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第六話 設定は大事

 オーフェリア王国は、大陸西部を統べる連合王国の中でももっとも東方に位置する国だ。

 大陸北部を支配する人間至上主義の超大国とも一部国境を接し領土紛争を抱えているうえに、無数の魔物が跋扈する中部の大森林とも密接している。

 おまけに大森林の向こうの東部は、得体のしれない魔族達の国、魔王国があるともなれば、建国以来オーフェリア王国が国防に力を入れてきたのも当然といえるだろう。


 連合王国内でもトップクラスの軍事大国であり、広大な領土をもつオーフェリア王国だが、領土が広いのは特に魔物の被害が大きい地域を他の王国から押しつけられた結果でもあり、魔物による被害もトップクラスという側面もある。

 しかし、魔物の被害が大きくともその魔物から得られるさまざまな素材と、広大な領土がもたらす自然の恵みなどがあるため、毎年とんでもない額の国防費が計上されてもなんとかやっていけている国だ。

 また、魔物の被害と恩恵の双方が大きいということは、冒険者が一番活躍できる国ということでもあり、連合王国内でも冒険者の動きが非常に活発な国としても知られている。


 そんないろいろと極端なオーフェリア王国の北東部にある開拓都市群のひとつ、グラディスに続く道を俺は一台の馬車とともに歩いていた。


「へぇ、ヴァルトは冒険者になるためにグラディスに行く途中だったんだ」


 荷車を曳く馬の左側にいる、イルゼと名乗ったこの馬車の護衛として雇われた冒険者の女が、言葉に意外だという響きを含ませて言った。


「先立つ物も大して持ってないからな。まずは冒険者になって金を稼ぎつつ、いろいろと学んでみようと思ったんだ」


 俺はこの先の目的地、開拓都市グラディスでファンタジーな異世界では定番の職業、冒険者になるつもりだった。いろいろと都合がいいし、なにより単純に冒険者という響きに憧れるものがあったからだ。


 あ、ヴァルトというのは竜人に化けている俺の名前だ。ドイツ語で森を意味する言葉で、中二病的なかっこよさに満ちた名前である。

 いやまあ、ドイツのシュヴァルツヴァルト、その名も黒の森というのを中二病絶頂期に聞いた時のときめきを思い出してしまい、それで名前はヴァルトと決めていたのだ。

 黒歴史だが、こんな中二病設定満載の世界なのだから、好きにやろうと開き直った結果、名前も見栄を張ったというわけ。


「おかげで私達は助かったわ」

「たまたまだけどな」


 俺はどことも知れない田舎から出て来たちょっと世間知らずな竜人という設定にしてある。ちなみに出自は、うまく誤魔化した。


 竜人は竜の血を引いているとはいうが、竜を殺し過ぎた人間が呪われた姿だとか、竜が人間に化けた姿だとか、その辺のいろいろとよくない俗説もある。ま、俺は本当に化けているが。

 実際に引いている竜の血によって竜人の出自も千差万別であるため、自身がどういう竜人なのか隠そうとする者は多い。

 隠れ里から出て来ているという話もあるくらいで、だからどこからともなくふらっと現れたものをよく知らない竜人がいて、そいつが自分の出自を語りたがらなかったり誤魔化したりしても、まあ竜人だしなと納得してしまう向きがあるのだ。

 いやはや、おかげで俺は大助かり。竜人設定万歳だ。


 そうやって適当に出自を誤魔化した俺は、ゴブリンの襲撃から助け馬の治療もしたイルゼ達と一緒にグラディスまで行くことにし、今はイルゼと一緒に左右から馬を護りつつ馬車の速度に合わせて歩いている。


「そういえば、ヴァルトがゴブリンに投げてた武器は何?」

「あれは……そうだな、投げナイフみたいなものだ」


 俺が三匹のゴブリンを倒すのに使った武器は、琥珀製の棒手裏剣。そう、忍者御用達のあの武器だ。


 手裏剣というと四枚刃で十字形のそれが一番有名だが、そういったタイプは車手裏剣といい、俺が使う棒手裏剣とは別物だ。

 棒手裏剣はその名の通り金属棒の先端を鋭く尖らせたもので、車手裏剣よりも深く突き刺さるので威力に優れ、棒状なので携帯にも便利。また、風切り音が少ないので隠密性にも優れている。

 反面、車手裏剣と違って刃が複数あるわけではないのでうまく投げないと相手に突き刺さらなかったり、回転をそこまで加えられないため安定飛行しないので投擲距離や命中率に難があったりもする。


 俺がなんでこんなものを使うことにしたかというと、まず剣などの相手と直接斬り合う武器を扱える自信がなかったことが挙げられる。

 俺は護身術にはそれなりの心得があったが、剣道などさっぱりだった。そんなドがつくほどの素人の俺が、この世界の実戦経験豊富な剣士と斬り合ったところで及ぶべくもない。一応竜人の高い身体能力に物を言わせれば惨敗はしないだろうが、それでも大変な目に遭いそうだ。

 というか、至近距離で刃を交わすなんてマジ怖い! 情けないといえば情けないが、こういう心情の問題もある。


 そういった事情から、飛び道具を使うことにしたのだが、前世と違ってこの世界には素人でも強力な火力を発揮できる銃なんてない。飛び道具といったら、弓なんかのことだ。

 困ったことに俺は弓なんて触れたことすらなかった。それでも竜人の身体能力を利用すればなんとかなるかもしれないが、弓は接近戦に弱い。

 俺は基本的に単独で戦闘をすることが多いだろうから、常に剣を持った誰かに守ってもらうわけにはいかないし……近距離で手頃な飛び道具って何があったかなと考えた結果、投げナイフや手裏剣なんてのが思い浮かんだ。


