『白』、襲われる
三連投。
滅茶苦茶疲れた。
レンがハングリーボアの丸焼きを作ってから更に一週間が経過した。
今、フリークス家にはあるトラブルが転がり込んでいた。
「これは国王陛下……なぜこの様な場所に?」
エレナが畏まった態度で目の前に居る女性に聞く。
「私達がココに来た理由はアナタが一番良く分かってらっしゃるでしょう?」
国王と呼ばれた女性、『治癒姫』ファルメス・ルルフォニアは凛とした声で言う。
その後ろには、強そうな騎士達が数名、立っている。
「ここに『純色の白』がいると聞いたもので。どういう子か会いに来たのですよ」
「レンはもう立派なハンターです。連盟の本部はそちらに在るのですから、顔写真ぐらいはあったのでは?」
「確かに、顔は知っています。ですが、文書だけでは分からないものもあるでしょう?」
王女の言う事はもっともだ。
文字だけでは把握しきれない人柄、雰囲気などは、実際に会ってみないと分からない。
「左様でございますか。では、レンを呼びましょう。……それと一つだけ忠告を。レンを甘く見てると痛い目を見ますのでご注意ください」
エレナの目は、王女を前にしてもなお、鋭い眼光を宿していた。
「……えぇ、肝に銘じておきますね」
その鋭い眼光は、かつて大陸に名をはせた王女でさえも冷や汗を流すほどの物だった。
エレナがレンを呼びに行き、部屋を出た後に、王女はほっと息をついた。
「アレが引退したハンターの眼光ですかね? 龍に睨まれたかと思いましたよ」
「仕方ありません。彼女はつい二年前までは現役のSランクハンターだったのですから」
彼女が引退したのはレンを拾ってからの事。
その頃は『黄緑の覇王』と呼ばれるほどに、名の知れた実力者だったのだ。
「うぇ~い! お姉さん綺麗だねー!」
「な、何だこの無礼なガキは!?」
どうやら騎士には顔が割れていなかったようだ。
「口を慎みなさい。この子がレン君です。はじめまして、レン君。私はファルメスよ」
「僕、レン! お姉さんも純色なの? 僕と同じだね!!」
ファルメスは『純色の緑』。
死んでさえいなければどんな怪我でも治せると噂されるほどの実力者だ。
ちなみに、各大陸の国王達も純色だったりする。
「うふふ……。この子なら将来『黒』に染まる事はないでしょうね。安心しました」
「あら? それを確認にいらしたので? それならそうと早く仰ってくれれば良かったのに」
「その方が良さそうでしたね。……それと、いまさらだけど敬語は別にいいのよ、エレナ?」
「それを言うならあなたもじゃないのかしら、ファル?」
この二人はかつて共に旅をした仲間だ。先ほどのやり取りは一体なんだったのか。
「ねぇ、エレナ。レン君を借りていきたいのだけれど……。各国の王がココに来ることになってね」
「へぇ……私も同行していいかしら?」
「ダーメ。あなたが来るとラクスウェル国王が怖がって話しにならないもの」
「あー……確かにねぇ……。じゃあ、貴方がレンを守ってくれるのかしら?」
「えぇ、勿論。……と言っても、彼に護衛は要らないかもしれませんがね」
そう言って、二人はレンのほうに視線を向ける。
「ほぇ~……すっごい綺麗だねぇ~……」
レンは未だにファルメスの髪に見惚れていた。
自分以外の純色に出会ったのが初めてなのだから、当然といえば当然だろう。
「うふふ。可愛いわね。大きくなったら婿に貰おうかしら?」
「あら、レンが大きくなる頃にはアンナが食べごろよ? 振り向いてもらえるかしら?」
「私はまだ二十一よ? 大人の魅力で落としてみせるわ」
冗談交じりの会話をする二人。
「食べごろ? 魅力? 落とす? 何の話をしてるの? ねぇー。教えてよー」
当然、レンに興味を持たれる。
が、それを軽く流して、ファルメスは、レンと同じ目線まで屈んで、言う。
「ねぇ、レン君。今度、お城に純色の人たちがくるんだけど……貴方も会いたい?」
「本当っ!? 会えるの!?」
「勿論よ。王女様は嘘は吐かないの」
「会いたい! あはは!! お姉さんだーいすき!!」
満面の笑みでファルメスに飛びつくレン。
傍から見たら、物凄く無礼な行動だが、レンはそんな事関係ないと言わんばかりに、遠慮なく抱きつく。
「あら、気にいられたみたいね? 良かったじゃない」
