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第9話※




部屋へ到着して扉を開けると、部屋で待っていた従者が目を丸くして俺を見た。

少年は何か言いたそうに口を開きかけたが、俺は廊下で待つように言い、少年を追い出した。

ツカツカとソファまで歩き、モニークをおろした。

ソファの上で横になり、手をついて上体を支えるモニークは恨みがましい目で俺を見上げていたが、彼女の事情とやらを聞くまで諦める気はない。


「こんなところに連れてきて、人に見られたらどうするつもりなのよ。」

俺はソファの横に立って腕を組み、モニークを見下ろした。

「では、パルクスの部屋のほうがよかったと?」

モニークがため息をつく。

「もう‥‥お願い。そういうことを言うのをやめて。わたしは、パルクス様と話をしなければならないのよ。今しかチャンスがないの。」

「では、俺も立ち会おう。」

「あなたには関係ないわ!」

「諦めろ。俺は話を聞くまできみをこの部屋から出すつもりはない。」

「っ!」


モニークが立ち上がり、ソファを回り込んで扉に向かって走った。

逃がすつもりはない。

余裕で彼女の前に立ち塞がると、彼女は俺を押しのけようと身体ごとぶつかってきた。

そのまま、ぐいぐいと押してくる。


彼女は本当に無防備だ。

男と二人きりの部屋で、身体を押し付けるだなんて。

もちろんモニークにそのつもりはないだろうが、結果的にそうなっているんだから、同じことだ。


俺はそのまま、彼女を抱き締めた。

動きを封じるためだ、と理由をつけたが、そんなことは言い訳だと自分でも分かっていた。

柔らかい身体は、強く抱きしめたら壊れてしまいそうで。

彼女から、ほのかに香る甘い匂いに、頭がくらくらする。

彼女の頬が当たっている心臓の位置が、強く脈打っているのが分かる。

呼吸が乱れて、胸が上下した。


彼女は無言だ。

俺と同じように、呼吸が乱れている。

彼女の柔らかい胸が、俺の腹に当たって、呼吸に合わせて上下している。


たまらない。

この気が強く魅力的で可愛い生き物を、どうしてくれよう。


その表情を見ようと、ぎこちなく首を下に向けた。

滑らかな曲線を描く首筋が、真っ赤になっていた。

火に誘われる蛾のように、顔が徐々に首筋に近付いていった。

まだ触れていないのに、その肌から立ち上る熱を唇に感じる。

モニークの喉から「ぁ‥‥。」と、細く高い、吐息のような声が漏れた。


唇がもうすぐ首筋に触れる、というところだった。


パンッパンッ。


背後で手を叩く音がして、バッと警戒の体勢を取った。


振り向いた先にいたのは、壁を背にして立つ男。

「ダヴィドくん、そこまでです。」

一気に力が抜ける。

彼は、俺をこの狩りに誘った元上官のセザール様だ。

突っ立ったまま固まる俺に、元上官はすたすたと近寄ってきて、三歩手前で止まった。

ぴんと背筋を伸ばして、真っすぐに立つ姿。

小柄なのに、その身体の大きさよりもはるかに大きく感じる。

「話したいことがあって、部屋で待たせていただきました。」

侍従の少年がなにか言おうとしていたのはこれだったかと、天を仰いだ。

今さら気付いても遅いのだが。


「声をかけるタイミングがないまま黙っていましたが、このままではきみたちの濡れ場に居合わせてしまうと思いまして。申し訳なくも、中断させていただきました。」

モニークがこれ以上ないほど顔を赤くして、顔を伏せてしまった。

丁寧な口調ながら、言葉に遠慮がない。

俺はこの上官の物言いに慣れているが、モニークは違う。

彼は、にこにこと笑いながら部下をあしげにする人だ。


「申し訳ありません。彼女を部屋に送ってきてもよろしいでしょうか。」

モニークを庇うように少し前に出て、背筋を伸ばした。

上官は俺を見て、モニークに視線を移した。

「それには及びませんよ。ダヴィドくん、きみは素晴らしい。モニーク嬢ですね。」

