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第一三話 誘拐事件

「この間はヴァルトさんがいないときにギルド内で乱闘騒ぎがあって、もう大変でした」

「そんなことがあったのか?」


 太陽が城壁の向こうに消えつつある夕方の街中を、俺はエリアルと一緒に雑談をしながら歩いていた。今日は、これからエリアルとアイリーンのギルド受付嬢姉妹と夕食をともにする予定だった。

 先日の衝撃的なアイリーンのお食事のお誘いはどうやら本気だったらしく、嫉妬に狂った冒険者達に襲われる危険性を考えて遠慮していた俺だが、結局押し切られてしまったのだ。


 アイリーンは自宅に招待するつもりだったようだが、それはなんとか断って近くの食事処にしてもらったが。

 エリアルが受付嬢の仕事が終わるのを待ってから、一緒に家の近くまで行き、そこで今日は休日だったアイリーンと合流してから店へ行くという流れだ。


 ちなみにエリアルは今は受付嬢の仕事中ではないし、俺の方が年上だからといって、丁寧語はやめて普通に話して欲しいと言ってきた。

 別に俺もそこはこだわるところではなかったので、先程からは普通に雑談を交わすようにしている。


「あ、ここが私達の家ですよ。ちょっと待っててくださいね、姉さんを呼んできますから」


 グラディスでは中流よりちょっと上くらいの層が住む住宅街の中の、小さな一軒家の前に来たところでエリアルは俺を残してその家の中に入っていった。


「ヴァルトさん、ヴァルトさんー!」

「ど、どうした?」


 家の前で待っていたら、いきなりエリアルが血相を変えて飛び出してきたので、俺は心底びっくりした。


「家のどこにも姉さんがいなくて……それで、リビングの机の上にこんなものが」


 顔色が白くなりつつあるエリアルが俺に差し出したのは、メモとギルドカードだった。

 メモには、アイリーンは預かった、返して欲しければ指定の場所まで来い、ギルドや騎士団に知らせたら殺す……という、ある意味で典型的な誘拐犯の脅迫状だった。

 わけがわからないことに、呼び出されているのは俺だ。まさか本当に嫉妬に狂った冒険者が、こんな凶行を起こしたのか?


 イタズラの可能性も考えたが、メモと一緒にあったギルドカードはアイリーンのものだ。ギルドの職員であってもギルドカードは肌身離さず持ち歩くのが常識だから、それがここに残されているということは、やはりアイリーンは誘拐された可能性が高い。


「どうしましょう……?」


 今にも泣き出しそうな顔で、エリアルが俺に問う。俺がただのランクF冒険者なら、たとえ脅し文句があったとしてもギルドや騎士団に助けを求めるのが正解だろう。

 しかし、俺はただのランクF冒険者ではないから、ここは覚悟を決めてこの事態に取り組む。


「ちょっと待ってろ」


 俺は意識を集中させて、グラディスの街で生きる植物と繋がる。街中であっても、雑草はそこら中に生えているし、庭先には木だってある。むしろまったく植物が無い場所を捜す方が大変だ。

 グラディス中の植物を通じて、俺はアイリーンを捜す。正確には、アイリーンという人間の身に宿る魔力を追う。


 この世界の人間は、全員が魔力をもっている。もちろんその量に差異はあり、魔法使いになれるほどの魔力量を持っていない一般人の方が、はるかに多い。

 しかし、どんな魔力を持っているかは人それぞれだ。たとえば、ある人が持つ魔力の六割は風の魔力で、残りの四割は水と氷の魔力であるとか、そういった違いがある。そして、保持する魔力の性質がまったく同一ということは、ありえないことといっていい。

