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第五話 一本道

 この世界唯一の大陸は、まるでゲームのコントローラーの十字キーのような形をしていて、西部と北部と中部と東部と南部に大別されているそうだ。

 十字キーの左が西部、上が北部、中央が中部、右が東部、下が南部という風に考えれば、かなりわかりやすいはず。


 西部には複数の王国が連合を形成して主に人間と亜人が暮らしており、北部には人間の人間による人間のための大国があり、中部はほとんど樹海のような大森林が広がっており、東部は魔王に治められた魔族が暮らすその名も魔王国があり、南部は険しい火山地帯と乾いた砂漠が続いているらしい。


 これら五大地域の中から俺が最初に行くことにしたのは……人間至上主義を掲げる物騒な宗教大国に支配されている北部パス、何が悲しくて最初に樹海に行かなければならないのか中部パス、いきなり魔王国なんてのは難易度が高過ぎる気がするので東部パス、火山と砂漠に行っても退屈しそうなので南部パス……消去法でいった結果として俺は連合王国とやらが統治している大陸西部に行くことに決めていた。


 連合王国は人間も亜人も少なくとも表面上は仲良くしており、多種多様な種族が暮らしているために竜人に化けた俺が行ってもそこまで角は立たないだろうと考えられたので、フレスからも最初に行くならここがいいでしょうとおすすめされていた。


「一本道っていうのは、わかりやすくていいけどなぁ……」


 右は鬱蒼と茂った森林、左は人の腰の辺りまで伸びた草に覆われた野原……森林と草原の境目にある一本の道を歩きながら、俺はぼやいていた。


 俺はすでに大陸西部を統べる連合王国内の、とある国の領土に足を踏み入れていた。

 フレスの姿を見られると大騒ぎになってしまうので、人目につかないよう夜のうちに目的地からかなり離れた場所に降りたのだ。

 そこは俺が目的地へと迷わずに行けるようにと一本道が走っている場所で、フレスはその道の脇に俺を降ろすと何度もお気をつけてと言ってから、北西の夜空へと飛び去っていった。


 それから俺は数時間、ひたすら道の上を目的地に向けて歩いていた。歩いているうちに夜は完全に明けて、青空に浮かぶ太陽が地平線の彼方まで照らし出している。

 そういえば、異世界だとよく太陽や月が複数あったりするが、この世界は別にそういうこともなかったな。


「もうちょっと近くでもよかったな」


 フレスが降ろしてくれた場所がもっと目的地に近ければ、何の変わり映えもしない道を歩く時間がかなり減ったと思うのだが。

 いや、これから旅を続ければこんなことは日常茶飯事。初日から泣き言を言うなんて、情けないぞ俺。


 気合を入れ直した俺は、いっそのこと走ってみようかと思った。竜人の俺の身体能力はすごいものがあるから、漫画みたいに土煙が上がるくらいの速度で走り続けても疲れ知らずのはずだ。

 あ、でもそんな風に走っているところを万が一誰かに目撃されたら、余計な騒ぎを起こしそうだ。今までちゃんと歩いて来たんだし、やっぱりこのまま行こう。


「……?」


 それからしばらく歩き続けていた俺の耳に、風に乗って喧騒のようなものが聞こえてきた。最初は気のせいかと思ったが、そのうち明らかに人の叫び声とわかるようになってからは、自然と駆け出していた。


 道は森の外縁にそって緩やかにカーブしていて、そこを曲がった先で一台の馬車がこちらに尻を見せて停まっていた。荷車を曳いていたらしい馬の背中には何か細いものが突き刺さっており、うずくまるようにして道の上に倒れている。


 馬が倒れて立ち往生している馬車の右、森の方で動きがあった。下生えをかき分けて、しわくちゃで吹き出物だらけの緑色の皮膚に覆われた醜悪な小人が、ぎゃあぎゃあという奇怪な叫び声とともに飛びだしてきたのだ。

 そいつらは、棍棒や剣らしきものを振り回しながら停まっている馬車へと駆け寄る――ゴブリンだ、あの馬車はゴブリンどもの襲撃を受けているんだ!


