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第一話 竜に転生?

 意識が戻ってから最初に復活した五感は、嗅覚だった。湿った土の匂いが、鼻から脳へと届けられている。

 目を開けてみると、満点の星空が見えた。真っ黒な夜空に、数え切れないほどの星が浮かんでいる。大気汚染が進んだ昨今の都会では絶対に見られないような、ものすごい数の星だった。


 空が見えるということは、自分は仰向けに倒れているのだろうと思った。

 ゲームで徹夜をした後に爆睡して起きた時のように、意識がぼんやりとしている。自分はたぶん、今寝ぼけているのだろう。


 そのままひっくり返っていると、ようやく自分が見上げているものが夜空ではないことに気がついた。

 夜空だと思ったのは黒々とした天井であり、その天井一面に何か星のように輝くものが広がっているのだ。


 俺、寝る前に何をしていたっけ……あ、そうだ。インフルエンザか何かにやられて、寝込んでたんだ。

 外出といえばコンビニに飯を買いに行くくらいが常のヒッキーな自分だったが、きっとそのコンビニに感染者がいたに違いない。あるいは、家からコンビニまでの往路で歩行者にうつされたのか。

 とにかく四〇度近い高熱にうなされる羽目になって、頭はガンガン痛いし喉はカラカラ。もう死ぬ、死んでしまうと思っていたら、布団の中で意識がブラックアウトだ。


 そこまで考えたところで、俺はようやく事態の異常さに気がついた。

 頭を横に動かしてみれば、眼前には腐葉土で覆われた地面。布団の中にいたはずの自分が、なんで地面の上で寝ているんだ?

 急いで上半身を起き上がらせて、周囲を確認する。やっぱり、どう考えてもそこは自分の部屋ではなかった。


 そこは、洞窟のような場所だった。やたらと大きな葉っぱが敷き詰められた地面に、木の幹を思わせるゴツゴツとした壁と天井。

 というか、たぶん壁も天井も木だ。表面には、寝ぼけている時に星と勘違いした光る苔のようなものがびっしりと生えていて、それによってこの空間が真っ暗闇になることを防いでいる。


 意味不明な現状に混乱した俺は、慌てて立ち上がろうとして失敗した。足がもつれて、うまく動けなかった。インフルエンザの後遺症か?

 この洞窟のような場所には、ちゃんと光が差し込んでいる出口があった。恥ずかしかったが、俺はとにかく四つん這いになってその出口目掛けて動く。


 這ったままひいこら移動して、ようやく出口から外へと出ると、陽光が両目に突き刺さった。あまりの眩しさに、俺は一瞬目を閉じた。


「うわあ……」


 ゆっくりと目を開けた俺は、外の光景を見て思わず驚嘆の声をあげていた。


 青々と草が茂った野原の上を風が撫で、心地の良い音を立てて草が波のように揺れている。

 見上げれば、目が痛くなるほど青い空の合間に、綿菓子を思わせる丸まった雲がぽつんぽつんと浮いている。

 体を包む空気は暖かく、春のようだった。ピクニックには最高だな、とのんきな考えが思い浮かぶ。


「な、なんだこれ?」


 振り返った俺は、心底驚いて言った。俺の視線の先には、とにかくでっかい大木があったのだ。


 まるで東京タワーのように太く大きな巨木が、振り返った俺の前に鎮座していた。無数の葉を茂らせた枝を伸ばした幹は天まで届かんばかりに、いや実際に雲を突き抜けている。

 幹からは一本一本が電車よりも大きいんじゃないかと思うくらい太い根っこが伸びていた。


 そんなこの世のものとは思えないくらいでかい木の幹の根元には、ぽっかりと穴があいている。先程まで俺がいた場所に違いない。

 俺はこの巨木のうろの中で、寝ていたのだ。


「夢か、これ……?」


 夢にしては、リアル過ぎる。

 腐葉土と草の匂い、体を撫でていく風、青空から注がれる陽光の暖かみ――そのいずれもが、これは本物だ、現実だと俺に教えている。


 混乱した俺がもう一度視線を前に戻すと、先程は見落としていたものに気がついた。

 草原の中に水面を広げた泉だ。


 泉を見た途端に喉の渇きを覚えた俺の足は、反射的にその泉へと向かっていた。最初はもつれていた足も覚醒した今では、ちゃんとした歩き方を思い出したらしく、転ぶことはなかった。


 透き通った泉は、まるで鏡面のように草原や青空を映していて、そのほとりにまでやって来た俺はこれなら飲めそうだと思った。

 しかし、こう見えて病原体だらけだったらどうしようか。こんな遭難じみた状況下で、不用意に生水を口にしていいものだろうか。


「おわあぁ!?」


 泉の衛生面について悩んでいた俺だが、その泉の中から覗きこむ動物の姿に気づくと、叫び声をあげながら仰け反ってしまった。


 水中から俺を覗きこんでいたそいつは、緑色の蜥蜴か蛇に似た顔をしていた。ただし、頭のてっぺんにはエメラルドグリーンの角が二本生えていたが。

 まさに怪獣だ、俺は琥珀の中に閉じ込められた虫から抽出したDNAで蘇らせた恐竜のテーマパークにでも拉致られたのか!?


