第一二話 要注意人物
えっ、この美女があのエリアルのお姉さんだって!? いやいや、あまりにも対照的過ぎるんですが一体どういうことなんでしょうか。
ぶっちゃけ、大人の女性の魅力というものが詰まったこのアイリーンさんと、主に胸などが悲しいほどに発達していない女の子なエリアルとでは、まさに天と地ほどの差があるのだが。
「いつも妹がお世話になっております」
「いえ、お世話になっているのはこちらだと思いますが……」
「新人のあの子のところにはなかなか冒険者の方が来られなくて、悩んでいたのですよ。しかし、あなたのおかげであの子も最近は仕事にやりがいを感じているようで」
いやぁ、あなた目当てでエリアルのところに行きそうな冒険者だって山ほどいると思うんですが。
「最初の頃は私目当ての冒険者が頻繁に来ましたが、そのせいで余計なプレッシャーを感じてしまって……そういった方にご遠慮願ったら、今度は皆さんあの子のところに寄りつかなくなってしまったのです」
まるで俺の心を読んだかのような返答だが、これはひどい。噂によればアイリーンさんは、ただ美人というだけではなく、受付嬢としての仕事も完璧にこなすスーパーウーマンだとか。
美人で仕事もできる姉と職場が一緒だなんて、拷問としか思えない。案の定というか、自分のところにやって来た冒険者達の目当てが姉ともなればつら過ぎるだろう。一体なんで姉妹揃って冒険者ギルドの受付嬢をしようと思ったんだか。
「よろしければ、これからもあの子と接してあげてください。もちろんわがまままなお願いということはわかっていますから、今度三人でお食事でも……」
俺の背後で、嫉妬と羨望が入り混じり殺意にまで発展したどす黒いオーラが爆発しているのがわかった。
やばい、このアイリーンさんってちょっと天然というか、抜けてるところがある。何もこんなところで、そんな話をしなくても!
「そ、そうですね、また今度……あ、この依頼の達成報告をしたいのですが」
「はい、わかりました」
大陸に来てから一番の身の危険を感じた俺は、急いで新緑亭のビッグラット駆除依頼の達成報告の話に持ち込み、この月の無い夜に路地裏で襲われる羽目になりそうな話からの転換を図った。
「依頼の達成を確認しました。報酬は八〇〇〇ウエルです」
「確か報酬は六〇〇〇ウエルだったと思うのですが?」
「巣穴を埋め戻したこと、すべてのビッグラットを生け捕りにしたこと、この二点で依頼者から報酬を追加する旨書かれていましたので」
埋め戻しはともかく、生け捕りでボーナスとは……やはり食用にされてしまうのだろうか、あのビッグラット達は。
とりあえず報酬アップの理由はわかったので、アイリーンさんから大銀貨八枚を受け取った俺は、背後に誰かが立ったのを察して振り返った。
「やあ、こんにちは」
俺の背後に立っていたのは、女のように銀髪を肩まで垂らした、整った顔立ちの男だった。意味も無く空を見上げて切なげにため息をつくだけで、あっという間に女を魅了しそうな……つまり、いかにもモテそうなイケメンだ。
「こんにちは、セラーズさん」
その名前には聞き覚えがあった。エリアルと雑談している時に聞いた、グラディスに滞在中の腕の立つ冒険者達の中にこいつもいたはずだ。
ランクC冒険者、疾風のセラーズ。疾風という二つ名通り、風属性のスピードアップ系の魔法を得意とし、瞬きする間に相手を倒すらしい。ランクCではあるが、ほとんどB相当の実力があるとのことで、ランクアップは間近と噂されている。
確かに身軽さを重要視しているらしく、重いが防御力に優れた金属性の鎧ではなく、布製のクロスアーマーを着こんでいる。腰には、銀色に輝くなんだか高価そうなレイピアを吊っていた。
「この依頼を受けたいのだけれど、もういいかな?」
「あ、もう少しお待ちください」
セラーズは、依頼用紙をちらと見せて言ったが、アイリーンはそう言った。
「おめでとうございます、ヴァルト様は今回の依頼でランクアップされ、Fランクとなりました」
あ、やっとか。Fランクの依頼をここ数日ずっと受けてた割にはなかなか上がらなかったのは、やっぱり街中での戦闘が無い依頼ばかり受けていたせいだろうか。
まあいい、これからはひとつ上のEランクの依頼も受けられるようになる。Eランクからは本格的に討伐系の依頼が出て来るから、それを受けるようにしていけばいいだろう。
「僕からもおめでとうと言わせてもらうよ、これからも頑張ってね」
ランクの部分がFに更新されたギルドカードをアイリーンさんから受け取った俺に、セラーズは笑顔でそう言ってきた。
「ありがとうございます、頑張ります」
相手はランクCという明らかに上位の冒険者であるので、俺は丁寧に返しておく。しかし、セラーズの方はまるで俺を品定めするかのように、特に俺の顔をじっと見て来た。
「……自分の顔に何かついてますか?」
「顔じゃなくて角を見ていたんだ。その角、宝石みたいに美しいから、つい……ね」
確かにセラーズの視線は、俺のエメラルドグリーンの角に向いていたが、俺はその視線の中に何かいやしい感情が潜んでいることを感じ取った。
イケメンへのくだらない嫉妬とか、そういうのじゃない。俺は他人の欲望には人一倍敏感だ。特にそれが自分に向けられているならば、まず間違いなく見抜ける。
