第一章6 スグハの決意
スグハの決意
月の冷たい月光に照らされたナギサと白髪の男。
現実のものとは思えない激しい戦闘に、スグハは夢か現実か区別がつかない状態だ。
というか、これが夢であることを祈りたい。
そして、その理不尽な自身の運命を恨む。
死ぬような思いを、一日のうちに何回感じさせられるのか。
何故、こんなにも死ぬような思いをこの短期間で感じないといけないのかと、運命を恨むしかない。
恨みと共に、酷い目にあっているスグハに降りかかるものが一つ増えた。
不安だ。
恐怖するスグハを不安が覆い始めたのだ。何故なら、ここは異世界だから。
異世界と認めざるをえなかったから。目の前の激しすぎる、この世と思えない景色が広がっていたから。
「……っ!!ごほっ…」
ナギサの腹部を、沸騰したように熱い何かが波を打った。
それと同時に、この熱と同じぐらい熱い、灼熱の液体がナギサの口から吐き出される。
喉に焼けるような激痛。
月光に照らされる漆黒の液体。
それは他でもない自分自身の血だ。
灼熱に唸る腹が、何かに抉られ続けている。
――迂闊だった。まさか彼が剣を隠し持っていたとは。
力が消え失せ、手に持っていた刀を草に落とす。血液が草にかかる音と共に、金属音が響いた。
ポタポタと唇から血が垂れていく。
「お前が油断するとは珍しいな。あの木の下にいる少女が原因か?ちっとも面白くないぞ」
白髪の男がナギサに向かって面識があるかのように話す。
ナギサが戦闘で油断することなど、以前まではなかった。
全ての行動を先読みし、それを対処するために精霊の加護を使用する。
どんな不意打ちも見事に回避することができた。
しかし、今のナギサは違う。
後ろに守るものがあるから。自分が死んだらあの少女を家に帰せないというプレッシャーが、かえって彼女の油断を生み出してしまったのだ。
「くっ…私と…したことが…」
自分の弱さに、力の出ない手を弱く握った。
逃げ場のない怒りが、ナギサの中で暴れている。さっき撃ち抜かれた時は精霊の力があったから切り抜けられた。
これも自分が弱いから死んだ。
回数制限を、無駄にしてしまった。
死者の精霊の、回数制限を。
「まさか、お前が負けるとは思わなかったな。随分と鍛錬をサボったみたいだね」
血の滴る刀を、血まみれの草原に突き刺す。
「ぐぁぁっ……っ!」
抉られ、内側から切り刻まれ、耐え難い激痛に唸り声をあげた。
これも、懐かしい感覚だ。
「はっ!話さなくなってしまっては面白くない。……あぁ、そうだそうだ。一つ聞きたいことがある」
死者の精霊で死んでも復活できない。回数制限があるから。
じゃあどう切り抜ける。
力が出ない。視界が霞んでいく。
スグハはどうしよう。
責任、責任があるのに。
「お前、さっき殺したはずだが、生きてたよな。ありゃどういうことだ?」
リボルバーを額に突きつけて、最期の質問を出される。
言えない。それを言ってしまってはならない。
死者の精霊は、死んだものを三回だけ生き返らせられる能力の持ち主。
しかし、一回使ってしまうごとに数時間の時間制限がかけられる。
それは精霊の気分次第。
「俺には精霊の仕業としか思えないな。どうだ?その通りか?」
ナギサは思わず体を反応させてしまった。
男はニヤけて額に向けていた銃口を、ナギサの大きな胸に突きつける。
あぁ、バレてしまった。
「死者の精霊だろう。心臓を対価に契約できるっていう伝説のさ」
トリガーに指をかけ、その心臓を……。
ナギサが、スグハのいる木の幹を見る。怯えて、今にも泣き出しそうな顔をしていたスグハがいた。
威勢のいいことを言っておいて、この敗北ぶり。失望、させちゃったな。
次の瞬間、鋭い銃声が響いた。
※
まずい、まずいまずいまずい。
スグハの頭を埋め尽くす焦り、その原因は目の前にあるナギサの状況だった。
木の影から顔を覗くスグハ。暗闇で彼女の顔は見えず、更に不安は積もるばかり。ナギサの頭部と思われる所から、何度も真っ黒な液体が放出される。
ただでさえ見たくない景色だ。
あんなに優しくしてくれた人が、苦痛にもがいているところなんて、もっと見たくない。
どうにかナギサを救えないか。
混乱で回らない頭を無理やり動かそうとする。
しかし、思いつく案はなかなか現れず、思い切って突っ走ろうとする度胸もスグハにはない。
何もできない自分に怒りを覚え、歯を食いしばる。
助けてくれた恩人を救うこともできず、落ち着いて相談してくれたのに自分だけ慌てて。
「どうしよう……本当にどうしよう…」
すると、男はナギサが刺さっている刀を地面に突き刺す。
ナギサの体をより深く貫き、抉った。
スグハは目を瞑り、その姿を見ないように。そうじゃないと、叫んでしまうから。そうしないと、正気ではいられないから。
すると、男は銃のようなもの手にとり、ナギサの頭に銃口を突きつけた。
ナギサが、殺されてしまう。
良く観察すると、男とナギサが話をしているようだ。口がパクパクと動いている。男が笑った瞬間、銃口はナギサの頭から胸へと移った。
何を考えている。
咄嗟に出た思考よりも先に、震えた足が前に出た。
死んでほしくなかったから、私が時間を稼ごうと。
「まてええええ!!」
今まで出したことのない大きさの声で、男の注目を引いた。
それは、銃声にかき消されたのだが。
第一章6 終




