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第6話※




モニークに声をかけると、振り返った彼女の強張った表情が、みるみるうちにほどけていくのが分かった。

俺が来たことで、モニークは心強く思っている。

彼女を救う騎士になったようで、気分が高揚した。

思わず肩を抱いて力づけたくなったのを、冗談でごまかした。


モニークの背後にいた男が小さな声で「ダヴィド様と知り合いなら最初から言えっての。」とモニークに言って、舌打ちをした。

モニークにしか聞こえないように言ったつもりなんだろうが、しっかり俺の耳にも届いていた。

モニークは男の言葉を完全に無視して俺に話しかけた。


「こんなすみっこだもの。いらっしゃるなんてぜんぜん気が付かなかったわ。どうしてこんなところに?」

モニークもいつもより態度が柔らかく、このまましなだれかかってきそうなほど、親しげな雰囲気だ。


二人だけの世界になりかけているのを察したのか、ポールと名乗る男がその空気を裂いた。

まるでモニークが自分のものであるかのような態度、言葉。

すべてが俺の神経を逆なでする。


モニークが、はっとして俺を見つめた。

潤んだその瞳が、まるで。


恋人に浮気を疑われて、誤解なのよ、とすがる女性のようで。

もちろんその恋人は俺のことだ。


愛しい恋人のことを疑ったりなんかしない。

もちろん信じている。

俺は、モニークを安心させるために力強く頷いた。


不埒者を敗走させ、恋人を守る。


そんな世界に入り込んでいた。


だからモニークから「売約済みの男に興味はないわ。」と言われた瞬間、夢から覚めたようで、苦い笑いがこみ上げた。


そうだ、俺が今日ここにいる理由は。

グラスを預かっていたのに二つとも下げてしまって、一体どうするのか。

今の今まで、マリーのことをすっかり忘れていた。


あまりの立場の悪さに、俺に言えることはなにもなかった。

「きみのお眼鏡に叶う相手が現れるように祈るよ。」という言葉が苦し紛れに飛び出したが、我がことながら、なんて馬鹿なことを言ってるんだろう、と言った瞬間に後悔した。

俺たちは、お互いに黙ってしまった。

気まずい空気が流れる。

モニークは俯き、俺は彼女の頭のてっぺんから視線を逸らした。


そのとき、こちらへまっすぐに近付いてくるマリーの姿を見つけた。

彼女はあごを上げ、堂々と歩いてきた。

俺の正面に立ち、俺を見上げてにっこりと微笑んだ。


「ダヴィド様、お待たせしてしまってごめんなさい。」

「マリー。」


なぜ。


俺がグラスを持っていないことは明らかなのに。

彼女はまるでそれに気付いていないかのように、鉄壁の微笑みを崩さない。


正直、いまは来てほしくなかった。

心の繊細な部分がむき出しになっている、いまは。

戸惑う俺のことなどお構いなしに「あちらでおば様のご友人に捕まってしまって‥‥あら、どなたかとお話ししていらしたんですか?」とマリーはモニークに声をかけた。


俺は自分をなんとか立て直し、マリーにモニークを紹介した。

「ああ、クレドルーのモニークだ。モニーク、彼女はマリーだ。」

マリーが一歩進み出て、モニークに挨拶した。

「初めまして。」

俺はモニークがどう思うのかが気になって、その表情を見つめた。

モニークは、少し困ったような顔でマリーに会釈した。

「初めまして。でも、ちょうど失礼するところでしたの。今度お会いしたら、またぜひご挨拶させてくださいね。」

モニークはジリジリと後退し、言い終わるか言い終わらないかといううちに、ぱっと身体を翻してその場を去っていった。


「あ。」

思わず引き止めようと上げかけた腕は、そのまま力なく落ちた。


「あら。」

その声に、視線を隣に向けると、マリーが俺の手を見つめていた。

そして「グラスがなくなってしまったのね。」と言って、俺を見上げて小首を傾げた。


このままではマリーのペースになってしまう。

いつもの自分を取り戻さなければ。


俺は両手を肩の高さまで持ち上げてぱっと手を開き、なにも持っていないことをアピールした。


「あのグラスは、シャンパンの泡が消えてしまったからね。さあ、新しいグラスをもらおう。」


言外に「きみが戻ってくるのが遅かったから。」という意味を滲ませながら、彼女をグラスの場所へ促した。

「このシャンパンの泡が消えるまでに戻ってきます。」という言葉を踏まえた、辛口の冗談だ。


マリーの背を軽く押しながら、俺はふと背後を振り返った。

そこには、もはやモニークの姿は見つからなかった。


モニークが去り際に見せた表情が、やけに脳裏にチラついた。


迷子になって途方にくれた幼子のように、頼りない表情だった。




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