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第八話 冒険者になる

 扉を抜けた先の冒険者ギルド内を見た俺の感想は、なんか銀行の支店っぽいというものだった。


 入ってすぐの銀行ならATMが並んでいるだろう正面から右端までの壁一面が掲示板になっており、ギルドに持ち込まれた依頼が書かれているらしい紙がいくつも貼りつけられている。

 掲示板の左には銀行と同じように複数のカウンターが並んでいて、ギルドの職員が冒険者相手に応対をしている。

 さらにそのカウンター群の左は木の板で仕切られた個室になっており、カウンターの立ち話で済ませられない、腰を落ち着けて話す必要のある場合に利用されていると思われるスペースがあった。


 全体的に横に長い冒険者ギルド内は大体そんな感じで、本当に銀行の支店みたいだった。よかった、荒くれ者がたむろする場末の酒場風じゃなくて。

 一応カウンターの前の方は休憩所のようになっていて、机や椅子が並べられているが、酒はおろか軽食すら出ていない。

 まあ、普通に考えたら酒を飲みたいなら酒場に行けって話だもんな。依頼についての真面目な打ち合わせをやるならともかく、ギルド内で酒を飲みながら馬鹿騒ぎされたら迷惑なんてもんじゃないし。


 そうやってギルド内を見渡していた俺を、掲示板の前や休憩所にいる冒険者達がじろじろと無遠慮に見て来た。剣や槍なんかで武装したいかにもな連中の視線にさらされると、やっぱり居心地が悪い。

 街に入ってからも行き交うほとんどの人々は俺のエメラルドグリーンの竜の角に注目し、竜人の俺に物珍しげな視線を向けて来たが、そうはいっても前世の日本で街中を歩く外人をたまたま見かけた通行人がおっと注目する程度のものだったので、すぐに俺は慣れてしまった。


 しかし、冒険者達は竜人がそれなりの強さを持つ種族であるという点に注目し、見慣れない新参者の俺の実力を推しはかろうとしていたので、その視線の容赦のないこと。殺気とまではいかないが、それに近いものを飛ばして来る熟練者っぽい奴までいるではないか。

 これからもこういった視線にさらされることは間違いないので慣れたいところだが、すぐにとはいかなさそうだ。


「すみません、冒険者の登録をお願いしたいんですが」

「あ、はい! し、新規の方ですね、こちらへどうぞ」


 俺が選んだ受付嬢は、カウンターにいた職員の中では一番若い女の子だった。

 別に俺が年下萌え属性を持っているわけではなく、単純にそこが一番空いていたからだが……俺に声を掛けられて動揺している辺り、なんか頼りないなぁ。ま、今は登録だけだからいいか。


 ちなみに美人のお姉さんが受付をやっているところには、入れ替わり立ち替わりで冒険者がやって来ていた。うむ、実にわかりやすいな男どもよ、露骨に下心を見せる様は同性として恥ずかしくなったぞ。


 それといかにもベテラン職員ですというオーラを放っている、なんか強そうな男性職員が受付やってるところも人気だった。きっと冒険者に適切なアドバイスが出来るんだろうな、俺も依頼を受けるときはあの人のところに行ってみようかな?


「こちらにお掛けになってください」


 とかなんとか考えているうちに、俺は女の子に連れられてカウンター左にある小さな個室のひとつへと案内され、木の机を挟んで向かい合って椅子に座っていた。


「登録の担当をさせてもらう、エリアルです。よろしくお願いします」

「ヴァルトです、こちらこそよろしくお願いします」


 さっきから女の子といっているが、エリアルは一応高校生くらいの年齢だろうとは思う。

 金髪を左右に分けてリボンで結んでいるのだが、そのリボンがやたらと可愛いデザインのせいで、俺に女の子という言葉を想起させてしまっているが。ギルドの制服も着てはいるが、なんだか職業体験中の中学生みたいだ。

 とはいえ、相手は間違いなく冒険者ギルドの受付嬢であるため、俺は明らかに年下だと思えてもきちんと丁寧語を使うことにしていた。


「ヴァルトさん……ええと、こちらの用紙に必要事項をお書きください」


 エリアルが木製のバインダーらしきものを開き、中に挟まっている紙を何枚かめくった後、ようやく目的の用紙を見つけて机の上に差し出した。お世辞にも慣れた手つきとはとても言えないものだった。

 きっと新人さんなんだな。エリアルのところだけスカスカだったのも、冒険者なんて仕事は命がかかっているわけだから、経験のレベルが一桁台な女の子じゃ安心できなかったからだろう。


「あ、代筆は必要ですか?」

「いや、大丈夫です。出身地は空欄でもかまわないですか?」

「線が引かれていない項目は、書かなくてもいいです」


 そういえば、俺は普通にこの世界の言葉もわかるし、読み書きもできるな。この世界の人はもちろんこちらの言語で話しているようだが、ちゃんと日本語に置き換えられて俺の頭に届くし、この世界の言葉で書かれてあっても俺には日本語に見えるし、日本語で書いたつもりでもちゃんとこの世界の言葉で書かれているという不思議仕様だ。

 そのために読み書きは問題なかったのだが、筆記用具の扱いの方で俺はつまずきかけてしまった。世界樹の島では砂に棒で字を書いて練習していたから、これは想定外だった。


 用紙はいわゆる羊皮紙というやつで、前世の上質な紙と比べるとどうしてもゴワゴワしているから、ちょっと以上に書きにくい。羊皮紙とはいうがこちらの世界では羊の皮よりもずっと供給が多い魔物の皮を使っているので、厳密には羊皮紙ではないようだが、面倒だから羊皮紙としておく。

