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第8話※




気持ちが吹っ切れた後、すぐにモニークの姿を見た。

それは、狩りを催すからと誘われた先でのことだった。


都市から少し離れた森に、付き合いのある貴族が館を持っていて、そこに友人たちを誘って狩りを行うという。

軍の元上官が、俺の狩りの腕を買って誘ってくれた。

狩りは得意だ。

最近は外出しても散歩程度であまり身体を動かしていないので、喜んで参加した。


馬上の彼女は、まったくこちらに気付いていなかった。

いや、誰のことも目に入っていないように見えた。

固い表情をして、集団の端っこに付いてきている。

なにか気になることがあるのか、狩りに集中していない。


俺は近くの男性に馬を近づけて、話しかけた。

「あの黒髪の彼女は、珍しいですね。」

知らない振りをしてモニークを視線で示すと、彼は「あぁ。」と納得したように答えてくれた。


「わたしも彼女は初めて見ましたよ。なんでも、乗馬が得意なんだそうで。パルクス卿が連れてこられたかただと聞いていますが‥‥あんな若い女性が。」

男は苦い顔をした。

俺も、パルクスの名を聞いて、同じ表情になる。


男が言いたいことは分かる。

あんな若い女性が、パルクスの毒牙にかかるのは不憫だ、とそう言いたいのだろう。

パルクスは、中年にさしかかるほどの年齢の男性で、いい噂を聞かない男だ。


たしか、何人か妻を娶っていたが、次々と先立たれているはず。

彼は妻を亡くすたびに裕福になるが、すぐにギャンブルで散財してしまう。

今も、多くの借金を抱えているはずだ。

さらに色事に見境がなく、他家に宿泊した際に、その家の使用人を手篭めにしようとして抵抗され怪我を負い、醜聞になったことがある。

聞いただけで不快になる話だ。


狩りの主催者はなぜそんな男をこの場所へ呼んだのか。

もしパルクスと主催者が親しいというのなら、今後、俺もその主催者との付き合いを考えたほうがいいのかもしれない。


いや、今はモニークのことだ。

モニークの家は資産家というわけではない。

質素に生活していくだけの金はあるが、パルクスの借金を補うには、もちろん足りない。

彼がもし次のターゲットとしてモニークを狙っていたとしても、モニークはそれを満たすだけの財産を持っていない。

欲望を満たす相手としても、モニークはしっかりとした身元の女性だ。

中途半端に手を出せる相手ではない。


モニークとパルクスの間に、どのような関係があるのだろうか。

彼女が思い詰めたような表情で俯いているのは、なぜだろう。


遠くから見詰めていると、視線を感じたのか、モニークが顔を上げて、きょろきょろと辺りを見回した。

そして、俺を見て、はっ、と目を見開いた。

彼女の視線が、俺の視線と絡む。

彼女は泣きそうな顔になってから、それを隠すように視線をそらし、再び俯いてしまった。

それ以降、彼女がこちらを向くことはなかった。



モニークに話しかける機会がないまま、夜になった。

今夜は、主催者が用意した部屋に泊まることになる。

談話室を見回したが、モニークの姿はなかった。

念のため パルクスも探したが、彼の姿もない。


俺は席を立って、談話室を出た。



屋敷の中をさまよっていると、廊下の角を曲がったところでモニークの姿を発見した。

彼女は、一つの扉の前で、一人佇んでいた。

部屋の配置的に、日当たりもよく、他の客室よりも広い部屋だろうと想像がつく。

特別な客を泊めるための部屋だ。

モニークのために用意された部屋だとは考えられない。


俺は隠れてモニークの様子をうかがった。

彼女は緊張した様子で、胸の前で両手を組み、顔を上げたり下げたりしている。

ノックをするのをためらっているようだ。

そして、ついに俯いていた顔を上げ、扉をノックした。


扉を開けたのは、予想していた通り、パルクスだった。

パルクスは扉を開けたまま、モニークと一言二言話した。

そして、彼女の背に手を添えて、部屋の中へ促した。


彼女が嫌がるそぶりをみせればすぐに飛び出そうと思ったが、彼女は一瞬身体を固くしたが、抵抗せずに、すんなりと部屋の中へ入っていった。


「くそっ!」

俺は飛び出して、扉が閉まる前にその隙間に靴を挟んだ。


「なにっ!?」

部屋の中からパルクスの声が聞こえたが、無視して力任せに手で扉をこじ開けた。

モニークが振り返ったそのまま、彼女の腕を掴んで部屋から引っ張り出した。

「先約があるんで、モニークを連れていきますよ!」

そう言い捨てて、引きずるようにモニークを連れて廊下を進んだ。


「おいっ!」

背後からパルクスの叫び声が聞こえたが無視した。

周囲の目を気にしたのか、奴はそれきり追ってはこなかった。



「なにをするのよ!」

俺に腕を引かれるままになっていたモニークだが、我に返ったのか、腕を取り戻そうと暴れ出した。

しかし、俺からすると、ささいな抵抗だ。


俺は足を止めて、彼女の両肩を掴んで揺さぶった。

「なにをするだって!?お前はあの男の慰み者になりたかっていうのか!」

「そんなわけないでしょう!」

モニークが肩をよじり、顔を横にそらす。

長い黒髪が彼女の顔にかかり、その表情を隠した。

力なく「離してちょうだい。」と言ったが、俺はその言葉を聞かず、再び腕を引いて歩き出した。


女の細腕では、男の手を振りほどけない。

もし、パルクスと部屋で二人になっていたら。

モニークにそのつもりがなくたって、あの男が力ずくでモニークを物にしようとしたら、抵抗らしい抵抗もできないうちに、事を進められていただろう。

物にしようとしていたら、だなんて仮定では済まない。

モニークを慰み者にしようとしていたに決まっている。

あの男は前科があるのだ。


彼女はどこまで理解してあの男の部屋へ行ったのか。

もし、それを分かった上で、部屋に入ったんだとしたら。

そう考えると余計に怒りがわいてきて、歩調が強くなった。


モニークは俺の手を振りほどこうと何度も試みて、無駄だと悟ったのか、ふてくされたような声で「どこへ行くのよ。」と尋ねた。

俺はなにも考えていなかったが、人目につかないところは、と考えたら、そこしかなかった。

「‥‥俺の部屋だ。」

「行くわけないでしょう!」

モニークが足を踏ん張って止まろうとしたが、俺は少し強く腕を引いたらあっさりとたたらを踏んだ。


彼女はなんて無力なんだ。

その無力さが、愛おしくもあり、腹立たしくもある。

特に今は腹立たしいほうが勝っているが。


「あの男の部屋へ行こうとしたくせに、よくそんなことが言えるな!」

「行きたくて行ったわけじゃないわよ!」

「どういう意味だ。」

「事情があるのよ。」

「どういう事情なんだ。」

モニークは黙り込んだ。

その口を開くまで、こんなところでやり合うつもりはない。

頑固者を説得するより、てっとり早く行動に移させてもらうことにした。

モニークの腰を掴み、ぐっと抱き上げた。

彼女を腹が俺の肩に乗るように抱え、ひざ裏を固定する。

「ちょっと!」

「黙ってろ。」

抗議の声を上げて上半身を起こそうとした彼女の動きを封じるために、俺はさっさと歩き始めた。

バランスを崩しそうになったモニークが、慌てて俺の上着の背を掴んだ。

それをいいことに、俺はすぐに自分の部屋へと向かった。





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