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Alluring / Fear  作者: 魂宝石
第一章 闇に舞う人影
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第一章3 全てを切り裂く刀の残響

全てを切り裂く刀の残響





その瞬間、スグハの体は何者かに米俵を担ぐかのように抱き抱えられ、少女の霧のような手は肩から引き剥がされた。


右手と思われるものが体に巻き付いていく。女性のような体つきに感じ、その低い声は、ウィスパーにダウナー系を合わせたような声。


何が起こっているのか理解できないスグハは、自分を連れていくその背中にしがみつくしかできなかった。


「なんなんですか!あなた!」


「私は、貴方を傷つけるためにこうしているのでは無い。少し辛抱してくれ。今はここから離れることが優先だ」


スグハを担ぎながら彼女は、屋根の上へ一っ飛び。瓦の屋根を光にも負けないような速さで走っていく。


現実離れした、現実離れしすぎている超人的な身体能力だ。体験したことのない感覚に、スグハは驚愕の表情を隠せない。


スグハは、さっきまで自分がいたところを見てみる。


「あっ!あの少女が居ない…!」


「追跡されている。アイツが私たちを逃すような真似はしない」


まるで、この人はワンピースの少女について知っているような口調だった。


雲と雲の間から顔を出した月が、月光で雪とスグハたちを照らしていた。瓦で作られた家の屋根を優しく風が吹くかのように、音を立てず、渡っていく。


遠のいていく自分の家を見ながら、その人に身を任せるしかなかった。


「私の体をよく掴んだ方がいい。目の前に少女がいる」


この超人とは真逆の方向を見ているため、スグハに状況は理解できない。ただ、その言葉を信じるのみ。


「……フィアーから本気で逃げるから手を離す。気をつけろ」


スグハの体に巻き付いていた右手は、ゆっくりと離れていく。これからは自力でしがみつかなくてはならない。

スグハは背中を、より一層抱きしめる。


「フィアーって……?」


彼女は、少女のことをフィアーと呼んだ。それは名前なのか、それともあだ名なのかは分からないが、一つだけなら分かる。



――この少女は、名前の通り、恐怖そのものだった。



優しい粉雪の中で、凍てつくような息を吐く。

腰から刀を鞘ごと外し、右手がかろうじて刀に触れられるところまで、移動させた。


背中から感じる尋常じゃない『何か』に、スグハは寒気を覚える。その覇気は、世界が止まっていると錯覚させるほど、不気味なものを纏っていた。


この人の体温だけを信じ、スグハは抱きしめる。


ついに、その刀の持ち手を掴む。金属音を立てながら、その刀は姿を現していき、月光すら飲み込む黒の刀身が睨みつけた。



「異空斬移――」



声と共に、引き出された刀は空気を斬り、この世を裂き、理を超える何かを、斬り捨てた。

音だけを残し、光のようにその先へ、その先へと。


瞬間、重力が押し付けられるような圧力を、全身が感じた。潰れそうになるほど、スグハの体を何かが押さえつけている。



見える景色は闇だけで、感じる体温は信じるべき道だった。





冷たい風に、草が揺れる音が聞こえる。瞼の奥から感じる光と陰。

暖かい光が顔を覆い、浮遊していた意識が目覚めへと向けられていく。

自然が持つ香りが鼻を通り抜けていった。


息を深く吸ってから吐いて、ゆっくりと、そこが現実か確かめるように、目を開けてみる。


見えるのは、眩しく輝きながら、霞んでいる視界だった。目に手を添えて、影をつくる。

慣れてきた視界で、その先をよく観察した。


すると、目の前にあったのは、どこまでも続く草原だった。あたり一面は緑で覆われていて、遠くには山が見える。

頭上には、雲ひとつなく、澄んだ空が広がっていた。そして、背中に感じる硬い感触。後ろを向いてみると、それは小さい木の幹だった。


どこか懐かしく、落ち着いてしまう。ここがどこか分からないのに。

暗く寒かった日夕山の町とは違い、温もりだけが漂っていた。


「ここは、どこ…?」


確か、ここに来る前は、フィアーと呼ばれている少女に捕まって、そして逃げたんだ。超人的な能力を持つ何者かと、一緒に。

そのあとは、何が起きたか分からなくて……。


じゃあ、あの人はどこにいる。

自分の体を見ると、黒い羽織がかけられていた。これが、あの人のものだとすると、付近にいるはず。

しかし、あんなに冷たそうな人なのに、意外と優しいんだな。


辺りを見渡すと、そこには川が流れていた。

この草原は山と山で挟まれており、川は山の根元から、反対の山の根元をつなぐように流れている。


目を凝らしてよく見てみると、そこには人らしきものが立っていた。


呼んだら気づいてくれそうな距離だ。

おーい、と叫んでみようとする。


「おーっ…けほっ…けほっ……」


しかし、喉が叫びを掻き消し、代わりに痛みと渇きを感じさせた。


息ができず、肺からどんどん空気が抜けていく。唾を飲み込もうにも、咳が邪魔をして強制的に吐き出される。


「大丈夫か。これを飲め」


すると、耳から低い声が通ってきた。それは、目覚める前にも聞いた声である。

咳をするたびに跳ねる体に腕が回され、水がゆっくりと口に注がれていく。


「ゆっくりでいい。私のことは気にするな」


優しく背中をさすられながら、一口、二口、三口と。

徐々に咳が落ち着いていき、乾いていた喉に潤いがもたらされる。

涙で滲む視界に、その人の顔が歪んで映し出された。


「どうだ?もう少し必要か?」


澄んできた視界にあったのは、黒曜石のように輝いた瞳だった。

サラサラと髪が長く伸びており、輪郭はシュッとしている。柔らかい顔が、こちらの身を案じるように問いかけた。

可愛らしい顔をしているが、そこから発せられる言葉の一つ一つは重みがある。


首を静かに横に振ると、彼女は少し微笑み水が入った水筒のようなものを土に置く。


「もう少し、休むといい。あとで話をしよう」


その手は温かく、優しかった。


第一章3 終

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