのり色づいた唇と頬。

だが弱々しい雰囲気はまるでなく、まるで気位の高い猫のような雰囲気がある。


「話したいことがあって、部屋で待たせていただきました。声をかけるタイミングがないまま黙っていましたが、このままではきみたちの濡れ場に居合わせてしまうと思いまして。申し訳なくも、中断させていただきました。」


その口から出る言葉に、耳を疑った。

あまりにも明け透けな表現に、一気に顔が熱くなる。

では、最初から部屋にいたのだ。


顔を引っ込めて、ダヴィド様の背に隠れた。


「申し訳ありません。彼女を部屋に送ってきてもよろしいでしょうか。」

「それには及びませんよ。ダヴィドくん、きみは素晴らしい。モニーク嬢ですね。」

突然名前を呼ばれて、びくっ、と身体が跳ねた。

「は、はい。」

ダヴィド様がいぶかしげな表情をしてわたしを振り返ったが、わたしも驚いている。

こんなきれいな人を見たら忘れるはずがないから、初対面なのは間違いない。

自分は相手のことを知らないのに、相手が自分のことを知っているというのは、ひどく居心地が悪い。

そわそわと落ち着かない。


ダヴィド様が一歩身体を引いた。

三人がコの字になり青年と真正面から向き合ったところで、ダヴィド様は「モニーク、わたしの元上官のセザール様だ。」と青年を紹介してくれた。


なんと陛下の秘書を務めていらっしゃるらしい。

宮廷人というだけで雲の上だというのに、さらに陛下のお側に仕えるかただなんて。

わたしは慌てて礼をとった。


セザール様に顔を上げるように言われ、ダヴィド様とわたしは椅子をすすめられた。

ダヴィド様が座ることを断っていたので、自分もそれにならおうとしたが、当のダヴィド様から座るように言われて、わたしはおずおずとソファに腰掛けた。

セザール様は一人掛けのスツールを移動してきて、わたしの斜め前に座った。

ダヴィド様はわたしを援護するかのようにわたしの背後に立っていたので、それが少し力強かった。


セザール様が質問したのはパルクスのことについてだった。

背後からダヴィド様が「わたしは聞いていませんでしたが。」と口を挟んだ。

その後、彼らはわたしにはよく分からない話をしていたが「探り」や「作戦」という言葉からして、セザール様がパルクスについてなにかしら調べていることが分かった。


「モニーク嬢、あなたはパルクスと話そうとしていましたね。用件は、クレドルーの土地と家、ということでよろしいでしょうか。」


具体的に「クレドルーの土地と家」と言われたことで、セザール様が我が家の問題についてご存知だということが分かった。

両親は我が家の恥だとこの問題を隠していたし、姉夫婦もわざわざ吹聴するとも思えない。


セザール様がその話をどこで知ったのかという疑問はあったが「話してくださいますね?」と目を細めたセザール様に逆らえないものを感じて、わたしはちらりと背後のダヴィド様に視線を投げ、その瞳にセザール様への信頼が込められているのを確認してから、ぽつぽつと話し始めた。





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