「このぉ!」


 そんな怒声とともに荷馬車の陰から人が飛び出して来ると、先頭に立っていたゴブリンを手にした剣で斬りつける。

 先頭の奴がいきなりやられて驚いたのだろう、思わず後続のゴブリンは足をとめてしまっていたが、その隙に馬車の護衛らしい人物は肉薄して素早く剣を振るう。


「ゴブリンのくせに生意気なのよ!」


 たちまち三匹のゴブリンを斬り捨てた護衛の茶髪の若い女が、勝ち誇ったように言う。


「きゃ!?」


 女はさらに残ったゴブリンに斬りかかろうとしたが、肩を矢が掠めたことに驚いて声を上げると、さっきまでの勇ましさはどこへやらさっさと荷馬車の陰に引っ込んでしまった。


 俺が矢が飛んできた方向に目を向けると、道の左側の草地で弓を構えているゴブリンがいた。

 ゴブリンアーチャーというやつだな。意外と頭が回るらしく剣を持った普通のゴブリンも二匹いて、アーチャーを守ってやがる。


「グラスバインド!」


 走りながら俺は魔法を発動させた。すると、アーチャーを含む三匹のゴブリンの全身に周囲の草が伸びて絡みつき、たちまち動けなくする。


「左は俺に任せろ、右からまた来てるぞ!」


 俺は荷馬車の陰からその様子を見て驚いていた女に向かって叫んだ。

 女は走って来る俺を見てさらに驚いたようだが、右から残ったゴブリンが近寄って来ていることに気づくと、慌ててそいつらの迎撃に向かった。


 全身を草に絡め取られてもがいている三匹のゴブリンから数メートルの距離にまで迫った俺は、そこで一旦立ち止まって懐に手を突っ込んだ。

 すぐに懐から出て来た俺の手には先端が鋭く尖った黄色の細長い棒のようなものが握られており、俺はそれを素早く投じた。

 音も無く高速で飛んだ棒がアーチャーの首に深々と突き刺さり、アーチャーの口から血の泡が吹き出て、その手から弓が落ちる。

 さらに俺は二本、同じように大きな針状のそれを投じて、残った護衛役ゴブリンの頭をぶち抜いて即死させた。


「やっ!」


 左手の草地にいた三匹のゴブリンを仕留めた俺が視線を右に向けると、ちょうど最後のゴブリンを女が斃したところだった。


「……もう全部やっつけたみたいね」


 最後のゴブリンを斃した後も警戒したまま周囲の様子をうかがっていた女が、そう言って剣を下げた。


「ああ、そのようだな」


 念のために森の植物に干渉して探ってみたが、襲って来たゴブリンは全滅したらしいことがわかったので、俺も頷いてみせた。


「ありがと、あんたがアーチャーを片づけてくれたおかげで助かっ……え、竜人!?」


 俺の頭に生えている二本の竜の角に気づいたらしい女が、びっくりしている。ま、一応竜人は珍しいもんな。


「竜人を見るのは初めてか?」

「うん、初めて見た……本当に竜人なの?」


 女の視線は俺の頭の角に釘付けだ。まだ俺が何者かもわかってないのに、ちょっと不用意過ぎないか?


「本物だぞ。俺は旅の者だが、一体何があったんだ?」

「開拓村に商品を届けた帰りにゴブリンに待ち伏せされたのよ。こいつら妙に賢くて、最初に森の方から現れて私達の注意を引きつけた後、反対側からアーチャーで馬をやったの」


 女は忌々しげにゴブリンの死体を蹴りながら答えてくれた。


 真っ先に馬を倒して馬車の動きを止めるとは、確かにゴブリンにしてはなかなか頭がいい。人間と戦った経験があるやつだったのだろう。

 俺がやって来たのは、馬がやられた直後くらいか。


「あの、もう大丈夫でしょうか?」


 今までは奥に引っ込んでいたのだろう、荷台から中年の男が恐る恐るといった様子で顔を覗かせている。


「はい、もう大丈夫です!」

「よかった、でも肝が冷えましたよ……」


 女の態度と、商品を届けた帰りと言っていたことから、この中年男はたぶん商人でこの馬車の主だろう。

 さすがは商人というべきか、俺を見ても一瞬しか驚かなかった。


「えーと、そちらの方は?」

「あ、旅の人で途中で助けに入ってくれたんです」

「そうなんですか、ありがとうございます」

「いえ、お気になさらずに……それより馬がやられてしまったようですが?」

「そ、そうでした。馬の様子は!?」


 襲われた後は荷馬車の陰に隠れていたらしい御者の男が、商人の声を受けて急いで馬のそばに寄る。


「死ぬような怪我ではありませんが、荷馬車を曳くのは無理です……グラディスから助けを呼ぶしかないでしょう」


 御者が残念そうに首を振る。


「厄介なことになってしまった……」

「すみません、護衛の私のミスです……」


 商人は頭を抱え、護衛の女は自分の責任だとしょぼくれてしまった。

 せっかく助けたんだし、もうちょっとお節介を焼くか。


「俺の魔法で傷を治せるかもしれませんから、診てもいいですか?」

「え、回復魔法が使えるの?」

「それならばありがたいです、どうぞどうぞ!」


 ちゃんと許可を得てから、俺は倒れている馬に近寄った。しかし、怪我をした馬がいきなり暴れ出して蹴飛ばされでもしたら痛い目に遭いそうなので、脚が届かない場所で停まる。

 馬の背中には一本の矢が突き刺さっていて、その傷から血が垂れている。命に別条はないかもしれないが、背中に矢の傷がある状態で荷馬車を曳くのは確かに無理だろう。


「ちょっと痛いけど、我慢しろよ……」


 俺はそう言ってから、また魔法ですぐ左の草を操り、伸ばした草で馬の背中に突き刺さった矢を引き抜いた。そうしないと治療ができないからだったが、馬がこれまた痛そうに嘶いたので、なんだか悪い事をした気分になってしまった。


「リーフバンテージ」


 馬の傷口が一瞬発光し、その光が消えると傷口には大きな葉が貼りついている。これは俺が扱える木属性の魔法のひとつで、回復に使うものだ。

 葉は前世の世界でいうところのアロエみたいな感じで、傷口に貼りついている部分は柔らかい果肉が露出しており、薬効を発揮して覆った傷を治す。包帯というよりは、湿布みたいに使える薬草だな。


「……そろそろか」


 最初は痛そうに首を振ったりしていた馬が落ち着きを取り戻した頃、俺はまた草を使って傷口に貼った葉を取り除いた。

 するとそこにはもう傷口はなく、馬も普通に立ち上がった。リーフバンテージはそこらの傷薬よりも回復効果はずっと高いし、即効性も抜群だからもう大丈夫のはずだ。


「こんな回復魔法、初めて見た……」


 振り返った俺が見たのは、女も商人も御者も元気になった馬を見てびっくりしているところだった。

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