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野になるいちご

 彼女、いやまだ七歳にもならない少女は、目の前の不思議な物体に見入っていた。

 おそらく、七年間生きてきた中で見たことはない。 

 なんでもない、ただの道端の草むらの奥に見える赤い物体。

 真っ赤に熟した果実。表面には赤い小さな粒が沢山引っ付いている。

 もちろん彼女はこの赤い果実の名前など知らなかった。都会育ちだった所為もあり、地元ではよく見る当たり前のこの光景も物珍しかった。

 初めて触れた、本物の自然。

 少女はその果実を採ってみたい、と思い草むらの中に手を突っ込んだ。が、枯れた草などがたくさん手に絡まり、果実には到底届かなかった。

 あまりの悔しさから、おもわずその場で地団駄を踏んだ。じっと草むらの奥を見て、どうやったら取れるのだろうか、そんな事を考えながら太陽に照らされ輝く真っ赤な果実を釘いるように見つめていた。

 すると、突然果実が輝きを失った。

 「それは、野いちごっていうんだよ」

 後ろから聞こえた、低く、優しそうな男性の声。少女は振り向く。

 年は二十歳くらいだろか、大学生のようなラフな格好。人懐っこい笑顔を見せる。その様子から悪い人ではないと少女は思った。

 「ノイチゴ? これってノイチゴっていうの?」

 初めて聞く、その名前に少女は興味を持った。

 「そう。野に生えるいちごだから、野いちご」

  少女は目を丸くした。

 「いちご! いちごなの?これって」

 彼はその様子を見て驚いた。

 「おまえ、もしかして見たことなかった?」

 少女が首を縦に振ると、不思議そうな目で男性は少女を見つめた。

 「そうか・・・・・・。地元の子供じゃないんだな。野いちご知らない奴、この辺いないから」   

 うん、と少女は返事をする。

 「最近引っ越してきたの。だから、この辺のこと知らないから、お散歩してたの」

 「じゃあ、野いちご食ったことないだろ。食べてみるか?」

 すると、少女はやけに嬉しそうな表情になった。

 「わたし、いちご大好き! 食べる!」

 元気良く、返事をする。

 「でも、いちごはいちごでも野いちごだからな。好き嫌いはあるかもしれない」

 そういうと、彼は草むらの中から、中ぐらいの大きさの野いちごを1つ採り、少女に手渡した。

 その果実は少女の手にのると、コロンと転げ落ちそうになるが、必死で阻止した。

 「美味いよ、子供の頃はよく食べてた」

 彼は、もう1つ野いちごを採ると、口の中に放り込んだ。

 その様子を見た少女は、意を決して野いちごを口の中に入れた。

 瞬間、甘いにおいが口の中にたちこめる。小さな粒がはじける。そのたびに甘い果汁が口の中に広がった。 少女にとって、始めての味だった。

 「おいしいよ!お兄ちゃん。こんなの初めて食べた!」

 彼は感動している少女を見て、顔をほころばせた。

 「良かった。素直だな、おまえ」

 くしゃくしゃっと少女の頭を撫でた。

 「やめてよ、お兄ちゃん。頭がぐちゃぐちゃになっちゃうよ」

 少女は笑いながら、彼を見上げた。

 はっと気づいたように、彼は少女の頭から手をどけた。

 「ごめん、ごめん。妹みたいだったから、つい」

 「妹がいるの?」

 「ああ、おまえと同じくらいのが」

 少女はどんな子なのだろう、と気になった。

 「どんな子なの?」

 「素直で、純粋で、なんでもかんでも興味を持つ子だよ」

 彼はなぜか嬉しそうに語る。

 「大好きなんだね、お兄ちゃん。妹のことが」

 図星だったのか、彼は少し顔を赤くした。

 「そうだな。おまえには兄弟はいるのか?」

 すると、少女は突然悲しい表情になった。

 「おねえちゃんがいるけど・・・・・・、ここにはいないの」

 彼は何かを察したかのように神妙な顔つきになる。

 「おとうさんのところにいっちゃったんだ。遠いところに行ったって、お母さんがいってた」

 「そうなのか」

 「でも、わたしおねえちゃんともおとうさんとも、いっしょにここに来たかった。いっしょにいたかった。

でも、おかあさんはもういっしょに暮らせないって」

 少女の目から水滴が流れそうになる。それを必死に堪える。

 「リコンっていってた。ねえお兄ちゃん。リコンってなに? どういうことなの?」

 もう我慢ができない。流れ出す涙を抑えきれない。

 「うぁぁぁぁぁーーーーーー!」

 大声で、泣いた。抑えきれない感情が溢れ出す。

 なんでなんだろう、今日会ったばかりの、何も知らないお兄ちゃんにこんなことを言ってもお兄ちゃんが困るだけなのに。

 そう思っていても、溢れ出す涙は止められなかった。

 すると、少女の目の前が真っ暗になった。

 「大丈夫だから、めいいっぱい泣け」

 優しい声。気づくと少女は彼に抱きしめられていた。

 「苦しかったんだろ?思いっきり泣いたらすっきりするから」

 ポンポンと背中をたたかれる。心地よくなる。

「ヒック、うぁぁぁ・・・・・・」  

 少女はだんだんと落ち着いてきた。と同時に、なんとも言えない強烈な眠気に襲われた。

 「大丈夫か? 落ち着いたか?」

 彼は声をかけた。が、少女からの返事はない。

 抱えていた少女の顔を見ると、気持ちよさそうに眠っていた。

 

 ***** 


 気づくと、少女は自宅のベットに横たわっていた。辺りも暗く、すっかり夜になっていた。

 「あれ・・・・・・。どうしてここにいるんだろう?」

 しばらく考えてから、はっと思い出した。                       

 ーーお兄ちゃんが連れてきてくれたんだ。わたし、お兄ちゃんを困らせちゃった。途中で寝ちゃって、家まで連れてきてもらったのに、わたし何にもお礼いえなかった。

 そう思うと、いてもたってもいられなくなったが、外は暗く夜だったため、少女は明日お兄ちゃんにお礼を言いに行こうと思い、布団をかぶりそのまま眠った。

 

 次の日、少女は昨日お兄ちゃんと出会った場所で、お兄ちゃんを探していた。

 しかし、いくら待っても、いくら待っても、探しても、探しても、お兄ちゃんは少女の前に二度と現れることはなかった。

初めまして、初投稿です。

未熟者ですので誤字、脱字などがあれば、ご指摘いただけると嬉しいです。

また、みなさまに読んでいただけるよう、精進していきたいと思います。

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