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第四話 そうだ大陸に行こう

「フレス、そろそろ旅に出ようかと思うんだが」


 木竜に転生してから数年経ったある日、俺は意を決してそう言っていた。


 え、もう数年経ったの? おいおい展開早過ぎねーか……そんな声が聞こえてきそうだが、ぶっちゃけそんな大したことはなかった。

 転生した衝撃的な初日以降は、まず世界樹の修復と俺の成長に力が注がれたからだ。


 あのウルズの泉に入って力を浸透させる作業は、俺の木竜としての力を活性化させて成長を促進させる効果もあるそうで、日課になった。

 朝起きたら顔を洗うような感覚で泉に入って力の活性化、木竜の力が沁み渡った水と泥をラタトスクが世界樹の根に振りかけて癒し、それからはフレスとお勉強会。

 あ、フレスとはあの大鷲、フレスヴェルグの略称だ。さすがにフルネームは言いにくいのでそう呼んでもいいかと尋ねたら、光栄ですとかなんとか言われておっけーが出たので以降はそれで通している。


 勉強の内容は、主にこの世界と木竜の力についてだ。あの便利な知識ブーストなミーミルの泉の水は、負担にならないように俺が成長するとそれにあわせて一定量を飲み、その度に俺の基礎知識は増えていった。

 さらにありがたいことにフレスは大変な物知りで、俺が泉の水で得た知識を補完するにはうってつけの相手だった。


 この世界に関する知識についてフレスと話し合った後は、俺が成長したことで扱えるようになった木竜の力の習熟も手伝ってもらった。

 木竜というだけあって木属性な植物に関する魔法を完璧に扱えるようになったのだが、どんなことができるようになったかはまた追々。


「やはり大陸に行かれるのですか?」


 フレスが、俺を見上げながら尋ねる。この数年で、俺とフレスの体の大きさも逆転したな。


 最初は人間と同じくらいのサイズの子竜だった俺も、ぐんぐんと成長して今やそこらの二階建て一軒家よりも大きい。というか、本当はもっと大きくもできるのだが、神竜パワーを使って調整することでこの程度にとどめている。

 さらに変わったのは大きさだけでなく、俺の竜の体のあちこちに太い茨が幾本も絡みつき、その合間からさまざまな色の美しい薔薇が咲くようになったことだろうか。

 最初は寄生されたのかと滅茶苦茶焦ったが、これも俺が成長した証のひとつらしく、俺の体の一部だとフレスに教えてもらい心底安心したのはよく憶えている。なんで薔薇なんだよ、という疑問には答えてくれなかったが……ま、タンポポなんかが咲くよりはずっとマシである。


「一番見応えがありそうだからな」


 この世界にある大陸はひとつだけで、俺はそこへ行くつもりだった。理由は単純、苦痛に感じるほど暇を持て余していたからだ。


 成竜になって世界樹の修復も終わってからというもの、俺は退屈という難敵と戦う羽目になった。

 それまでは成長する度に手に入る知識や新しく使えるようになった力があったから、それらの習熟に時間をかけられたので退屈ということはなかった。


 ところが、成竜になってからというもの、とにかく何もやることがない。この島の探索なんてのは、最初の一年で隅から隅までやってしまったので、島の中をぶらぶらしていても退屈なだけだ。

 おまけにここは孤島で、周囲は見渡す限りの海。最初こそ背中の翼で空を飛ぶことに快感を見出したが、何の変わり映えもしない海の上を飛びまくっていてもそのうち飽きるに決まっている。

 もちろんこの世界にはインターネットもゲームもない。インターネットさえあればいくらでも時間を潰せたが、いくら俺が神竜の一頭だとしても別世界から電波をひいて来るなんてことはできない。


 そんなこんなで暇を持て余しているうち、俺の中で世界を旅してみたいという子供のような欲がわき上がってきた。

 考えてもみればここはファンタジー世界、前世では空想の産物だったエルフや獣人なんかの亜人に、魔族なんてのもいるらしい。もちろん魔物だっててんこ盛り。美しい自然だって楽しめる。

 フレスに話を聞けば大陸では人間や亜人、魔族が国をつくって暮らしているとのこと。お約束というべきか、時代は中世っぽい感じ。ますますファンタジーだ。


 おまけに俺は腐っても神竜、代替わりしなければ普通に四桁以上の年数を生きられるらしい。しかもそれも推定で、もっと寿命は長い可能性もあるとか。

 それだけの間、この孤島に引きこもり続けるなんて、もはや拷問に近い。だからこそ、俺はこの島を出て大陸に旅に出る決意をしたのだった。


「そうですか……」


 フレスは、視線を俺から目の前の水面へと向けた。目の前には、俺の成長にともなって大きくなり続けて今や泉というよりはほとんど湖になってしまったウルズの泉の水面が広がっている。

 俺とフレスは、そんなウルズの泉のほとりで話をしていた。


「やっぱり行かない方がいいか?」

「いえ、以前お話した通り、過剰な干渉さえしなければ木竜様の自由です」


 神竜は基本的には配下の精霊以外には干渉しない。仮にも神であるのだから、軽々しく下々の種族とつきあってその営みを邪魔してはならん、ということらしい。

 が、代替わりしたばかりの若く好奇心が旺盛な、つまり俺のような神竜が人間なんかと関わってしまうことは割とよくあることらしく、やり過ぎない程度ならいいというのが慣例になっていたりする。