 化け物に襲われてはたまらない、俺は大慌てで泉から離れた。草の中に飛び込んで、息を潜めて泉の中の恐竜の動向を探った。


 一分、二分、三分……五分以上経っても泉は静かなままだった。水面は穏やかなままだし、何の水音も聞こえてこない。


 俺はその間に落ち着きを取り戻した。あれは混乱した俺が見た幻覚だったのかもしれない。

 もう一度確認してみよう。あの恐竜が本当にいたとしても、泉の前に突っ立っていた自分をすぐには襲わなかったのだから、ひょっとしたら人間を獲物とみなしていない可能性だってある。


 足音を忍ばせて再度泉に近寄った俺は、恐る恐る水面を覗きこみ、やっぱりあのまま逃げておけばよかったと後悔する羽目になった。

 あの恐竜は、やはりまだ水中にいて、もろに俺と目が合っていた。俺はビビり過ぎて、思わず両腕を頭の前で交差させてしまった。


 頭をかじられる恐怖からやってしまった行為だったが、なんと水中の恐竜も緑色の鱗に覆われた前脚で自分の頭を隠している。

 意外と臆病な奴なのかも、この隙に逃げれば……そこまで考えたところで、俺はある事実に気がついた。


 なんで水面に俺の姿が映ってないんだ?


 その事実に気がついた俺は、一瞬息をするのも忘れた。頭の前に交差させた両腕が自然に下がる、水面の中の恐竜も交差させていた前脚を下げた。


「こ、この怪獣が……俺?」


 確認するのが恐ろしかったが、俺は自身の両腕を見た。緑色の鱗に覆われていた。


 鋭い爪を備えてはいたが、一応は五本の指がある手を頭の上にやると、角ばった硬いものに触れた。

 水面の恐竜が、手で自分の頭頂部に生えている角に触れている。


 頭から手を離して振り返ると、尻尾の先へと緩やかにカーブしている、やはり緑色の鱗に覆われた背中と、そこから生えている翼が見えた。

 背中を意識すると、翼がぴくりと動いた。尻の方を意識すると、今度は太い尻尾が動いた。


 泉へと身を乗り出すと、水面に映る蜥蜴もどきの姿がよく見えるようになった――全身を緑色の鱗に覆われ、頭に二本の角を生やし、でっかい翼が背中にある俺の姿が。


「ド、ドラゴン……?」


 事ここに至っては、認めるしかない。俺がこの緑色系ドラゴンなのだと。


「いやいや、ありえないだろ、常識的に考えて!?」


 思わず叫んでしまったが、この状況は常識的には考えられない事態だ。

 インフルエンザの高熱にうなされて気絶して目が覚めたら、巨木のうろの中で竜になって寝ていたなんて、わけがわからない。


 やっぱり夢かと思って頬に爪を押し当ててみたが、硬い鱗に押し返されるばかりで、痛みはない。

 ならばと軽く舌を噛んでみたら、普通に痛かった。やばい、夢じゃない可能性がますます濃厚に。


「夢じゃなかったら、何が考えられる……?」


 俺は深呼吸しながら、必死で冷静になろうと努めた。

 毎日家に引きこもって日本のサブカルチャーにどっぷりと浸っていた俺の脳みそよ、この状況に合理的な理由をつけろ!


「死後の世界っていうか、転生とかか?」


 夢という可能性を捨てて考えてみた結果、俺が最初に思いついたのはそれだった。全然合理的じゃない!


 転生――小さな子供を助けようとしてトラックに跳ね飛ばされたりした奴が、ファンタジーな世界で生き返るという、ネット小説の定番設定のひとつ。


 まあ、死に方は交通事故に限らないが、とにかく死んだ奴が別世界で生き返るのが、転生。死なない場合は、転移とか召喚とか、そういう感じになる。

 で、定番ならそこは魔王とかが人間を脅かしている素晴らしくファンタジーな世界で、転生者は超絶チートな力をもっていて、ヒロインを片っ端から攻略しながら勇者として打倒魔王に向けてなんやかんや大冒険していくはずだ。


 困ったことにこの転生、人間に限らないのだ。エルフとか獣人とかならいいが、ゴブリンやスライムなんかの魔物に転生してしまう場合もある。

 その場合もやはりチートな力で、どうにかこうにかしてしまうのだが……俺の場合は、インフルエンザでお亡くなりになった後にファンタジー世界の象徴のひとつであるドラゴンに転生したということらしい。


「マジかよ、もっと他の考えはないのか……?」


 主に中学二年生ごろから発症する病気をこじらせた人間の妄想の産物を、大真面目に検討している俺が信じられなかった。

 いや、もちろんそういうネット小説は好きだったし、腐るほど読んでいたが。二次元と現実は違うぞ!


 やっぱりこれはあれか、インフルエンザで昏睡状態に陥った俺が見ている、壮大にリアルな夢なのかも。

 一番現実的だが、問題はいつ覚めるかである。とある事情から親類から逃げて引きこもっていた自分の様子を見に来る人間なんて、誰もいない。

 そろそろ三十路になるとはいえ、俺はまだ若者だ。それにもかかわらず、孤独死とはひどい。

 

 夢だとすると、この後は回復した俺が部屋で目を覚ますのだと信じたい。さすがにこの若さで孤独死は嫌だ。

 部屋で死んでしまったら、一体どうなるのだろう。また急に真っ暗になって、それで終わりか。

 ああもう、その可能性は考えるだけで恐ろしい!


「竜に転生って考えた方が、まだ精神的によさそうだな……」


 俺はそう言った後、お先真っ暗な俺と違い青空から注ぐ陽光を反射してキラキラと輝く泉の水面を見て、盛大にため息をついたのだった。

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