 神竜である俺はその微細な魔力の違いを見抜くことができ、それによって個人を識別することができる。この世界では、魔力はDNAに似た性質があるのだ。


 草や木を通じてアイリーンの魔力を俺は追い、すぐに見つけ出した。脅迫状に指定されていた場所、城壁に近い下級層が住む貧民街の一角にいることがわかる。

 アイリーンが弱っていれば魔力に変化があるはずだが、それはないので少なくとも大怪我を負っていたりすることはないのが幸いだった。

 それにとりあえず指定した場所に行ってもアイリーンはいないという、面倒な展開にならないこともわかった。


 アイリーンのすぐそばには、憶えのある魔力をもつ奴がいた。ほぼ間違いなく、奴が誘拐犯だろう。あいつなら、俺を呼び出した理由もなんとなく予想がつく。


「……よく聞け、エリアル。俺は今から指定された場所へ行って、誘拐犯を片づけてアイリーンを助け出すつもりだ。その間、エリアルは家のどこかに隠れてろ。ただ、もし俺が午後九時の鐘が鳴っても戻らないようなら、その時はギルドか騎士団に駆けこんで助けを求めるんだ」

「そんな、危な過ぎですよ!」

「他に名案があるなら聞くが、エリアルにはあるのか?」

「そ、それは……」


 エリアルは真っ青になって、口ごもってしまった。


「エリアルならわかるだろ、俺がそこらのFランクの冒険者じゃないって。必ずアイリーンは俺が助け出す。だから、俺の言う通りにするんだ」

「……わかりました、待ってます。ヴァルトさん、絶対に姉さんと一緒に無事に帰ってきてください」

「任せておけ」


 俺はエリアルの頭をぽんぽんと安心させるように叩いた。心なしか頬に赤みが戻ったエリアルが、俺の言いつけ通り家の中に戻る。午後九時までは、ちゃんと隠れていてくれるだろう。

 しかし、万が一ということもあるので、家の周囲の見えない場所に草や蔦を張り巡らせておく。誘拐犯は今のところ単独だが、これでもし仲間が来てもすぐにわかるし、妨害もできるだろう。


 そして、俺は急いで誘拐犯が指定した場所へと向かう。あまり人目について騒ぎになっても困るので、全速力で走ったりはしなかったが。

 グラディスに限らず、基本的にはどこの開拓都市も外縁に行けば行くほど、つまり城壁に近づくほど住んでいる住民の層は下がっていく。

 城門近くは見栄えの問題があるのでそんなことはないが、城門と城門の間にはいわゆるスラムが広がっているのだ。


 太陽はすでに没し、月明かりだけが頼りとなった頃、俺はスラムの中の誘拐犯が指定した場所に辿り着いた。

 ここに来るまでに何度かスラムの住民に絡まれそうになったが、その度に神竜の力を少しだけ解放して威圧し、さっさと追い散らした。

 スラムのある一角、粗末な廃屋が建ち並ぶ中で、ちょっとした空き地のようになっている場所が誘拐犯が指定した場所だった。


「へぇ、ちゃんとひとりで来たね。Fランクの底辺冒険者だから、逃げ出しちゃうことも考えていたんだけど。やっぱり美女が惜しかったのかな?」


 廃屋の陰から、そんな戯言ともにクロスアーマーを着てレイピアを吊ったイケメン野郎が現れた――ランクC冒険者の、セラーズだ。


「な、なんであんたが……!?」


 魔力の反応からとっくにこいつが犯人だとわかっていた俺だが、とりあえずそう言って驚いておいた。


「ふふ、実は僕はある裏組織に属していてね。今回は、あの美人受付嬢がどうしても欲しいという依頼人の願いを叶えるために、僕がひと仕事することになったのさ」


 うわあ、なんだこいつ。すげードヤ顔で事情を話してくれたぞ。


「俺は関係ないんじゃないか?」

「うん、ついでだね。その宝石みたいにきれいな角に一目惚れしちゃったんだよ。そんな角をもった竜人はとても珍しいから、一体いくらで売り払えるだろうかと考えたら、もう我慢できなくなって」


