27
あの王子のお披露目パーティーの次の日、まさかの人物から先触れが届いた。
「久しいな」
やっぱり気付かれていたみたい。
だからって邸までくる?
「ラシード王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「挨拶はいい。楽にしろ」
相変わらず偉そうだ。
失礼しますと、向かいのソファに腰を下ろしたけれど、何で何も言わないの?
だいたい『顔も見たくない』と言ったのは殿下の方なのに、自分から私の前に現れるなんて何を考えているのだろう?
自分から訪ねてきたくせに無言って⋯⋯
それに、じっと見られている。
私はそれに気付かないふりをして、テーブルに用意された茶菓子に視線を落とした。
「ベルティアーナ」
「⋯⋯はい」
「⋯⋯ヴォルフ殿下とは⋯⋯いや、何でもない」
ヴォルフ殿下?
ラシード殿下には関係ないでしょう?
「⋯⋯この国に来てよかったか?」
「はい。ここなら私が私でいられますから」
「レフタルド王国は住みにくかったか?」
「⋯⋯いいえ」
「はっきり言ってくれて構わない。何を言っても罪に問わないと約束しよう」
本当に?
「では正直に言いますね⋯⋯私は、ラシード王太子殿下の⋯⋯婚約者候補だという立場がずっと嫌でした」
「⋯⋯そうか」
「本来の自分を押し殺して、貴方の婚約者候補として相応しくあろうと仮面を被り続けていました」
「そうだったな」
「あの期間は私には苦痛な時間でしかありませんでした」
「⋯⋯そうか」
「貴方が⋯⋯私を、ウォール公爵令嬢である私を疎ましく思っていたことには気付いていましたから」
「⋯⋯」
「⋯⋯政治的な理由で貴方と婚姻したとしても⋯⋯愛はなくとも貴方が私を尊重し、大切にしてくれるとは思えませんでした。そんな貴方といてもそれからの長い人生を幸せに生きられるとは想像することができなかったのです」
ここまで言って大丈夫だろうか?
「⋯⋯そうか」
でも、ラシード王太子殿下と会話する機会はこれが最後だと思うから⋯⋯
それに、この私の言葉が少しでも彼に届けば、この先彼が選ぶであろう伴侶には歩み寄ってくれるのではないだろうか?
別に私は彼に不幸になって欲しいとは思っていないのだから⋯⋯
「あの日『顔も見たくない』と言われた時にチャンスだと思いました。⋯⋯苦痛から逃れられると⋯⋯仮面を脱ぎ捨てられると⋯⋯自分らしく生きていけると⋯⋯」
「⋯⋯そうか」
「結局、この国に来ても社交の場に出れば同じですけれど、それでも肩に力の入らない生活を送れている今が幸せなんです」
「⋯⋯そうか」
言いたいことを言った私に怒っている様子もなく、話の間もたまに目を伏せる仕草はあったものの、黙って最後まで私の目を見て聞いていた。
婚約者候補でいた期間で、こんなに長い時間私の顔を見ることも会話をしたことも、一度もなかったのに、どうして今さら話そうと思ったのだろう?
「はい。⋯⋯それでラシード王太子殿下の話は何でしょうか?」
「⋯⋯」
??
「もし、⋯⋯もし私がベルティアーナを(尊重し大切にしていたら)⋯⋯」
「私が何でしょうか?」
「いや、何でもない。君が元気そうでよかったよ」
結局何だったのか3日後には帰国すると、それだけ言って彼は帰って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~ラシード王太子殿下視点~
ヴォルフ殿下に笑顔を見せ手を繋いでホールから退場する2人の後ろ姿が頭から離れなかった。
だから恥を忍んで会いに行った。
私の婚約者候補であった期間が苦痛だった。と言われ、結婚したとしても幸せになれなかったと言われ、胸が締め付けられた。
なぜ私は彼女と向き合わなかったのだろう?
なぜ貼り付けた笑みを嫌ったのだろう?
アイザック王太子が言った通りだ。
王妃、王太子妃になるような人間が仮面を被るのは当然だ。国民や国を守るため、他国や貴族連中から侮られないためだ。
なぜそんな当たり前なことを私は認められなかったんだ。
彼女こそが、ずっとそう振る舞っていたというのに。
頭の中で反省と後悔を繰り返し⋯⋯もしかしたらまだ私にもチャンスがあるかもしれないという馬鹿な希望を消せずにいた。
もし、もし、あの頃に時間を戻せるのなら⋯⋯




