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第七話 お上りさんになる

 オーフェリア王国内では中部の大森林に近づけば近づくほど、つまり東に行くほど辺境となる。しかし、豊富な森林資源などを求めてオーフェリア王国の人々は徐々に東へ東へと開拓の手を伸ばしていった。

 最初は石垣に囲まれただけの粗末で小さな開拓村でも、辺境だからこそ潤沢に得られる木材や魔物の素材を元にして発展を続け、人口が増えるにつれて市街地や職人街は拡充されて立派な城壁に守られるようになり、やがて都市と呼ぶにふさわしい規模となる。

 それが開拓都市であり、オーフェリア王国の東部辺境にはいくつもの開拓都市が築かれているのだが、グラディスはその中でも北東に位置している。


 他の開拓都市同様、グラディスも大森林から姿を現す魔物から住民を守るための城壁にぐるりと囲まれている。

 城壁にはいくつかの出入り口があり、そこでは騎士団から派遣された衛兵が配されている。立派な剣と鎧を身につけた彼らは城門脇の詰め所で税金を取り立て、不審人物にも目を光らせていた。


「よし、次だ」


 その衛兵は俺の頭に生えている竜の角を見ると、珍しい奴が来たなといった感じの表情を浮かべた。

 さすがに毎日何十人何百人と都市に入るさまざまな人をチェックしているだけあって、イルゼみたいに露骨に驚いたりはしなかった。


「身分証は?」

「持ってません、旅の者でして」

「そうか、名前と種族は? それからここに来た目的も言うんだ」


 俺がそう答えると、衛兵は詰め所にちらりと目をやって、詰め所の中で机に座っている別の衛兵が頷き返すのを見た後、そう言った。


「名前はヴァルト、種族は竜人。ここには冒険者になるために来ました」


 詰め所の中にいる衛兵が、机の上の紙に何かを書いている。きっと俺の人相や風体、それに申告した内容を書いているのだろう。

 ギルドカードや住民票があればノーチェックで済むのだが、そういった身分証を持たない旅人や田舎の村人は、こうやって記録される。都市の中で問題を起こせば、ただちにここでの記録と照合がなされて、俺みたいに特徴的な奴ならすぐ特定され、あっという間に指名手配というわけだ。


「入城税は、大銀貨一枚だ」

「どうぞ」


 俺はジャケットのポケットから出した大銀貨を一枚、素直に衛兵に手渡した。


 連合王国内で流通している共通の通貨は、銅貨と銀貨と金貨の三つだ。それぞれが小と大に別れており、サイズとデザインが異なっている。

 通貨の単位はウエルで、一ウエルは一円くらい。小銅貨一枚は一ウエル、大銅貨一枚は一〇ウエル、小銀貨一枚は一〇〇ウエル、大銀貨一枚は一〇〇〇ウエル、小金貨一枚は一万ウエル、大金貨一枚は一〇万ウエルとなっている。

 ちなみにこういった貨幣とは別に、高額の取引では金塊なども使われているそうだ。


「よし、行っていいぞ」

「ありがとうございます、それでは」


 衛兵に軽く頭を下げてから城門をくぐった俺は、内心ではほっとしてしていた。物知りフレスにこういったことはあらかじめしつこく聞いておいたのだが、その知識が間違っていなかったことに安心したのだ。


「よかった、ちゃんと入れたみたいだね」

「俺はただの旅人だからな、問題無しだ」


 先に冒険者のギルドカードを見せて入っていたイルゼに対し、俺は当たり前だというように答えた。

 ちなみに商人の方も当然ながら商人ギルドに登録していたので、そのギルドカードを見せて先に入っていた。


「では、中央広場に行きましょうか」


 相変わらず荷台にいる商人がそう言うと、御者に合図して馬車を動かす。街に入ったら安全なので荷台に乗らないかと事前に誘われていたが、俺は街の様子を歩きながら見たかったので断っていた。

 あ、さっきの入場税もこの商人がくれたものだった。俺は例の船の積み荷にいくらかの金もあったのでそこから払うつもりだったのだが、商人が助けてくれたお礼にと半ば強引に大銀貨を渡してきたので、それで払った。


「へぇ……」


 グラディスの街並みを見た俺は、思わずそんなつぶやきをもらしていた。石や木で造られた洋風の建物がずらりと並んでいる様は、海外旅行などしたことのなかった俺にとっては新鮮なものだったからだ。


 ただ、やっぱり開拓都市という実用性が優先される街だからだろうか、いかにも金がかかってそうな洒落た建物はなかった。

 俺が中世ヨーロッパ風の街並みと聞くと、前にテレビで見たイタリアのフィレンツェというところの世界遺産にも登録された美しい街の光景が思い浮かぶのだが、それと比べると数段も劣る感じだ。ま、世界遺産と比べちゃだめか。


 あ、でも前世の世界の中世みたいにそこら中に糞尿が散乱しているということはなかった。フレスに聞き出した通り、ちゃんと上下水道が整備されているからだろう。

 石で整備された道の上を馬車が行き交っているが、そこらに馬糞も落ちていない。確か専門の回収業者がいて、道に転がっている馬糞はその業者が回収し、郊外の農家に肥料の材料として売っているんだったかな。

 この辺りの衛生観念は、こちらの方がずっと進んでいる。前世の中世における公衆衛生のひどさは、インターネットで検索してちょっと調べただけでもわかるくらいだったし。


「……田舎から出て来たってのは、本当なんだね」


 物珍しそうにあちこちを見ている俺を見て、イルゼがなぜか安心したように笑っている。


「ああ、こんな大都市に来たのは初めてだ」


 俺はそう言ったが、それにはこちらの世界ではという但し書きがつく。前世の東京なんかと比べたらちゃっちいちゃっちいだが、それこそ比べる方が間違っているだろう。


「でも、視線はあんまりふらふらさせない方がいいよ。スリに狙われるから」


 ふふふ、イルゼよ。その点は心配無用だ。なにしろ、俺は貴重品はすべてインベントリに仕舞っているからな。


 神竜はそれぞれの属性の頂点に立つ存在であるから、他の神竜の属性を扱うことは一切できない。一点特化というやつだ。俺の場合、木属性ならなんでも扱えるが、それ以外の属性はまったく使えない。

