4:赤屋根お屋敷殺人事件・・・?
「お、おい!大丈夫か!」
とっさにNPCの同意を得ない住居侵入はまずいかもとも思ったが、それで叱られた場合は謝罪すれば済むだろうと屋敷内へ入り倒れているメイド女性に駆け寄る。
注視するとHPゲージが現れる。かなり消耗しているが、まだ残存していることが確認できる。すぐさま初心者用ポーションを鞄から取り出し、飲ませてみた。
『初心者用』と名が付いているぐらいなので回復量は少ないようだが意識は戻ってきたようだ。
「うぅっ…貴方は…?」
あからさまな不審者な俺だが、そんなことに突っ込む気力はない様子。
「俺はこの屋敷に用事があって訪ねてきた者だ。何があった?」
「そうなのです、か…うっ!…どうやら、何者かがお屋敷内へ侵入し、襲われてしまったようです。ちらっと見た影は2階の階段を上がって…」
そこまで言うとメイドはこと切れたように黙ってしまった。
焦ったが、HPゲージが無くなってしまったわけではないので気力が尽きただけの様だ。
メイドをその場でそっと寝かせ、朧ながらに伝えられた情報をもとに2階への階段を静かに上がる。
周りを見渡すとたくさんのドアがあるが、1ヵ所だけ半開きになっているドアが奥にあった。これまた音をたてないよう静かに近づいてゆく。
隙間から部屋を覗くと長いテーブルに料理が並べられていて、部屋の奥には精悍な顔つきをした男性の肖像画が掛けてある。
食事はまだできたての様で、ドアの隙間から胃を刺激するいい匂いが漂ってきている。日本で言えば居間みたいな部屋か?
注意深く覗いてみたが人の気配はない様だったので、そろりと部屋の中へ入った。
テーブルの上に置かれた食事は3人分。どれも手は付けられておらず、フォークやナイフが綺麗に整ったままだ。磨き込まれた銀製であろう食器を注視していると、
ポーン
《武器は手に取って、メニュー欄の「装備」から装着することが可能です》
びっくりさせんな!と響いたシステム音に突っ込みを入れるがもちろん返答はない。
どうやら注視していたことにより音声ヘルプが流れたようだ。というかフォークとかナイフって武器に入るのか。あまつさえ装備って…。
ふと気になってメニューの装備欄を開いてみる。
【武器 右手:装備ナシ 左手:装備ナシ】
【頭防具 装備ナシ】
【体防具 冒険者の服】
【腕装備 装備ナシ】
【脚装備 冒険者の靴】
なるほど、これが初期状態なわけだ。ゲーム初めてメニュー開いていきなり【武器 エクスカリバー】とかになってるわけがないのでもちろん納得した。が、素手戦闘はなるべく避けたいな。
これからモンスターとの戦闘もあるだろうし、いくらVR空間で現実世界の運動能力に補正がかかっているとはいえ、格闘家志望でもないので「剣と魔法のファンタジー」みたいな感じで思いっきり楽しみたい。なにか武器を早めに見繕わないといけないな。
さしあたって「銅の剣」みたいな初心者武器があればいいんだが…
……………
居間の入り口とは反対側にあったドアを開け、まっすぐ伸びた廊下を進む。
つか広すぎるぞ。廊下の脇には肖像画とか花瓶とか置いてあるし、まさに「THE・お屋敷」なんだろうな。
よくドジっ子メイドのテンプレに出てくるすぐに割ってしまう高そうなツボっぽいのもあるし。玄関にもメイドさんがいたし。というか、この屋敷の中に入ってから最初のメイドしか見ていないが、これだけ広いならば他にもいるはずだろう。なんとなく不気味な雰囲気が屋敷の中に漂っている。
と訝しんでいると、近くで物音が聞こえた気がした。立ち止まって耳を澄ますと、どうやら2つ先の部屋の中から聞こえているようだ。
そろりと近づき、耳をそばだてる。
やはりこの部屋だ。俺は静かに部屋のドアを開けた。
「――――――せ。俺の言っている意味がわかるだろ?」
部屋の中には、くたびれた格好をした男。どうみてもこの屋敷の雰囲気にそぐわず、おそらくこいつが侵入者で確定だろう。男はこちらに背中を向け、もう一人の人物と話しているようだ。
話しかけられているのは、口を布で塞がれ手足を縄で縛られている少女。こっちは豪奢なドレスを着ており、暫定だがこの屋敷の人間だろう。その目には涙が浮かんでおり、男と対面している少女は強気にキッと睨んでいる。
さて、この状況を整理すると『侵入者(男)が屋敷の人間(女)を拘束し、危害を加えようとしているところ。をドアの隙間から覗き見る俺』となっている。
注視するとどちらもNPCでありプレイヤーではないようだ。ということはイベントの可能性が大きい。
だが、イベントだとしても今の俺はレベル1。装備も整っておらず、右も左も分からない状態で勝てる相手なのか?仮に俺がリアルの世界で何かしらの武道を修めていればVR空間でも素手戦闘できるかもしれないが、それは今更無理な話だ。痛みも再現されるのだから、慣れないヒーロー気取りは自分の首を占めるだけだろう。
よし、見なかったことにしよう。
少女には悪いが、俺にこの状況を何とかするのは無理。おとなしく捕まっていてもらい、街に戻るとしよう。
そーっと開けたドアを同じ速度で閉じようとした時。
視線を逸らした少女とバッチリ目が合ってしまった。
しかし、少女はまばたきを一度するとすぐに目を逸らし、男に向かってくぐもった声を上げている。
・・・気付かなかったのか?
