第一四話 問題発生
「これでランクアップですね、おめでとうございますヴァルトさん!」
まるで我が事のように喜ぶエリアルから、俺はEランクに更新されたギルドカードを受け取った。右の方のカウンターにいるアイリーンも、俺にニコニコとした笑顔を向けてくれている。
あの誘拐事件から数日経ち、その間は集中的にEランクの討伐系の依頼を引き受け続けた成果が、Eランクへの昇格だった。
「ようやく初心者を卒業だな」
Eランクでやっと最低限の実力はある冒険者とみなされる程度なので、まだまだ先は長い。それでも、俺のランクアップはトップスピードに乗っているという。
事前にエリアルから聞いた話によると、誘拐事件でランクC冒険者のセラーズを叩きのめしたことも関係しているとか。
アイリーンを助けた後、俺は捕まえたセラーズを冒険者ギルドに突き出したのだが、それはもう大騒ぎになった。冒険者ギルドの受付嬢が誘拐されるのも前代未聞だったが、犯人が熟練冒険者のセラーズであったことも大問題だった。
理不尽なことに最初はランクCのセラーズが犯人で、しかもランクFの俺にボコられたという話は受け入れられず、危うく俺が下手人にされかけたりもしたが、アイリーンの自身を誘拐した相手は間違いなくセラーズであったという証言のおかげで助かった。
それでも執拗な聴取を受ける羽目になった俺だが、結局俺がランクC冒険者に勝てたのは俺が本物の竜の血を受け継いでいる竜人とは知らずに油断していたセラーズの慢心によるものだとか、そういう解釈になったらしい。
要するにお前は運がよかったと言われているようなものでちょっとムカついたが、実際にセラーズが油断していたおかげでさっくり撃退できたのは本当なので、俺はそれでよしとしておいた。
一応ギルドの方も俺がそこらの亜竜の血を引いた竜人ではないとわかり、俺の評価も向上したらしいしな。
肝心のセラーズだが、ギルドの取り調べの中で自分が所属していたのは大陸の北部を支配する例の人間至上主義な大国と繋がる大規模な裏組織だと述べ、ただちに騎士団に身柄を拘束された。
されたのだが、騎士団による本格的な取り調べが行われる前に暗殺されてしまったらしい。一応関係者である俺はセラーズが殺されたことだけは教えられたが、どこでどうやってとか、そういった具体的なことまでは何も知らされなかった。
まあ、どう考えてもその組織が口封じにセラーズを殺したとしか思えないが。騎士団に拘束された奴を暗殺する手際の良さから、やはり相当な力をもつ組織なのだろう。
俺も今回の件でその組織に目をつけられた可能性もあるから、用心しなければならない。
ちなみに俺とエリアルとアイリーンの食事の予定をセラーズにぺらぺらと話した受付嬢は、とんでもない田舎に左遷されたらしい。ま、自業自得だ。
「ヴァルトさんなら、この調子でどんどんランクアップできますよ!」
「だといいけどな」
そういえば、受付嬢の仕事をしている最中であっても普通に話して欲しいと言われ、エリアル相手にはもう丁寧語を使うのはやめている。
それと最近はアイリーンのカウンターもたまに利用するようにしている。新人のエリアルからは手に入れられないような情報を聞くためだ。
相変わらず冒険者の嫉妬がうざったいが、俺達のマドンナを救って気に入らないイケメン野郎をぶちのめしたことは評価してやるといった妙な雰囲気も生まれたらしく、最初の頃と比べると幾分かマシにはなっていた。
「それじゃ、今日はこれで」
「はい、またですよ!」
冒険者ギルドを出たが、まだ昼過ぎだ。昼食は屋台で済ませてしまっているから、夜までは空いている。
何か依頼を受けてもよかったが、せっかくランクアップした日だ。午後はゆっくりとしよう。
『――木竜様、通じていますか?』
「ああ、通じてるよ」
不意に頭の中に念話による声が響いたせいでちょっと驚いたが、その動揺は出さずに俺は適当な路地裏に入った。
念話の相手は、世界樹の島に残してきたフレスだった。
「どうした、何かあったのか?」
『はい……木竜様の判断を仰ぎたい事案が発生しまして』
俺の判断が必要となるほどの事態とは、一体なんだろうか。敵襲とか、そんなんじゃないといいんだが。
とにかく、残念ながら今日の午後はゆっくりと過ごす予定は潰れてしまったようだ。
「わかった、ラタトスクに命じて俺を島に転移させろ」
『了解しました』
路地裏で俺の姿を誰も見ていないことを確認した直後、俺の体が淡い白光に包まれる。
そして、次の瞬間には街の裏路地から、島の海岸へと転移していた。打ち寄せる波の音と、足元の砂浜から海岸だとすぐにわかった。顔を上げれば、島の中央にそびえたつ世界樹も確認できた。
「申し訳ありません、旅のお邪魔をすることになってしまい……」
転移した俺の横に立っていた大鷲のフレスが、本当に申し訳なさそうに頭を下げて来る。
「いや、気にするな。気分転換に丁度よかったさ」
