3:game start
視界が暗転し、目の前には街並みが広がっている。
見えるのは噴水、布屋根の商店、ヨーロッパの街並みのようなレンガ造りの家々。周囲には様々な格好をした人が溢れかえっている。目を凝らすとそれぞれの頭上に緑のマーカーが薄く見える。周囲にいるほとんどはPCのようだ。
どうやらこれがゲームの中のスタート地点なのだろう。
皆、一様に周囲を見回しており落ち着きがない様子だ。
「ん~っ…」
VRでの感覚を取り戻すため、おもいっきり伸びてみる。空気が美味い・・・のは気のせいだとは思うが、コンクリートジャングルの現実より科学が進んでできたゲーム内の方が気持ちが良いのは皮肉なことだ。
すっきりしたところでまずはメニューを開いてみる。今となっては考えるだけでウインドウを開くことができるが、VR初心者の頃は声に出さなければ実行できなかった。俺も少しはこの電脳世界に適応し始めていると思いたい。
まずはメインクエストから進めるか。
ATOではジョブごとに異なる「メインクエスト」が設定されている。職業ごとにストーリーが異なり、その話作りはαではなかなか評判だったようだ。ちなみに、職業に関係なく受けられる「サブクエスト」なんてのもある。
世界観になれる為にもひとまずメインクエストを行うべきだろう。
【クエスト一覧】を選択し、【メインクエスト】を表示。スタート地点は【エンデヴィア家・???】となっている。
はて、なんのこっちゃ。とりあえずはマップを開いてエンデヴィア家を探す。って、いちいち各NPCの家の名前まで書いてないのかよっ!
大通りや代表的な施設は名前が確認できる・・・か。
ならRPGらしく足を使って探そう。まずはマップ上で大きく「居住区」と書かれた方面へ向かってみよう。大通りを通り商店街を抜けるようとする。と、雑貨屋らしき(並べられている品が野菜・ポーション?・剣とかおいてあるし多分だけど)おっちゃんに声をかけられた。
「そこの兄ちゃん、冒険者だろ!なんか見てかねーかい?」
せっかくだしこのNPCに聞いてみるか。何が必要かわからない状態で買い物はしたくないので、一通り商品を見ながらおっちゃんと会話する。
「エンデヴィア家といやぁ、ここらでは知らない奴はいねぇぐらい有名な名士だ。兄ちゃんが何の用で行くかわからねーが、悪いことだけは企むんじゃねぇぞ?」
おっちゃんの顔色が若干悪くなった。悪いことしたのはあんたじゃないのか?
「別に悪いことは考えてないさ。こちらに来たばかりだから有名な名士様に挨拶だけでもしてこようかと思っただけさ」
このゲームの中では、プレイヤーは旅人のような設定になっているはずだ。肩をすくめながら、情報のお礼に何かひとつぐらい買っていこうかと店内を物色する。ご多分に漏れず、俺も律儀な日本人だである。
と、所持金を確認してなかったことを思い出しメニューを呼び出す。手持ちは……1500イェソとの表示を確認。日本国内のみで発売しているゲームだから、1イェソ=1円とわかりやすい設定にされているように思う。
実際に棚に並んでいるものを確認してみても、
「初心者用HPポーション」…100イェソ
「初心者用MPポーション」…300イェソ
と最初の手持ち金額で複数買えるようになっているので、間違いないだろう。
とりあえずHPポーションでも買っておくか。備えあれば憂いなしだ。2本ぐらいでいいか?
「ん…おっちゃん、これ買ってくよ」
「あいよ!んじゃこれからもご贔屓にってことで、180イェソでいいぞ」
おお、地味に効いてるな売買金額割引/増スキル。やはり取っておいて正解だ。塵も積もって山となってくれるであろうことに感謝。
その後、雑貨屋のおっちゃんから親切にもエンデヴィア家の場所も教えてもらい、地図にマーカーを付けた。どうやら向かっていた居住区ではなく反対の「貴族区」にあるようだ。教えてもらっておいて良かった。
おっちゃんに礼を言って雑貨屋を出る。直接目的地へ向かってもいいが…どうせ時間制限等は無いのだからら、少しこの辺りの店も見て回る事にしよう。
御馴染みの武器や防具を扱う店を一通り冷やかし、目に留まったものはあったが今は必要所がわからないのでスルーした。
うむ、初期状態で何を揃えればいいのかの情報がまず無い。やはりメインクエストに手を付けるのが先か。
しばらく歩くと、やがて見えてきた赤い屋根のお屋敷。立派な鉄格子の門戸を静かに開いて中へ進む。
地元の名士と言うだけあって、かなりの広さの様だ。表現としてはありきたりだが東京ドーム一個分(正確にどれぐらいの大きさかは知らないが)程あるように見える。
屋敷も大きいがまず目を引くのは門内の広大な庭だ。色とりどりの花壇があり、手入れの行き届いた木々たちが瑞々しい青葉を枝に付けている。
木々たちで挟むように道が続いており、木漏れ日が優しく揺れているのを見ると仮想空間とは思えない程リアルで、日本では絶対に味わえない雰囲気に少しばかり感動を覚えた。
そのまま木漏れ日の中を歩いていると、屋敷の玄関扉が見えてくる。扉の前に立ち、ノックをしてしばらく待つ。
………反応がないようだ。
屋敷が広すぎて聞こえないんじゃないだろうか。そう思いながらドアノブに手をかけてみるとギィィ…と開いてしまった。
さすがにまずいと思い、ドアを閉めようとするがドアがびくともしない。それどころか、強制的にドアが開いていってしまう。内開きになったドアの中がどうにも目に入ってしまう。
目を引くのは正面にある大きな階段なのだが、それ以上に気になったのは………
メイド服を来た女性が床に倒れていた。
○曜サスペンスの様になってしまいましたが、そんな展開にはなりません!