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第一五話 聖女と神竜

 聖女シルヴィアが次に目を覚ましたのは、たっぷり一時間以上経ってからだった。俺達はその間にシルヴィアを世界樹がそびえたつ島の山の頂きに移しており、泉のほとりのやわらかな草のベッドの上に寝かせていた。

 目覚めたシルヴィアは草のベッドからゆっくりと起き上がり、自分の身に異常が無い事を確認した後、世界樹に気づいてその巨大さに圧倒されている。


「目が覚めたか、人間の娘よ」

「!?」


 俺が出来る限り声を低めて彼女の後ろから声をかけると、振り返って竜の俺を見た彼女は飛び上がらんばかりに驚いていたが、さすがにまた気絶することはなかった。


「安心するがいい、お前に危害を加える気はない」


 そう言っても、聖女様はすっかり怯えきっている。うーん、初めてフレスと接したときの俺みたいだ。これはとにかく言葉を交わすか時間をかけるかしないと、すぐには事情を聞けそうにないか?


 あ、なんで俺がこんな芝居がかった口調で話しかけているかというと、これが俺の考えた作戦だからだ。


 シルヴィアに姿を見られた以上、こうなったら俺の木竜としてのアドバンテージを最大限に活かすことにしたのだ。ホーリス教は神竜を崇め奉っているのだから、俺が幻の木竜であるとわかれば、それなりの敬意を払うはず。

 そのうえで、彼女から事情を聞き出して可能な限り助ける。聖女様を助ける伝説の木竜――うん、実に素晴らしい美談となるだろう。


 シルヴィアを助ければ、木竜である俺の復活が知れ渡ることになるだろうが、ホーリス教は連合王国に対して大変な宗教的影響力をもっている。

 聖女様を助けて威厳と慈愛に満ちたいかにも神竜らしい態度を示し、ホーリス教を通じて二代目木竜は人間に対し友好的な神竜であることを連合各国に流布する。

 こうすれば、少なくとも連合王国内では表だって俺を邪竜呼ばわりしたりする奴はいなくなるだろう。もちろんそんなにうまくいかないかもしれないが、俺だって小芝居やらなんやらそれなりに力を尽くし、少しでも木竜に対する風向きをよいものとしておく。


 別に世界最強の神竜なんだからそんな芝居を打つ必要はないんじゃないかと思うかもしれないが、前世の人間の力を思い返せば、神竜だからとのほほんとしていたらえらい目に遭いかねない。

 前世では地球を何十回何百回も焼け野原にできる核兵器をつくって配備していたのが人間だ。こちらの世界では核はないにしても、何百年何千年後には核に匹敵する破壊魔法が生み出されるかもしれない。邪竜認定でもされてそんな破壊魔法を喰らいでもしたら、目も当てられない。


 ずっとこの島に引きこもり続けて木竜である俺の存在は隠し通すというのも、難しいだろう。前世の人間は船舶や航空機、果ては人工衛星を投入して地球の隅々までを観測していた。

 大陸の北西にあるこの島だって、今まで近くに船や人を乗せた魔物などが近くにまで進出してきたことがあるのだから、きっといつかは見つかってしまうはず。

 どうせバレるなら、少しでも人間に対して木竜は友好的存在であることをアピールしておいた方がいい。


 宗教の力は偉大だ。前世でも紀元前の聖地を巡って延々と争いを繰り返していたくらいだから、その力を利用して俺の立場を安泰としたものにしようではないか。

 我ながら神竜ともあろう者が実にせこい、と思うが中身は人間の俺だ。邪竜になるよりは聖竜にでもなって人々から崇め奉られた方が気分がいいし、安全も確保できるならこれ以上ないほど素晴らしいことである。

 というわけで、まずはこの聖女様の事情を聞き出さなければならないのだが、どうかな。


「あ、あの……質問をしても?」

「無論だ。なんでも聞くがよい」


 ようやくフリーズ状態が解けたらしいシルヴィアが、おそるおそるだがそう言ってきた。いい傾向だ。


 そういえば、なんか適当に威厳ありそうな口調で喋っているが、大丈夫だろうか。フレスに確かめてもらったら、明らかに俺が間違った言葉遣いをしても、向こうはなぜか正しい言葉遣いで受け取っていたが。

 どうやら異世界言語補正により、俺が望んだように言葉遣いも変換されて向こうに伝わっているようだから、シルヴィアにもちゃんとそれらしく伝わっていることを願うばかりだ。


「ここは天界ですか? 私、死んでしまったのでしょうか?」

「お前は死んでなどいない、ここは現世だ」


 確かに世界樹はこの世のものとも思えないから、漂流なんて経験をした後に喋る神々しい竜とセットで見たら、あの世と勘違いしてもおかしくないのかもしれない。


「今度は我から尋ねよう。人間の娘よ、ここは我が聖域である世界樹の島だ。お前は何故この島にやって来た?」

「い、意図してやって来たわけでは……あれは、やはり世界樹なのですか!?」


 世界樹の伝説自体は、フェアリーや他の神竜などを通じて人間達にも伝わっている。ホーリス教はそういった伝説に一番詳しいはずだから、聖女であるシルヴィアが知っているのも当然といえるだろう。