最初はまさか薔薇系の奴じゃないだろうなと思ったが、こいつの俺の角を見る視線を考えると、そういうことじゃない。
俺の角を切り取って売り払ったら一体いくらになるだろうとか、そういう邪な考えでも持ってやがるな、こいつ。
「そうでしたか、自分はこれで失礼しますね」
「うん、またね」
アイリーンさんはまだ何か話したさそうにしていたが、俺は一分一秒でも早くこの男から離れたかったので、軽く一礼してからは脇目もふらずにギルドを出た。
「参ったな、あいつは絶対にヤバイ奴だ……」
一目散に新緑亭の自室に帰った俺は、ベッドに腰掛けながらつぶやいていた。
こちらに来てから初めて、ほの暗い欲望の混じった目を向けられたせいで俺は明らかに動揺していた。
確かセラーズは、ここ最近……といっても俺よりも前だが、とにかくグラディスに来てからはあまり日が経っていないらしい。
エリアルの話からは特に悪い噂は聞かなかったが、その時はそこまで語らなかっただけかもしれないから、また明日にでもセラーズについて聞いておいた方がいいな。
「やっぱり世界が違っても、人間ならああいう奴はどこにでもいるよな……」
もちろん覚悟はしていたが、いざ遭遇してみるとやっぱり憂鬱になる。俺がこうまで欲に目がくらむタイプの人間を嫌悪するのは、俺が前世で引きこもりになった事件と関係している。
前世の俺は、少なくとも大学を出て就職するまでは普通の人生を送っていた。中よりちょっと下くらいの大学を卒業し、同じく中よりちょっと下くらいのランクの企業に就職した。
とりあえずはブラック企業に就職する羽目にならなかったことに安堵していた矢先、両親が事故で死んだ。これが、俺の人生がズレていくきっかけとなった。
俺の両親は、飲酒運転の車に追突されて崖から乗っていた車ごと落ちて死んだ。飲酒運転の馬鹿は金持ちのボンボンで、友人達とクラブで遊んだ帰りに事故を起こし、両親を死なせたのだ。
とにかく涙が涸れるまで泣いているうちに、何もかもがあっという間に終わっていた。気がついた時には、俺は両親の死と引き換えに俺の生涯賃金以上の保険金と賠償金を手に入れていた。
それでも、俺は両親が死んだ悲しみから逃れるために頑張って働いた。仕事に熱中していると、立ち直れたような気がした。
そんな時、伯父から金を貸してくれと頼まれた。葬式や裁判などですごく世話になっていたから、数万円ならと貸した。今思えば、それがよくなかった。
その時の俺は知らなかったが、伯父の息子はギャンブル狂いで放蕩の限りを尽くして、伯父もほとほと金に困っていたのだ。そこに億単位の金を手に入れた俺がいたのだから……ま、ひどいことになった。
最初は数万円だった借金がすぐに数十万になり、ついに数百万に達した時、俺は勇気を出して伯父にこれ以上金は貸せないと言った。
最初は猫なで声で俺の機嫌をとって金を引き出そうとした伯父だったが、それが通じないとなると金に困った人間の本性を剥き出しにしてきた。
親戚中に俺が大金を持っているのに少しの金も貸さないケチでしみったれた奴だという悪評を流し、俺自身にもあの手この手の嫌がらせを仕掛け、脅迫まがいのことを繰り返してまで金を要求した。
もちろん俺だってやられっ放しじゃなかった。弁護士にはもちろん、警察にだって相談した。弁護士や警察がそれなりに仕事をして、伯父の動きを鈍らせた。
「全部お前のせいだ、殺してやる!」
そうこうしているうちに闇金にまで手を出していた伯父は完全に追い詰められ、ある日そう叫ぶなり俺に包丁を持って襲いかかって来た。なんと白昼堂々、人が行き交う街路でだ。
いつかこんなことになるんじゃないかと、護身術を習っていた俺はなんとか第一撃を避けることに成功し、そのまま揉み合いになった。揉み合っているうちに、いつの間にか包丁が伯父の腹に突き刺さっていた。伯父は病院に搬送されたが、死亡が確認された。
俺は警察の取り調べを受けたが、昼間の街路で多数の目撃者が一方的に俺が襲われたことを証言していたし、金銭トラブルもあらかじめ警察に相談していたから、正当防衛が認められて無罪放免となった。
しかし、それでも身近な人間に殺されかけ、しかもその人間を殺してしまった俺は、いろいろと耐えられなくなっていた。
会社を辞めて、絶対に親戚に見つからないように遠くへ引っ越した。そこで、両親の遺産で引きこもり生活を始めた。
毎日部屋に引きこもってネットやゲームで時間を潰すだけの毎日を続けられるだけの金が、俺にはあったからだ。
そんな生活を数年続けていた俺は、不摂生が祟ってモヤシ野郎となり、インフルエンザにやられて呆気なく死んでしまったのだが。
「それで竜に転生して……なんだか今までが順調過ぎたせいで、浮ついてたんだな。ちょっとあんな奴に絡まれただけでショック受けるなんて、俺のメンタル弱過ぎだろ」
口に出して言うことで、もうこれ以上うだうだと考えるのはやめにした。
幸いにも俺は神竜、あんなランクC冒険者にどうこうされるような存在ではないのだ。もしあのセラーズが襲ってきたら、返り討ちにしてやればいいだけの話じゃないか。
よし、結論は出た。でもなんか今日はもう外に出る気力も無いし、久し振りにただ部屋でゴロゴロするとしよう。