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第九話 残り物には福がある

 無事に冒険者ギルドへの登録を終えた俺は、早速掲示板の前に移動して手頃な依頼がないか見ていた。登録したばかりの俺は当然一番下のGランクなので、GとFランクの依頼が貼られたところを眺める。


 依頼は単行本サイズのなんだか質の悪そうな紙に内容が書かれていて、それが掲示板に貼られている。

 なんだったかなこれ、パピルスとかいうやつだろうか? 前世でパピルスなんて見たことの無かった俺には断言できなかったが、たぶんそんな感じの紙だ。でもあれ、厳密には紙じゃないんだっけ……そんな細かいことはいいか。


 さすがは最下級というべきか、全然いい依頼がなかった。引っ越しの手伝いや倉庫の荷物整理なんていう重労働の割には、報酬額がいまいちな依頼ばかりが残っている。

 よくよく考えてみれば、今はお昼だ。冒険者は朝一でギルドに来て依頼を受けて外に出て行くのがほとんどだから、今ここに残っているのが微妙なのは残りものだからだろう。


 そういえば、受けられる依頼の下限はないが、極端な例でAランクの冒険者が何の事情も無しにGランクの依頼を受けまくったりすると、周囲から白い目で見られるうえに依頼を奪われる形になる下位の冒険者からは毛嫌いされるので、その辺りは空気を読まなければならないらしい。

 そういう暗黙のルールがあるからこそ、この異世界版巨大職業斡旋所である冒険者ギルドがうまく機能しているのだろう。

 まあ、そもそも報酬が安い割にきつい仕事の多い下位ランクの依頼を受ける奴はいないような気もするが。リスクが高くなってもリターンが大きく、実入りのいい上位の依頼を受けたがる奴が多いのは当たり前といえば当たり前の話だ。


 そんなことも考えながら次々に依頼を確認していったがやはりろくなものがなく、これは明日の朝に来た方がいいかなと思いはじめたところで、ある依頼が俺の目にとまった。

 家庭菜園の草取りという、面倒そうだが実に平凡な依頼だ。しかし、こういった街の中で済む単純労働な依頼はほとんどが一番下のGランクだが、これはFランクとなっている。

 それに報酬額も大きい。他の単純労働系Gランク依頼の報酬が平均して三〇〇〇ウエル前後なのに、これは倍の六〇〇〇ウエル。

 かなり割がいい依頼なのに残っているということは、どうもわけありのようだが……せっかくなので、話を聞いてみよう。


「すみません、この依頼について話を聞きたいのですが」

「あ、その依頼ですか……」


 相変わらず空いていたので俺の新規登録を終えてカウンターに戻っていたエリアルに依頼用紙を持っていって尋ねたのだが、その途端に顔を曇らせてしまったぞ。


「やっぱりわけありというやつですか」

「そうですね……その家庭菜園なんですが、初心者の冒険者では雑草と見わけがつかないハーブなどが植えられていて、依頼を受けたGランクの冒険者が雑草ごとそういったハーブを抜いて失敗してしまうことが繰り返されちゃいまして」


 その結果、街の中で完結する危険性の無い依頼なのにFランクに格上げされ、それに伴って報酬も値上げ。しかし、まだまだ初心者のFランクの冒険者ではまたも失敗してしまったようだ。

 そうなると今度はDランク以上に……となるのだが、依頼人が報酬額の増大に難を示してFランクの依頼のまま据え置かれ、しかし引き受ける冒険者もいないまま今に至ると。

 以上が、エリアルから聞いたこの依頼の概略だ。


「そういうことなら、この依頼引き受けます」

「えっ、引き受けちゃうんですか!?」


 自分の声が大きいことに気づいて、慌てて口を押さえているエリアルに俺は説明する。


「ほら、さっきの用紙にも自分は植物の知識には自信があると書きましたよね?」

「そ、そういえば、そうでした」

「きちんと見分けられる自信があるので、この依頼を受けたいと思います」

「な、なるほどです」


 とりあえずは納得したようで、エリアルは依頼用紙に俺が引き受けたことを証明するために俺の名前を書き入れ、手元の控えなどにも必要なことを書いたようだ。


「この依頼の期限は三日です。先程も説明しましたが、期限を越えると依頼は失敗したという扱いになり、違約金を支払う義務が生じるので気をつけてください」


 エリアルが言った通り、期日までに依頼を達成できなければ失敗となり、大体報酬の三割前後の違約金を冒険者ギルドに支払わなければならなくなる。他にも物品の運搬の依頼などで、その物品を損壊させれば当然損害賠償をしなければならない。

 そうした失敗が続くとランクを下げられたり、最悪の場合には冒険者ギルドからの追放となるので、自分の実力に見合った依頼を受けることは本当に大事だ。


 なお、もし違約金を踏み倒して逃げたりすると、即座にお尋ね者となる。悪行がひどければ、高ランクの冒険者が派遣されるので、生死を問わずとなる前に自首した方がいいらしい。

 さすがは連合王国内でもトップクラスの巨大組織、敵に回すのは愚か者のすることだな。


「充分に気をつけます」

「では、この依頼用紙を持って依頼人のところに……」

「すみません、ここには今日来たばかりなので住所が書いてあってもよくわからないので、地図を見せて教えてくれると助かるのですが」

「あ、はい。グラディスの地図はこれで、住所の場所は……」


 自分の説明だけでは足りないと思ったのか、エリアルはわざわざ依頼用紙の裏に簡単な地図を描いてくれた。こういう気配りができるなら、将来は立派な受付嬢になるんじゃないだろうか。