 案の定かよ。くそっ、なんで木竜の角はこんなにきれいなんだか。おかげでこんな奴に絡まれてしまったぞ。


「僕がちょっとほかの受付嬢に尋ねたら、今日一緒にお食事する予定と教えてもらえたよ。だから、ついでにお小遣い稼ぎをしようと思ったわけ」


 その受付嬢は、どうせセラーズのイケメンにやられたんだろうが、マジでふざけんなだ。

 というか、こいつ頭悪過ぎるだろ。誘拐なら誘拐に集中すべきで、俺まで狙ってどうすんだよ。欲をかくとろくなことにはならないのに。


「さ、もういいかな? 僕は早く依頼を終えて、金貨袋にお目にかかりたいんだ」


 言いたい放題した後、セラーズは腰に吊った鞘からレイピアを余裕たっぷりの態度で抜いた。俺を完全に舐め切っているらしく、構えてすらいない。


「ふざけるな、お前なんかにやられてたまるか!」


 三流映画に出て来るやられ役みたいなことを言って、俺は懐に右手を突っ込んだ。


「やれやれ――スピードウィンド」

「なっ!?」


 風属性の身体能力を向上させる魔法を唱えたセラーズの姿が、俺の前から一瞬にして消えた。まさに瞬きする間にだ。


「殺しはしないよ」


 背後からセラーズの声が聞こえると同時に、俺の右腕に冷たい刃が触れる。


「えっ!?」


 甲高い金属音が響くと同時に、今度はセラーズの間の抜けた驚き声が上がった。俺が振り返ると、セラーズは刃がはじかれたレイピアを構えたまま、硬直している。


「こ、これはワイバーンの鱗だって切り裂けるのに……!」


 俺の右腕のジャケットは、レイピアの刃を受けて切られていたが、そこからは濃い緑色の鱗がのぞいていた。

 俺がやったことは実に単純、セラーズが斬りつけてきた場所を木竜の鱗で覆い、刃をはじき返しただけだ。


「もう終わりか?」


 俺がそう言うと、セラーズは慌てて俺の右足を斬りつけてきたが、もちろん結果は同じだ。

 木竜は腐っても神竜の一頭、そこらの剣で切り裂かれるような鱗の持ち主ではない。それに動体視力だって並はずれているから、普通にスピードアップしたセラーズの動きも追えていた。

 なんでこんなことしたかと言ったら、このクズ野郎に喧嘩を売る相手を間違えたことを、心の底にまで刻み込んでやるためだ。


「僕の刃を防ぐなんて、亜竜じゃありえない、そんなことが――あぁ!?」


 セラーズが呆然としている間に、俺は奴の右手首を一瞬で掴んでいた。適当に力を込めてやると骨の軋む音が聞こえ、レイピアが右手から離れて地面に落ち、たちまち奴の端正な顔立ちが苦痛にゆがんでいく。


「は、放せ……ぎゃあぁ!?」


 バキャッといういかにもな音が響くと、右手首を砕かれたセラーズは情けない悲鳴を上げてのたうった。俺は左手で適当にセラーズを数発殴って、奴の抵抗力をさらに削ぐ。


「底辺冒険者にやられる貴重な体験ができたご感想はどうだ?」

「も、もう勘弁してよ……!」


 右手首を砕かれ、人外の力で殴りつけられたセラーズは半泣き状態だった。ま、こんなもんか?


「勘弁して欲しかったら吐けよ。アイリーンはどこだ?」

「そこの廃屋の中に……」


 俺はセラーズにアッパーを喰らわせてやった。脳震盪を起こしたセラーズが力無く地面に突っ伏して、その顔が泥まみれになる。薄汚れた心の持ち主のこいつにはお似合いだ。

 インベントリから取り出したロープでセラーズを縛りあげた後、奴が示した廃屋に入る。


「……!」


 廃屋の一室で、毛布の上に縛られて猿轡を噛まされたアイリーンが転がされていた。俺を見ると、必死になって何かを言おうとしている。

 あの野郎、女性になんてことするんだ。やっぱり後でもう少し痛めつけておいてやろうか。


「助けに来ました、大丈夫ですか……!?」

「ヴァルトさん!」


 拘束を解いた途端、俺はアイリーンに飛びつかれた。柔らかいものが思い切り押しつけられて、俺はとにかく焦ったが、アイリーンは俺に抱きついたまま泣き出してしまう。


 こんな場面を他の冒険者に見られたら、間違いなく袋叩きにされるな……とりあえずアイリーンを抱きとめたまま、俺はそんなことを思うのだった。

ストックが尽きたので、一旦ここで毎日更新は終了します。

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