「世界樹の守護竜……ま、まさか木竜様!?」

「いかにも我が木竜である」


 よし、ようやく俺が木竜であることを聖女様が認識してきたぞ。


「しかし、火竜様との争いで……」

「確かに火竜との諍いで長く器を失っていたが、この通りすでに復活を遂げている」

「そうだったのですか……」


 あまりの事態にシルヴィアはかなり混乱しているようだから、とにかく落ち着くまで少し待った。彼女がちょっとは頭の中を整理できたと思われる頃、もう一度尋ねてみる。


「もう一度尋ねるが、何故この島にやって来た? 意図したわけではないようだが」

「それが、帝国の手の者に襲われ……」


 この大陸で帝国といえば、例の大陸北部を支配する人間至上主義大国、神聖ランドール帝国のことだ。頭に神聖とかつけちゃう辺りかなりアレだが、実際アレな国である。

 ランドール教という一神教で、人間の神しか認めていない宗教を国教としていて、亜人などへの迫害が苛烈な国ということで連合王国では悪名をはせている。

 多神教で亜人との共生を唱えるホーリス教とはまさに犬猿の仲で、これまでに連合王国と帝国は何度か戦争までやっている。


「あ、帝国というのは……」

「心配ない。人間の国の事情についてもある程度は知っている。何があったか続けるがいい」

「は、はい」


 シルヴィアから聞きだした事の顛末は、大体以下のようになる。


 いつものように傷病者を自身の回復魔法で救いながらの巡礼の途中で立ち寄ったある港町で、真夜中に突然一行が宿泊していた宿が襲撃された。護衛の聖騎士なども当然ついていたが、夜中に突然強力な火魔法で宿ごと攻撃され、まともに応戦する間もなく壊滅してしまった。

 宿は半壊状態になり、幸いにも無傷だったシルヴィアはわけがわからないままパニックに陥ってその場から逃げだしてしまった。

 そのまま人気の無い港まで逃げ、泊まっていたあのオンボロ小舟の中に隠れた。舟の中にあった毛布の下に潜り込んで様子をうかがっていると、宿を襲撃したと思われる男達がシルヴィアを捜して、近くにまでやって来た。


「女の死体は無かった。こちらに逃げる姿を見た者がいる、さっさと捜せ!」

「間抜けどもが、あの女を殺してホーリス教の力を弱め混乱させるのが目的だぞ!」

「作戦の失敗は死をもって償う羽目になる、なんとしてでも見つけ出すんだ!」


 指揮官らしい男達が、そう言って部下を鼓舞する声を聞いたシルヴィアは自分の殺害が目的だと知り、震えあがった。そして男達が迫って来るのを見て、咄嗟に舟を泊めていたもやいを解き、舟を海に放った。

 男達にとっては月の無い夜は襲撃に持ってこいだったのだろうが、今度はそれがシルヴィアに幸いした。舟は墨を流したように黒い海面の中にとけ込み、静かに港を出て帝国の暗殺者達から逃れることに成功したのだ。


 帝国の魔手からどうにか逃れたまではよかったが、今度は漂流である。舟の中にはオールも何もなく、毛布にくるまって照りつける陽光に耐えながら、シルヴィアは海の上で漂流を続ける羽目になったのだ。

 結局、舟の中で気を失ってしまったらしいのだが、どうやらその間にこの島へと漂着したらしい。そこをフレスに見つかり今に至ると、まあそういうわけだ。


「ふむ、それならば我が島にやって来たのはやはり偶然というわけだな?」

「その通りです、決して木竜様の聖域を侵そうなどと考えたわけではありません!」


 ありゃ、なんかシルヴィアは俺が怒っていると思っているらしい。別にそんなことはないのだが。


「わかった、ならばお前を客人として迎え入れよう」


 そう言ってから、俺は植物の成長を促す魔法を使った。シルヴィアの横の地面から、一瞬にして人の背丈ほどの高さの小さな木が生える。その小さな木には、赤色の丸い果物がいくつか生っている。


「海に出てから何も食べていないのだろう? それを食べるといい」


 俺が生やしたのは、リンゴの木だ。といっても、俺がかなり改良したもので、中身は原種のリンゴとはもはや別物に近いのだが。


「ありがとうございます……頂きます」


 シルヴィアは食べるべきかどうか少し悩んでいたようだが、結局は生っていたリンゴを手に取った。

 どれだけ漂流したのか正確なところはわからないが、そこまでの長さではなかったようだ。もし何日間も漂流していたのなら、ちょっと顔色が悪い程度ではすまなかったはずで、それでも喉の渇きと空腹を覚えていたのは間違いなく、彼女は手に取ったリンゴを一口食べた。


「……!」


 シルヴィアの目が驚きに見開かれている。ふふふ、神竜である俺が創ったリンゴだ。甘くてめちゃくちゃうまいだろう?


 彼女はしゃくしゃくと小気味の良い音を立てながら、一心不乱にリンゴを食べ始めた。最初は白かった顔色も、リンゴを一個食べ終わる頃にはかなり赤みを取り戻している。

 木竜の魔力が込められた俺のリンゴは、うまいうえに栄養分たっぷりで、疲労などの回復効果もばっちりなのだ。しばらく何も食べていなかった彼女の胃に負担にならないよう、その辺りの調整までしておいたから、完璧といっていい。


 というわけで木竜特製のリンゴに病みつきになってしまった聖女様のお食事が落ち着くまで、また俺は待たなければならなくなってしまった。

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