 で、俺が作れて武器に使えそうな鉱物並みの硬さをもった材料といえば、俺の貧相な脳みそでは琥珀しか思いつけなかった。鉄なんかの鉱物は地竜の担当であり、木竜の俺ではどうあがいても作れないのだ。

 琥珀は植物の樹脂が化石となったもので、質のいいものは宝石としても扱われているが、その硬度は鉱物に匹敵する。俺は植物由来のものならなんでも木竜の力で作り出せるので、琥珀を武器に加工して使うことにした。

 それでいろいろと試したのだが、やはり世の中シンプルイズザベスト。細長い棒状にした琥珀の先端を鋭く尖らせよく飛んで刺さるようにフレスにも手伝ってもらってちょいちょいと重心を調整すれば、特性の棒手裏剣の出来上がりというわけだ。


 あ、ちなみに宝石としても扱われる琥珀だが、俺が棒手裏剣に使っているのは濁った汚い色の質が悪いクズ琥珀。市場価値はほとんどないので、高価な琥珀を使い捨てにするなんて! という非難は受けないはず。

 そもそもそこまで質が悪くて汚いと、ぱっと見ただけじゃ琥珀だってことにも気づかないだろうしな。


「ふーん、変わった武器を使っているのね……変わっているといえば、魔法もそうね。あれ何の魔法?」


 木属性の魔法です、と答えられればその一言で済むのだが、そういうわけにもいかないちょっと面倒な事情があった。


 この世界における魔法は、体や空気の中にある魔力を消費して使う。魔力というのは、神竜が精霊を通じて世界に満ちさせている不思議エネルギーのようなものだろうか。

 正直前世の世界の物理法則諸々を完全にぶち壊している魔法を使うために必要なものということで、俺も完全に理解しているわけではないのだが、大雑把にでも説明してみる。


 たとえば、風竜は風の精霊であるシルフを通じて、世界に自身の風属性の魔力を放っている。これによって風が絡む各種気象現象が適切にコントロールされている。

 もし風竜とシルフが仕事をしなければ、そこら中で毎日のように竜巻や台風が発生したり、あるいはまったくの無風になってしまう。

 そういった世界の維持に必要な分を差し引いた後の風属性の余剰魔力が、目には見えないが空気中に漂っている。

 風の魔法使いは、その風の魔力を体内に溜めるか、空気中の魔力をかき集めて風属性の魔法を行使しているということになる。


 同じ理屈で他の属性の魔法も使われているのだが、木属性の魔法だけはほとんど使われていない。正確に言うと、使えなかったというべきか。

 木竜はバーサーカーな初代火竜にいきなりやられてしまったわけだが、そのせいで木属性の魔力の供給が途絶えてしまっていた。世界樹が木属性の精霊であるフェアリーを通じてどうにかこうにか世界の緑の維持に必要な分は出してきたが、それでは余りなんて出るはずもない。

 余剰の木属性の魔力が無ければ、当然ながら木属性の魔法は使えないわけで、一部の例外を除いて木属性の魔法は一切使われていないし知られてもいない。

 もちろん木竜である俺が今はいるのでいつかは木属性の魔法も普及するのだろうが……少なくとも、今はそうではない。


「あれは精霊魔法さ。俺はちょっとエルフと関わりのある竜人でね」

「そ、そうなの!?」


 イルゼは俺が精霊魔法を使えることと、エルフと関わりがあるということで二重の驚きを受けている。


 先程一部の例外を除いて木属性の魔法は使われていないと言ったが、その例外がエルフである。

 エルフはこれまたファンタジーの定番で、耳が長くて中性的な美形ばかりの種族だ。大陸中部の大森林の一部、通称迷いの森で暮らしており、森をこよなく愛してくれている。

 その関係で木属性の精霊であるフェアリーとも親しい間柄にあり、フェアリーの恩恵と緑が豊富な大森林に暮らしているということで、例外的に木属性の魔法を使える種族となったのだ。


 しかしエルフは非常に排他的な種族としても知られている。

 木属性の魔法についても自分達だけが使える魔法ということで厳しく秘匿してきたようで、いつからかエルフが使う木属性の魔法は精霊魔法と呼ばれ、エルフに代々伝わる秘術として知られるようになっていた。


 そんなのをエルフではない竜人の俺が使えると言ったし、実際にそれらしきものを使っていたのだからイルゼはびっくり、無駄に排他的なエルフと関わりがあると聞いてまたびっくりというわけだ。

 エルフとの関係は直接的なものではなく、俺の配下のフェアリーと仲がいいという間接的なものだが、関係あるといえばあるので一応嘘ではない。


 エルフも最近少しは頭が柔らかくなったのか、若いエルフは連合王国の方に旅に出たりもするようで、その過程で精霊魔法についてもちょっとは知られるようになったから、俺がエルフと関わりがあって精霊魔法が使えるという話も絶対にありえないと言い切れないところが助かるな。

 俺が木属性の魔法を使っているところをエルフに見られたらちょっと厄介なことになりそうだが、エルフは木竜の存在を信じ敬っている珍しい種族なので、いざとなったら木竜様のご威光でなんとかすればいいだろう。


「竜人ってみんなヴァルトみたいに変わってるのかしら……」

「俺は他の竜人は知らないから、なんとも言えないな」


 そう答えた俺は、道の先にかすかに灰色の壁のようなものが見えだしたことに気づいた。


「あ、城壁が見えてきた。もうすぐグラディスに着くわよ」

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