いや、それはない。しっかりバッチリ目が合った。
しばらく見ていると少女は男が話しかけなくても、目とその呻き声で男に何かを訴えているように見える。
もしかして:つげ口-new!
先生の嫌な予測変換を頭を振って否定する。
というか、目が合ってしまったせいでこの空間から逃げ出すことが非常に心苦しくなってきてしまった。
・・・このままモヤモヤして街を散策するなら、いっそやりきって死に戻ろうか。
少女NPCのキャラデザが俺好みであることは全く関係ないが、このまま悶々としていても面白く無いしな。
少女NPCのキャラデザで涙目で懇願されているような表情が俺好みであることは全く関係ないが、ゲームは楽しくやるもんだしな。
よし、俺はこの状況を乗り切るぞ。Lvは1だが、なんとかしてあの子を助けだすのだ。
・・・・・方法は全く思い浮かばないが。
ここまで屋敷の中を歩いたが、出会ったのは今目の前にいる二人と玄関ホールの傷ついたメイドのみ。
もしかすると他にも誰か部屋の中にいるのかもしれないが、途中の食事の用意された部屋があったな。この時間帯は食事時なのだろう。だが、どの料理にも手は付けられていなかったことを考える。ならば部屋に引きこもっている人間がいるとは考えにくい。今この扉を閉めて他の部屋へ助けを求めに行くのは、あまり得策には思えない。ということは「俺」が「盗賊風の男」を何とかしなくてはいけないという事だ。
となると、やはり戦闘しかないか。
頭を捻れば解決するとは思っていなかったが、やはり最初に考えたとおり戦闘で何とかあの男を撃退するしかないようだ。俺はドアの隙間から見える限られた視界で注意深く部屋の内部を観察してみる。
立派な置き時計や鹿の角の剥製・部屋の奥に見える本棚は大量の蔵書を抱え込んでおり、部屋の中央にテーブル・その脇の椅子に少女が縛られている状態だ。
武器になるものは見当たらない。強いて言えば、あの剥製を振り回せば少しは牽制になるかも…とも考えたが壁から外すのに手間取っている俺をグサリで終了、だろうな。
一か八かだが、、、メニューを開いて現時刻を確認。
【AM11:58】
よし。
とっさに考えた策が成功するかどうかはわからないが、普通に戦ってもおよそ勝てなさそうな相手だ。この可能性にかけよう。現時刻表示を詳細化させ、秒を見ながらタイミングを待つ。1秒毎にだんだんと心拍数を大きく感じ、なるべく平静を保つよう心を落ち着かせる。
やるしかない。
そう決断し、神経を研ぎ澄ませる。
12…11…10…
このカウントダウンが生か死かはわからない。
あわよくば死でないことを祈ろう。
7…6…5…
考え通りに行かなかった場合、俺はかなりの滑稽者に見えるだろう。
現実なら証拠もない博打はしないが、これはゲームだ。笑える結果になったらなったで、話のネタになるだろう。
そう考えると肩の力がスッと抜けた気がした。
2…1…0。
ボーン!ボーン!ボーン!
部屋の置き時計が大きく12時の鐘を鳴らす。振り子付きの大きな時計はその外観からは想像もつかないほど力強く、大きな音で昼の時間を知らせている。慎重に、だがなるべく足早にドアの隙間から体を滑らせ、唸り声を上げる少女に気を取られた男の背後へと近付く。
少女は怯えて声を出しているのではなく、こうして男の注意を引いてくれたのだろう。ホントのところはどうであれ、今はその行為があったからこそこうして近付けているのだ。感謝は後で述べてやるから、もう少し呻いててもらおう。
スキルで強化された俺の足音は鐘の音にかき消され、盗賊に気配を悟らせない。
そのまま懐から、先ほど拝借した食事用ナイフを取り出し勢い良く盗賊の背中へ刺した。
「がッ!!」
刺した直後盗賊は体を硬直させたが、こちらを振り向こうとした。だが途中でHPバーがなくなり、最後は光の粒子に分解されて綺麗に散った。顔を見られたかどうかまではわからなかった。
「ふぅ…上手くいって良かった」
俺の考えた策は簡単で、
【背後から一撃で決める】
これだけだった。
いくらスキルを取ってるとはいえ、俺は所詮レベル1の初心者だ。それだけで警戒心が強いであろう侵入者をごまかせるとは思ってなかった。
たまたま目に入った部屋の置き時計が振り子付きのものだったので時間を知らせる音がなるかもと考えたのだが、ヤマ勘的中で万々歳だ。
何かの役に立てばとセッティングしてあった食器を拝借しといたのも功を奏した。というか、食器ナイフで刺して人が死ぬって…侵入者は低レベルだったのか?
殺っといて何だが危なすぎるだろ。武器って凄い。
とりあえず結果として助けられたので一安心だ。
抜き足スキルを取っていなかったら、時計の音が鳴らなかったら、食器を拝借していなかったら。
どれか一つでも欠けていたら、侵入者に気付かれ、振り向かれ、俺が光の粒子になっていたかもしれない。
忘れてはいけない、一番の功労者は盗賊の気を引いてくれた少女だろうが………
「ンムーー!ム゛ーーー!」
とりあえず縄を解いて口の布を取ってやった。
「よっ…と。これでもう大丈夫だ。ありがとな、気を引いてくれて」
少し息苦しそうに呼吸を整えながら頑張る少女。
「……助か…り…ました…」
やがて落ち着いたのか、顔を上げた少女はその目に多少の怯えを含ませながら俺と目を合わせる。
「あの……貴方は、お仲間…ですか?」
そうですよね。だって俺、完全に見知らぬ人じゃん。
トリック的なものは、もちろん思いつくはずがありませんのであくまで偶然です。