 しかし、例外として無属性の魔法は一部使うことができる。無属性とは、神竜が司る七大属性のいずれにも属さないもので、各属性の魔力が混ざり合ったことで生まれたものだといわれている。


 世界樹の島にいたフレスの部下であるラタトスクが得意とする魔法に、空間魔法というものがあった。

 その名の通り空間に関する無属性の魔法で、魔力を使ってこことは違う次元に空間をつくり、物を保管したりすることができるらしく、ラタトスクは泉の水やあの船の積み荷などさまざまな物をそこに仕舞いこんでいた。


 俺はラタトスクの手ほどきを受けて、インベントリと名づけた空間魔法を完全にマスターしていたのだ。

 世界の理か何か知らないが生き物だけは仕舞うことができないが、それ以外はどんな物でも無限大に仕舞うことができ、おまけに物を仕舞った先の空間は時間の流れがとまっているので劣化などは一切しない。

 たとえ一年前に仕舞ったスープであっても、その時のまま熱々でおいしく頂ける、超便利な空間魔法なのだ。


 なんでも仕舞えるとなるといろいろ入れ過ぎて何が何だかわからなくなりそうだが、そこの問題も解決済みだ。

 俺が仕舞った物について意識すれば、頭の中で一覧がぱっと出て来る。俺がこれとこれは除外と考えれば、その通りになる。ソート機能付きというわけだな。

 腐っても神竜な俺が本気を出せば、これくらいはできた。木竜とか地味だ地味だと思った時期もあったが、神竜様々である。


 まあ、仕舞う時は直接触れるか余程の至近距離でなければ駄目という制限もあったりするが。出す時は自分の手の上や周囲に出すことができる。

 貴重品などは全部インベントリに仕舞いこんであるから、スリの被害に遭う心配はないし、インベントリには他者の干渉は一切受け付けないようにしてあるのでその点でも鉄壁のセキュリティを誇る。


「そうだな、気をつけるよ」


 というようなことはイルゼには言えないので、俺は素直に頷いておいた。


「まあ、すぐに見慣れるとは思うけどね」


 イルゼがそう言ったところで、ゴーンゴーンという鐘の音が街中に響き渡った。


「あ、もう正午ね」


 今のは昼の一二時を告げる教会の鐘だったらしい。ちなみに神竜な俺は超精密な体内時計が働いているため、意識すれば今が何時何分何秒かすらわかったりするのだが。


 この世界も一日は二四時間。時計というのは一般庶民ではとても手が届かない高級品のため、人々は教会が鳴らす鐘で時間を把握している。

 教会は毎日三時間毎、つまり一日に八回鐘を鳴らす。それぞれ微妙に鐘を鳴らすリズムなどが異なっているため、注意して聞いていれば今が何時の鐘かちゃんとわかる。

 真夜中も鐘を鳴らすなんてうるさいなと思うのだが、それが生活リズムとして刻み込まれている人々にとっては全然気にならないものらしい。夜中に三時間毎に鐘の音で飛び起きていてはたまったものではないので、俺も早く慣れればいいのだが。


 ついでに言っておくと、一週間も七日だ。火の日、風の日、雷の日、水の日、地の日、氷の日、木の日で一週間。

 世界を創った七大神竜の伝説にあやかって決められたらしく、氷の日と木の日の二日間は基本的には休みで、前世でいうところの土曜日と日曜日にあたる。週休二日制はこちらでも健在のようだ。

 前世とちょっと違うのは、一か月は四週間、二八日と正確に決まっていることだろうか。なんかズレとか出るはずだが、世界が違うのでその辺りも違うのだろう。

 一二か月で一年だから、一年は三三六日。月は前世と同じく、普通に一月、二月と数えられる。


「ほら、ここが中央広場よ」


 城門から続く通りを進み続けた先に中央広場はあった。円形の広場の周囲には、今まで見て来たそれよりも明らかに大きく立派な建物がいくつも建ち並び、ひっきりなしに人が出入りしている。


 前世の中世ヨーロッパの都市には、必ず広場があったそうだ。

 都市にとって重要な施設が集中し、人が多く集まるそこでは定期的に市が開かれたり、お偉いさんからの布告が読み上げられたり、はたまた見せしめのための処刑が行われたりしていたとか。


 どうやらこっちの世界での用途もほぼ同じらしく、広場の周囲には各ギルドの支部はもちろん、市庁舎や教会といった市民の生活に欠かせない施設などが密集している。


「私達はこれから商業ギルドへ報告に行かないといけないから、ここで一旦お別れね……そこが冒険者ギルドだから」


 イルゼは冒険者ギルドとデカデカと看板に書かれている、大変わかりやすい建物を指さした。

 うん、あれならどんな田舎者でも、間違えることはないな。


「今回は本当にありがとうございました。もし何かありましたら、タルボット商会をお訪ねください」


 さすがに荷台から下りた商人がそう言って俺に頭を下げた後、商業ギルドがある方へと馬車とともに去っていった。もちろんまだ護衛が完了していないイルゼも一緒だ。


「さて、冒険者ギルドといえば定番だけど、どんなもんかな?」


 広場にひとり残された俺は、そんなことをつぶやきながら冒険者ギルドの建物へと足を進めるのだった。

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