「ありがとうございます。それでは、いってきますね」

「はい、無事に初依頼が達成できることを願ってます!」


 万が一にも失くさないように懐に仕舞う振りをして、一旦インベントリに依頼用紙を収めた俺は、エリアルに見送られながら冒険者ギルドを出た。


 広場から放射線状に伸びている大通りのひとつ、住宅街に繋がっている方へと足を進める。が、その通りの脇に並んでいる屋台から漂って来る匂いに俺は釣られてしまった。


「ホールラクーンの肉鍋はどうだ? 一杯三〇〇ウエルだが、腹にたまるぞ!」


 屋台の中央に置いた大きな鍋でぐつぐつやっているおっさんが、匂いに釣られてやって来た俺に向かって言う。


「じゃあ、一杯ください」

「あいよ!」


 木のお椀にたっぷりと鍋の中身をよそったおっさんが、それを俺に差し出す。俺は小銀貨三枚と引き換えにお椀を受け取った。


「……うまい」


 木のスプーンも受け取って立ち食いをした俺だが、思わずそう言ってしまっていた。

 豚汁のようなそれは、ホールラクーンの肉と一緒にゴボウやダイコンっぽい野菜が煮込まれたもので、濃厚な味わいがたまらなかった。


「がはは、そうだろう! ホールラクーンの肉はいつも手に入るわけじゃないからな、兄ちゃんは幸運だぞ」


 あっという間にお椀によそわれた分を平らげてしまった俺を見て、おっさんは上機嫌だ。


 ちなみにホールラクーンというのは、そのまんま穴狸だ。森の中に穴を掘って暮らしている魔物で、その穴に獲物を引きずり込むと鋭い爪や牙で引き裂き、おいしく頂いてしまうという地味に怖いやつ。

 こういった魔物の知識も例の泉の水やフレスから得られたのだが、やっぱり勉強って大事だな。


 そういえば、俺は無限大の魔力のおかげで飯を食わなくても生きていけるのだが、やっぱり食う楽しみがないとつらいので普通に食事をとっている。

 世界樹の島にいた時は、自分で野菜や果物を育てたり、フレスに頼んで大陸から肉が食える魔物を獲って来てもらったり、海で魚介類を獲ったりしたのを食べて来たが、やっぱりちゃんとした料理は違うな。


「御馳走様、本当にうまかった」

「いつも出してるわけじゃねぇから、これからも見逃さずに食いに来てくれよ兄ちゃん!」


 木の椀とスプーンを返し、おっさんがまた元気に呼び込みを始めるのを背中に聞きながら、昼食を済ませた俺は住宅街へと向かった。


「冒険者ギルドから草取りの依頼を受けてやって来た者ですがー」


 俺はエリアルが描いてくれた地図に従い、依頼人の家を見つけると玄関のドアをノックして呼びかけていた。


「はいはい、今案内するよ。今度こそ大丈夫なんだろうね?」


 玄関から出て来たおばさんは俺が渡した依頼用紙を一瞥した後、あんまり期待してなさそうな様子で俺を家の裏にある庭に連れて行った。

 大体バス一台分くらいの面積はある裏庭を使って家庭菜園がひらかれており、野菜やハーブが栽培されているのだが、その合間には雑草がはびこっている。


「始める前にテストだよ。こいつは何かわかるかい?」

「グリーンハーブですね」


 その辺の雑草にしか見えないものを指差して尋ねるおばさんに対して、俺はすぐにその正体を答えた。

 なお、某生物災害なゾンビゲームでは回復アイテムに使われているが、このグリーンハーブにはウィルスの感染を抑制するような効果は無いことを述べておく。


「じゃあ、こっちは?」

「それはただの雑草ですね。正確には、ペンペン草という名前ですけど」


 俺の答えを聞いたおばさんが、納得したように頷く。


「今度こそ本物が来たみたいだね。この庭の草取り、しっかりやっておくれよ」

「はい、任せてください」


 なんといっても俺は木属性の頂点に立つ木竜、植物に関することならなんでもござれだ。植物なら鑑定できないものはないぞ。まさに俺のためにあるような依頼だったな。


「よし、やるか」


 おばさんが去ったのを確認すると、俺は菜園全体を見回せることができる場所に移った。

 意識を集中させて、菜園の中で育てられている野菜やハーブをピックアップし、それ以外の雑草を把握する。


「グロースプラント」


 俺は植物の成長を促進させる魔法を発動し、一気に菜園に生えた雑草だけを急成長させた。

 一瞬だけ今よりも青々と茂ったように見えた雑草群だが、たちまちのうちにしおれていき、地面の上に横倒しになると茶色く枯れていく。

 枯れた雑草を俺の木竜としての力を使って土に還し、今まで吸った養分も俺の魔力とともに土に戻せば、あっという間に菜園の雑草だけがきれいさっぱり無くなった。


 雑草の害で一番問題なのが作物が使うはずの栄養分を吸い取って成長するため、作物の生育が悪くなるというものだが、雑草を土に還すとともに俺の魔力も含ませておいたから、雑草を急成長させて枯らす前よりも土の状態はよくなっているはずだ。


 ちなみに今は雑草を介したからできたが、俺が直接土を肥えさせることはできない。それは地竜の領分になるからだ。

 まあ、今みたいに植物を介してやれば簡単にできるので、栄養分たっぷりの肥えた土壌をつくるのも木竜の俺ならお手の物だな。


「あ、終わるの早過ぎた……」


 精霊魔法を使ってやったことは秘密にしたいので、普通に草取りをしたということで通したいのだが、始めて五分も経たずに終わってしまったぞ。


「何かして適当に時間を潰さないとなぁ」


 俺は草取りに必要なはずだった時間の消化について頭を悩ませることになってしまった。

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