俺はそう言ってから、竜人の姿から木竜の姿へと戻った。旅に出てからずっと化けたままだったから、竜の姿に戻るとなんとも言えない解放感があった。
翼をぐっと広げて、思い切り伸びをする。やっぱりたまには島に戻って、息抜きするか。
「で、俺の判断を仰ぎたい問題というのは?」
「……あれです」
フレスが翼で示した方を見ると……海岸に一隻の木船が流れ着いていた。木船といっても三人乗ったら満員になるような、よく池でカップルが乗る手漕ぎのやつだ。
しかし、こんな小舟が漂着しただけでフレスが騒ぎ立てるとは思えない。そうなると、嫌な予感しかしないが俺は近寄って舟を上から覗き込んだ。案の定というか、人が乗っていた。
小舟の中には厚手の毛布のようなものが敷かれていて、その上にひとりの女性が倒れていた。女性というか少女というか、その中間くらいの、エリアルと同じくらいの年齢だと思うのだが……要するに一〇代後半だ。
着ているのは……これはなんといえばいいのだろう、ドレスとは明らかに違って、お坊さんが着る法衣を真っ白に仕立てて女性向けにお洒落にまとめました、というようなものだ。ぶっちゃけ、こんなの見た事なかったのでうまく説明できない。
頭にはこれまたとんでもなく値が張りそうな金色のティアラをつけているし、そこらの平民でないことだけは確かだ。
彼女を見て俺が思ったのは、まるで眠り姫だな、というものだ。ほっそりとした体を覆う白い法衣は神聖な感じがするし、高そうな金のティアラは陽光を受けてキラキラと輝く銀髪の中で神々しい光を放っている。
控えめな――何がという野暮な突っ込みはなしで――胸はかすかに上下しているから、気を失っているだけのようだが。
顔立ちは少女のあどけなさが残っているが、どうも顔色が悪い。海で漂流した末にこの島に流れ着いたのだとしたら、衰弱していて当然なので、そのせいかもしれない。
「何者だと思う?」
俺の感想はお姫様というものだったが、ここはなんでも知っている物知りフレスのご意見を聞いておくに限る。
「おそらくですが……」
そう前置きをしてから、俺と同じように小舟を覗き込んだフレスが言う。
「彼女は、ホーリス教国の聖女ではないかと」
なんと、教国の聖女ときたか。もし本当なら、超のつく重要人物だ。
ホーリス教国とは、こちらの世界でいうところのバチカン市国のようなものだ。連合王国でもっとも一般的な宗教であるホーリス教の中枢である。
元日本人らしくあんまり宗教には理解がない俺なので、いまいちよくわかっていないのだが、多神教のホーリス教の教義は比較的穏やかで、亜人などに関しても寛容な宗教らしい。
連合王国では亜人の差別が禁止されているのも、このホーリス教の影響によるところが大きいのだとか。
ありがたいことに神竜のことを神聖視しており、崇め奉ってくれているらしいから、俺に対する脅威度も低い。
教国のトップは教皇で、聖女と呼ばれているのはその娘だ。なんでも非常に効果の高い治癒魔法を扱えるとのことで、連合王国内を巡礼しつつ不治の病に侵された人々を助けているらしく、そこから聖女と呼ばれるようになったのだとか。
聖女様には無駄に長い名字がついていたはずだが、それは忘れてしまったぞ……名前は、シルヴィアだったはずだが。
「どうしてその聖女だと?」
「そのティアラにホーリス教国の紋章と聖女の名が刻まれていますし、私が聞き及んでいた聖女の容姿と完全に一致しています」
確かに神竜をモチーフとしているらしいいかにもな紋章がティアラに刻まれている。確かこういった紋章を勝手に使うと罪に問われるはずだから、教国の関係者なのは間違いない。
着ている法衣もそれっぽいし、シルヴィアと聖女の名前もはっきりティアラに記されている。
さらにフレスの知識は確かだから、この女性が教国の聖女である可能性は高いといえるだろう。
「問題は、その聖女がどうしてこんなオンボロの小舟でこの島に流れ着いているのかだが……」
うーん、これはフレスが判断に困って俺を呼んだのも納得の事態だ。連合王国に対し強大な宗教的影響力をもつホーリス教国の聖女様ともなれば、下手に扱うことはできない。
これがそこらの漁民だったなら、気を失っているうちにフレスの背にでも乗せて、夜中にこっそりと適当な港町に送り届ければいい話だ。
が、聖女様をそんな風に扱うわけにはいかない。送り届けた先で何かあったら、国際問題になりかねない。爆弾の導火線に火をつけたのが自分達というのは、精神衛生上きわめてよろしくない話だ。
やはりこの聖女から事情を聞き出さないと、適切な対応をするのは難しいが、一体どうすればいいんだろうか。何かうまい手を考えなければならないが。
「んん……っ」
どうしたものかと頭を悩ませているうちに、問題の聖女が身じろぎした。あ、やばいぞ!
「……えっ!?」
俺達が逃げる間もなく聖女は目を覚ましてしまい、彼女の金色の瞳いっぱいに俺とフレスの姿が映り込み――驚愕のあまり聖女シルヴィアは、また気を失ってしまったのだった。