 ペンは定番の羽根ペンだったが、これもちょっと扱いが難しかった。インクつぼにペン先をひたして書くのだが、俺はどっぷりつけ過ぎて文字がつぶれかけてしまったりした。文字の細さや太さも慣れてないせでうまく安定せず、苦労する。


「あの、やっぱり代筆を……」

「も、もう慣れて来たので」


 俺が慣れない羊皮紙と羽根ペンのコンボを前に苦戦している有様を見かねたエリアルが代筆を再度申し出たが、それを制して俺は頑張って書いた。


 名前はヴァルト、種族は竜人で……年齢はどうしよう、前世含めればとっくに三十路だが。今の外見に合わせて、二四歳としておこう。四捨五入しても三十路にならない辺りが、俺の微妙なこだわり。

 なになに、魔法などの使える技能があれば書いてください、と。自己PRみたいなもんかな? 就活のしょっぱい思い出が蘇るな。よく考えたらこれ、簡単な履歴書みたいなものだし。


 精霊魔法って正直に書くと面倒になりそうだったので、それは書かないでおく。竜人なので身体能力には優れています、投げナイフや投げ槍などの投擲武器を扱います、薬草などの植物の知識には自信があります……まあ、大体そんな感じのことを書いて、自己PR欄は埋めておいた。


「書き終わりましたよ?」

「え、あ、はいっ!」


 最初の方はひどく汚くなってしまったが、後半は少しはコツをつかんだので幾分かマシになった登録用紙を差し出され、俺の角を見つめていたエリアルは大慌てでそれを受け取った。


「やっぱり竜人は珍しいですか?」

「は、はい……私は初めてです。でも、前はこの街にも竜人の冒険者はいたそうですし、王都なら間違いなく竜人の方も暮らしているはずです」


 おお、よかった。俺の事前情報通り、やはり竜人は超希少というわけではないんだな。


「あの、ヴァルトさんの角はすごくきれいだったので、つい」


 俺の木竜の角はエメラルドグリーンというか、本当に宝石のエメラルドみたいなのできれいなことは間違いない。光り物が好きな女の子なら、ついつい見入ってしまってもおかしくはないな。


「大丈夫ですよ、気にしてませんから。それで次はどうすればいいんですか?」

「はい、えっと……こちらに血をほんの少しでいいので、落としてください」


 エリアルがカードサイズの青い水晶板のようなものを取り出し、俺の前の机上に置く。これが定番のギルドカードだな。


 痛いのは嫌だったが、俺は歯の一本を竜の鋭い牙へと変化させ、それで左手の親指をちょびっとだけ切った。そこから滲んだ血を一滴、水晶板の上に垂らす。

 血が落ちた途端にギルドカードがぴかっと一瞬輝き、個室の中が白い光で満たされた。


「わわっ!?」


 その輝きにエリアルは驚いたようだった。俺はなんか意味も無く光るというのも定番のように思っていたので、そんなに驚かなかったが。


「大丈夫ですか?」

「す、すみません……こんなに光るなんて思わなくて……これでいいですね」


 俺の血が落ちた水晶板を持って一旦引っ込んだエリアルが、またすぐに戻って来る。


「ギルドカードができるまで時間がかかるので、その間に冒険者ギルドの説明をしますね」

「はい、お願いします」


 冒険者の組合が冒険者ギルドで、各地の主だった街には必ず支部があり、本部は各国の王都にある。本部でも支部でもどこでも冒険者として登録可能で、冒険者になるとギルドで依頼を受けられるようになり、冒険者は依頼をこなしその報酬を受け取ることで生計を立てる。

 冒険者ギルドは持ち込まれた依頼を精査し斡旋するかわりに、依頼料の一部を仲介料として徴収している。もし依頼人が報酬を踏み倒して逃げたとしても、冒険者ギルドが肩代わりして報酬を支払ってくれるなど、仲介料をとるだけあってその辺りはしっかりしているとのこと。


 これまた定番だが、冒険者にはSからGまでのランクがある。ランクによって受けられる依頼の上限が異なり、現在のランクのひとつ上の依頼までしか受けられない。

 Sは伝説、Aは精鋭、BとCは熟練者、DとEは経験者、FとGは初心者……感覚的にはそんなものらしい。

 ちなみにSランクは名誉称号のようなものでかつての英雄などに授けられ、現在はいないようだ。なんだっけ、前世でいうところのアメリカ軍の名誉勲章みたいなものなのかな?


 ランクは依頼をこなして実績をつくっていくことで、ギルドが判断して上げる。さまざまな要素が勘案されるので何回こなせばランクアップ、という明確な基準は無いそうだが……えこひいきとかないだろうな、厳正にやっているらしいが。


「これがギルドカードになります。紛失した場合の再発行料は小金貨一枚となりますので、気をつけてくださいね」


 大体の説明が終わったところで、エリアルがそう言って俺にギルドカードを手渡した。


 ギルドカードは、青色の水晶板に白い文字で名前と現在のランクが書かれており、思っていたよりもずっとシンプルだった。

 それにしても、失くしたら約一万円払って再発行しないといけないのか。そんなことで一万円も払うのはバカバカしいので、気をつけないとな。


「以上で登録は完了ですが、何か質問はありますか?」

「いえ、特にはないです」


 俺がそう答えると、エリアルはにこっと笑って言った。


「冒険者ギルドはヴァルトさんを歓迎し、これからのご活躍に期待しています!」

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