「どうも、好かれ方が違う気がするけどね。それじゃあ、連れて行っても?」
「えぇ、構わないわよ」
「ありがとう。これでバングニス卿にも納得していただけるわ」
「あら、あの冷血ジジイまだ生きてたの? もう死んだものかと思っていたのに」
「エレナ? フーリア王国の氷にはこの国も大変助けられているのよ? そんな事を言ってはダメよ」
「はい、王女様」
二人は、軽口を叩きながら笑う。
「ねぇ、早く行こうよー!」
「ふふっ。レンが痺れを切らしちゃったみたいね。それじゃあまた今度」
「えぇ、貴方の大事な息子は、私達が責任を持って守ります」
軽くお辞儀をすると、ファルメスは家から出て行った。
◆◆◆◆◆◆
「あはは! 僕、“メルル”に乗ったの初めて!」
メルルとは、東の大陸にのみ生息する、灰色の毛並みを持つ大型の鳥だ。
鳥と言っても翼は退化し、その代わりに時速九十キロオーバーで走ることができる。
「そうなの? 直接乗らなくても、こっちで一緒に乗ったらどう?」
ファルメスは車をメルルに引かせている。
重い物を引く分、少しばかり速度が落ちてはいるが、それでも充分に速い。
「嫌っ! こっちの方が楽しいもん! あはははは!」
家を出てかれこれ十分ほど経っただろうか。
レンたちの目の前に大きな門が見えてきた。
「見えてきたわ。アレが私の城よ」
「あそこに純色の人が居るのー?」
「えぇ、そうよ。……ほら、空を見て。あれは、西の国の飛龍ね」
その言葉に従い、レンが空を見上げると、金色の鎧を纏った龍が城に向かって飛んでいた。
「うわぁ~! かっこいい~!!」
「海のほうからは、北の大陸の水龍船よ」
海はレンたちからは遠くて見えにくいが、それでも分かるほどに大きな龍が、船を引いていた。
「南の大陸からの者は、既にココに着いているの。あそこはココから大して離れていないから」
大して離れていないといっても、島伝いに来て、半年もかかる距離である。
「へぇ~。純色の人たちはもう来てるって事?」
「えぇ。楽しみ?」
「うんっ!!」
ファルメスの問いに、レンは何時もの笑みで頷く。
(これほど純粋でなければ、純色の白は保てない、と言うことね。この子ならきっと、あの方たちも気に入ってくれるわ)
ファルメスは、レンが後に会う事になる純色の王達の顔を思い浮かべながら、考えを纏めていた。
◆◆◆◆◆◆
「ファルちゃん遅いねー」
「全くよぉ……俺達ぁ王様だぞー? 待たせるってどういうことだよー」
「口を慎め。国の品位が疑われるぞ」
「何だと、おっさん! その愉快な青髪黒焦げにしてやろうか!?」
「ふん。貴様ごときのぬるい炎では私の氷は溶かせぬわ」
「やめて、二人ともっ! 私のために争わないでっ!」
「「誰が貴様のために争うか!!」」
各国の国王達は喧嘩はすれど、仲が悪いというわけでは無さそうだ。
ワーワーギャーギャーと仲良くけんかをしていると、突然大きく扉が開いた。
「わぁ~! 本当に純色の人たちがいるー! すっごーい!!」
「こ、こら、レン君。失礼ですよ。……遅れてしまってスイマセン。この子を迎えに行っていたものですから」
レンが部屋を走り回って、王達の顔を覗き込むようにして見ている。
「きゃは! かっわいぃ~!」
「本っ当に、純色の白だな……。ウザってぇぐらいに純粋だぜ」
「……して、この子の存在はつい最近わかった事なのかな?」
グリードが、鋭い眼をファルメスに向ける。
「はい。エレナが言うには……龍の巣で寝ていたところを保護したとか」
エレナ、とファルメスが口にした途端、ガリウスが顔を青ざめさせる。
「ガチか……。あの『黄緑の覇王』に拾われても、ここまで純粋に育ったのか? すっげーな」
「あの生意気な小娘か……。昔はよく説教をしてやったものよ」
「エレナちゃんの息子って事? じゃあじゃあ、この子って相当強い?」
「えぇ、フレアレオンを倒して、今はAランクハンターです」
「ほぉ。それは中々の実力だな。どれ……【氷帝の槍】」
グリードが小さく呟くと、彼の周りに氷で出来た槍が出現した。
魔力をあまり込めていないのか、大きさは大した事はない。
「ふぇ?」
レンが後ろを振り向くと同時に、その槍は、レンに向かって飛んでいく。
ズドドドドドッ!!!