 どの程度がやり過ぎになるかの線引きがあいまいなので、正直あんまり意味の無い取り決めだよな、と俺は思ったが。


「もちろんその辺りは気をつけるさ。竜の姿のままで行くわけでもないし」


 そう言った俺の体が白い光に包まれると、その輝きがどんどん小さくなっていく。光が人間サイズになると、ようやくおさまる。


「確かに竜人のお姿でならば、お忍びでの旅もできましょう」


 フレスの目には、頭にエメラルドグリーンの二本の角が生えている以外はごく普通の若い男がうつっているはずだ。

 髪も瞳も黒色で、顔立ちは整ってはいるが美形というほどでもなく、実に平凡に仕上がっている男はもちろん俺だ。


 一口に竜といっても神竜以外にもさまざまな竜がいて、もどきも含めれば相当数にのぼるのだが、そんな神竜以外の竜の血を引き、一応は亜人の範疇に入れられているのが竜人である。

 一般に竜の角を備えた人間の姿で知られており、さすがに竜の眷属だけあって人間と比べればかなり強力な種族として認められている竜人に化けることに俺はしたのだ。

 仮にも神竜な俺はかなり強いが竜人ということならその辺り誤魔化すのにも都合がいいし、竜人といっても千差万別で珍しくはあるが希少というほどでもないところもいい感じだ。


 ちなみに竜人に変身した俺は、ちゃんと服を着ている。黒いブーツに灰色のズボン、緑色のジャケットの上からは茶色いマントを羽織っている。

 統一感がなくむしろ適当感が漂ってはいるが、服屋で買いそろえたわけではないので仕方が無い。


 ここ世界樹の島は大陸からみて北西にある孤島なのだが、その存在はフレスによって厳に秘匿されてきた。具体的には、近づく連中は片っ端から島が見える前に海上で阻止してきた。

 ある時、自分の縄張りだからこれ以上近づくなといった警告をしても無視して攻撃しながら進んできた人間の船がいたらしく、仕方なくフレスはその船を沈めたそうだ。

 この服はその船に積んであったものとのことで、ある意味で盗品だが持ち主はとっくに海の藻屑と化しているので返しようもないため、俺が有効活用することにしたというわけだ。

 ついでに言うと、服以外の積み荷でも使えそうなものは根こそぎ俺が持っていくことにした。どうせこの島に置いてあっても使い道は無い。


「木竜様、旅に出ちゃうんですかー羨ましいですね!」


 いつの間にか俺とフレスの間に現れた栗鼠のラタトスクが、そんなことを言う。

 こいつは転移や念話の魔法を得意としており、こうやっていきなり現れるのは日常茶飯事だったので、さすがの俺も数年間の付き合いで慣れてしまった。


「お前の力を使えばいつでも戻って来れるから、三日と経たずに帰って来るかもしれないぞ」


 俺は茶化してそう言ったが、もし大陸で何かあった場合はさっさとここに逃げ帰るつもりだった。念話でラタトスクに頼めば一瞬でこの島に転移で戻って来れるのだから、夜逃げし放題だ。


「三日坊主はだめですねー」

「ラタトスク!」

「はいはいー失礼しました!」


 フレスとのこんなやりとりも見なれたものだ。いちいち怒るフレスもフレスだが、ラタトスクの軽い態度もまったく改善されなかったな。


「思い立ったが吉日、もうやることもないし早速行こうと思うんだが?」


 ちゃんと勉強もしたし、必要な物は揃えられていたので、俺は逸る気持ちを抑えきれずにそう言っていた。


「わかりました……では、大陸までは私がお連れいたします」


 フレスが屈むと、体を斜めに傾けた。片翼を伸ばしてその先を地面につけている。


「そうだな、ここは素直にフレスに連れていってもらうか」


 俺は翼をスロープ代わりにして、フレスの背中の上に移動した。

 

 竜人は背中に翼を生やしたりすることもできるので、自前の翼で飛んでいってもよかったのだが、大陸まで飛んだことがない俺は海上で遭難したりしてとんでもない場所にまで飛んで行ってしまう可能性があった。

 やはりここは何度も大陸まで飛んだ経験があり、大陸の地理にも精通しているフレスに連れていってもらうのが無難だろう。


「お気をつけてー!」


 俺を背中に乗せたフレスが翼をはばたかせてふわっと浮き上がると、地上に残されたラタトスクが前脚をぶんぶんと振って見送った。

 フレスは島の上空で一度旋回すると、大陸がある方向へと飛び始める。


 俺は背後で遠ざかる世界樹の島を見て、ちょっとした感慨にふけっていた。

 大したことはなかったといえばそうだが、それでもこの数年の間にちょっとした出来事はいろいろとあったからだ。


 島の地下に広がる洞窟内の泉に棲みついて世界樹の根をかじる困った毒竜と話し合いをしたり、フレスの部下だというヴェズルフェルニルというこれまたやたらと長い名前の鷹と会ったり、木竜である俺が担当する精霊の代表者が面会に来たり……こういう出来事もあったから、今までは暇しないで済んだんだよな。


 そういえば、この世界樹の島、俺の前世でいうところの北欧神話での設定と同じ部分がかなりあったことにも気づいたな。

 泉の名前や効果についても神話通りだったし、フレスヴェルグやラタトスクなんかがいたのも神話通りだ。

 最初はわからなかったが、知識の泉の水は記憶の整理なども助けてくれる効能があったらしく、それで前世で流し読みした北欧神話の本について書かれていたことを思い出して、それとの一致に気づくことになった。


 そうなると、口を開ければ上顎が天にまで届くくらい巨大な狼や大陸をぐるりと囲んで自分の尾を噛む大蛇なんかもいるのだろうか……俺はまだ見ぬ大陸で出くわすことになるかもしれないものについて、フレスの背に乗ったまま考え続けた。

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