「は、はい。」

名前を呼ばれてモニークは目を丸くしていたが、俺もセザール様がモニークの名前を知っていることに驚いた。

セザール様が彼女になにを言い出すのか、いぶかしく思いながら、彼女にセザール様を紹介する。

「モニーク、わたしの元上官のセザール様だ。今は、陛下の秘書を務めていらっしゃる。」

「これはっ!失礼いたしました。」

モニークが慌てて姿勢を正し、礼をとった。

それを、セザール様は鷹揚に受け止める。

「顔を上げてください。あぁ、そんなに緊張しなくてもいいですよ。ダヴィドくんも。」

ソファに座るよう言われたが、俺はそれを固辞した。

同じように断ろうとしたモニークをソファに座らせると、セザール様は近くにあったスツールを持ってきて腰かけた。


「実は、主催者とパルクスについて、知りたいことがありましてね。モニーク嬢、あなたにも関係していることです。あなたがこの狩りに参加すると耳にして、ぜひ接触したいと思っていたのですよ。」

彼の言う「知りたいこと」が少なくともセザール様の個人的なことではないことは、簡単に予想がつく。

彼は、国王秘書という肩書を持ちながら、国内の諜報活動を行っているのだ。

というのは、実は一部の者にしか知られていないが、セザール様の上司である国王秘書長官は、各方面に子飼いの諜報員を持つ、国内外の諜報活動の司令塔なのだ。

セザール様はそのスパイマスターの手足として動いている。


ただの息抜きだと聞いて参加したこの狩猟は、その活動の一環だったのだろう。

通りで、セザール様が苦手なはずの人付き合いをしていたわけだ。

他人の屋敷に宿泊するのを嫌がるセザール様が珍しいな、とは思っていたのだ。

元上官はその立場や経歴をフル活用し、元部下である俺を簡単に利用しようとする。

こうして誘い出され、いつの間にか彼の活動の片棒を担ぐことになっていたことは、これまで何度もあったのだ。


戸惑うモニークを視界に端におさめながら、セザール様に「わたしは聞いていませんでしたが。」と言った。

「ええ。ダヴィドくんは実直な性格ですから、こうした探りは苦手でしょう。ですから、伏せさせてもらいました。」

モニークが目当てだったということは、そのモニークが知り合いだと知っていて、俺を選んだのだろう。

「きみたちが知り合いだから、というだけではありませんよ。」

考えを読んだように、セザール様が否定した。

「ダヴィドくんはいつも、作戦を知らずに自由に行動させると、とてもいい動きをしてくれますからね。野生の勘と言うべきか、意図しない行動で物事の流れをよくしてくれますよね。それに期待していたのです。今回も、ミラクルを起こしてくれましたね。」

「‥‥。」

にっこり笑うセザール様に、俺は遠い目になった。


元上官なのでなにも言えないが、この人は黙っていればまるで陶器の人形のようにたおやかで美しいのだが、中身が完全にそれを裏切っている。

物腰の柔らかさにだまされがちだが、こう見えてセザール様は、一部から「魔王」と呼ばれるほどの鬼畜ぶりだ。

なぜかコアのファンが多数ついていて、しかもそのファンの大半は女ではなく、男。

彼らは熱狂的にセザール様を崇め「ボロボロになるまでこき使ってほしい」とか「破産するまで絞り取られたい」とか、よく理解できない気持ち悪いことを言っている。


「冗談はここまでにして。モニーク嬢、あなたはパルクスと話そうとしていましたね。用件は、クレドルーの土地と家、ということでよろしいでしょうか。」

はっ、と息をのむモニーク。

「わたしの状況について、ご存知なのですか?」

「一部だけです。話してくださいますね?」

それは疑問形をとっていながら、命令と同じだった。

俺が期待を込めた目でモニークを見ると、彼女はちらりと俺のほうを見てから「はい。」と言って、これまでの経緯について口を開いた。





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