彼の槍は、凄まじい音を発しながら、部屋の一角をレンごと蜂の巣にした。
「レン君っ!?」
「おい、おっさん!? なに考えてんだよ!?」
「死んじゃったらエレナちゃんが怒るよ!?」
他の王達が怒る。
「何、この位で死ぬというのならフレアレオンは倒せんよ」
レンの実力を測るための攻撃だったようだが、いささか激しすぎる気がする。
「――やられたらやり返せ。これ、お母さんが僕に最初に教えてくれた事だから」
「ッ!? くっ!!」
だが、レンはギリギリで身体強化をする事に成功し、攻撃をかわしていた。
そのまま飛び出して、グリードの顔に蹴りを入れようとするも、防御されてしまう。
「いきなり何するのさっ! 危ないよ!?」
レンは、頬を膨らませて怒っているようだった。
だが、言っては悪いが、全く怖くない。むしろ、可愛い。
「……只の身体強化ではないな?」
凄まじい威力であったため、椅子から吹き飛び、床にしりもちをついているグリードが聞く。
「『三重強化』だよ。頑張ってみました!」
『三重強化』とは、三重に身体強化魔法をかける事である。
『オレンジ』、『赤』、『黄色』の三つで身体強化をかけ、『緑』で常に体を回復させている。
そうでもしないと、幼いレンの体は、強化された身体能力についてこれない。
「ぎゃはははは! おっさんダッセェ!!」
「すっごいね! おじ様をフッ飛ばしちゃうなんて! ね、ファルちゃん!」
「こ、ここまでとは……」
他の王達も、それぞれの反応を示す。
「で? どうするのおじさん。僕としてはあまり喧嘩はしたくないんだけど」
「喧嘩……? ……ふはははは! 私と勝負になると思っているのか! これは将来が楽しみだ!!」
『冷血魔王』と呼ばれるほどに、冷たい王が大声で笑っている姿に他の三人と、その付き人たちは驚きを隠せていなかった。
「それと、一つ聞きたいんだけど……さっきから外で僕の事を見てる人って誰なの? 何か気持ち悪いんだけど……」
その言葉に、各国の王達は、頭上に疑問符を浮かべた。
「見てるって……誰が? 誰も見てない――」
シャルロッテが言葉を最後まで言い終わるより早く、部屋の壁の一部が爆発した。
「…………『白』は災いを呼ぶ……。国のために、死んでもらおう」
狐の仮面をつけた、紺色の髪を持つ男性が入ってきた。
「な、何者ですかっ!? 衛兵!! レン君を守りなさい!」
「「「はっ!!」」」
騎士達が前に出て、レンを守るように陣取る。
「……我らは“PALETTE”。『純色の白』がいる時代は何時だって大きな争いが生まれてきた。芽は若い内に摘み取っておくべきだ」
そう名乗った男性は、手に限りなく黒に近い青の魔力を溜める。
「……【黒の氷塊】」
そう呟くと、騎士達の鎧が凍り始める。
「ぐっ!? こ、これは……!!」
「お、重い……」
「しかも、炎で解けない……!? くそっ! 皆様! お逃げください!!」
重力の影響を強く受ける氷が付着した事により、騎士達は身動きが取れなくなっていた。
「さぁ……次はお前だ」
男はいつの間にか、レンの前にいた。
「ふぇ? おじさん、僕を殺すの?」
何も分かってない、純粋な目で男性を見るレン。
「何を呑気な事言ってるのっ!? レン君! 早くこっちに!!」
ファルメスがレンに向かって言う。
が、レンは自分の足元を見ながら肩をすくめてこう、言った。
「でも……逃げられそうにないよ?」
良く見るとレンの足が凍っている。
恐らく、騎士達の鎧に付着している物と同じだろう。
「戦うしかないの?」
「あぁ、貴様は殺す」
「じゃあ……【岩人形の拳】」
レンの足元から岩でできた拳が出てくる。
「クッ……!?」
自分に攻撃がくると思った男性は、レンから離れ、距離をとった。
「ふぅ~……。思い通りに動いてくれて助かったよ」
レンの目的は男性ではなく、足を凍らせていた氷を砕く事だった。
「どんどん行くよっ! 【雷神の剣】! 【氷帝の槍】!!」
レンの右手から氷の槍が、左手からは雷の剣が放たれる。
「ッ! 【重圧の壁】!」
男が両手を床につけると、男を挟むようにして、左右に壁が現れた。
その壁に、レンの攻撃は吸い寄せられていく。
「あれっ!? じゃあこれは!? 【光の弓矢】!!」
レンの手には白の魔力で作られた弓と矢が握られていた。
それを引き絞り、男に狙いを定めて射る。
レンが放ったそれは、光の矢だ。当然、その速度も、光速である。
「なっ!? 吸い寄せられない!? ……ぐあぁ!?」
壁の力で少々曲がりはしたが、殆ど狙い通りの場所に矢は中った。
その痛みで集中が途切れ、壁が消失する。
「お姉さん! この人捕まえて!! 早く!!」
「……はっ!? わ、わかったわ! 動ける者はあの男を捕らえろ!!」
レンの戦いぶりに、放心状態だったファルメスは、この騒ぎに駆けつけて来た騎士に命令を下した。
「……捕まるわけに――――」
男が逃げようとした所に、突然、巨大な氷柱が生え、男を中に閉じ込めてしまった。
「甘いぞ、小僧。これ位やらねば、逃げられてしまう」
どうやらグリードの魔法らしい。
「レン君! 大丈夫!? ゴメンね! 助けられなくて!」
「でもでも、凄いよ! あんなにいろんな色が使えるんだね!」
「『色彩魔法』か。良いもん見させてもらったぜ。アリガトな、ボウズ」
次々に、王達がレンに言葉をかける。
「えへへ……。頑張ってみました!」
レンは無事、戦いに勝利する事ができた。
「……“PALETTE”か。厄介な組織だな。大事にならなければ良いが……」
グリードの懸念が本格的に動き出すのは、まだまだ先の事である。
感想待ってます。
どんな物でも、どんと来いです!