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第一章1 放課後の暗い夜

放課後の暗い夜





授業の終了を知らせるチャイムが、沈みかけていた脳を刺激する。頭蓋の中で反響するかのように繰り返される音に、思わず眉を顰めた。


すると、スライド式のドアがガラガラと開き、教科担当の先生が教室から静かに退室していく。それを合図にしたかのように、張り詰めていた空気は一気にほどけ、声が教室を満たした。

いい感じにうるさいので、良くも悪くもスグハの目覚ましの代わりになったのだが。


口をむにゃむにゃして、大きな欠伸を一発かます。

瞼を閉じていたせいか、視界は白く霞んでいた。

起き上がろうと努力するスグハにとっては気力を削がれるものだ。

見えない目の前をなんとか戻そうと頑張っていると、濁った視界と比べものにならないぐらいクリアな声が、右耳に入ってくる。


「おはよ、スグハ。先生がめっちゃ見てたよ〜」


スグハの寝ぼけた顔を覗いて楽しそうに笑う少女、スグハの隣の席であり、同級生のナツキの声だ。

金色に輝く瞳と、美しい黒の髪の毛が目に映る。

半透明の視界でも分かるぐらい、美人さんだ。

彼女はクラスのマドンナ的な存在で、友達の少ないスグハにも気さくに話しかけてくれる優しい人だ。


ナツキの言葉に、あとで呼び出しだなーと他人事のように思いながら、散らかった机の上を整理する。

ノートは字が途切れており、ひじきのような線が沢山引かれていた。


「いやーやっちまった。ちょっと疲れがでたかな」


夜更かししたことを誤魔化すために、わざと言葉をぼかす。

夜更かしのおかげで睡眠時間は二時間だけという、平日にやったら終わる時間帯まで起きていたのだ。

そんな遅くまで起きてた理由は、


「アニメとか見て夜更かししたでしょ〜?」


バレた。何故バレた。

ナツキにはアニメ好きなことを話していないはず。

まさか、家までストーカーして侵入してたとか……?

普通ならありえないことが頭に浮かぶが、それなりの理由がある。


ナツキは好きになった人、または気に入った人のことをつけ回すという行為をするのだ。

好きになったのなら目線で追うぐらいはするが、彼女はそういう可愛いものではなく、ストーカーというお馬鹿なことをする。

まぁ、それがまだ私だけだからマシだけど。多分、私だけ。


「なっ……なんで知ってるの…?」


恐怖混じりの声で、ナツキに問いかける。

すると、彼女は一瞬止まった後、


「ふふっ。ははははっ!私は!見つけてしまったのさ!君のSNSアカウントをね!」


ペンケースを鞄にしまおうとした体が、硬直した。

息が詰まり、様々な感情が浮かび上がる。耐え難い羞恥がスグハを襲い、顔が熱くなった。それのせいで唇は震えを起こす。

SNSアカウントは、ダメだ。


叫び出したい喉をなんとか制御し、クールに振る舞う。

私はクールなキャラでこのクラスをやっているのだから。他の人はどう思っているか分からないが。


「どうやって見つけたの」


声の力を落とし、ナツキをビビらせようとする。いや、何もしなくても落ちているんだ。

ナツキは微塵も恐れたような素振りをせず、大声をあげて笑った。


「あっはっはっは!もー、スグハ面白いね!クールに振る舞おうとしても、顔が赤いのバレバレだよ!」


その言葉がさらに羞恥心を抉り、心なしか鮮明になってきた視界が霞んできた。

周りからの視線が痛い。そりゃナツキのような美人が大声で笑っているのだ。珍しい彼女の姿に見惚れているのだろう。

しかし、その視界の中に自分が入っているとなると、羞恥心が抉られるどころではなく貫かれそうになる。

いや、違う。見られているのは私だ。

周りから聞こえる声がスグハの耳を通っていく。


「スグハちゃんって怖いと思ってけど可愛いね」「なにあれ〜小動物みたい〜♡」「あんな顔するんだね!撫でてみたいかも」


馬鹿にしているのではなく、スグハの今の状態が可愛いという話がされていたのだ。

今までの印象が覆った人、小動物みたいと可愛がる人、撫でたいと可愛がりたい人で溢れかえった。

いつの間にかクラス中がほっこりとした暖かい空気包まれている。

しかし、そんな中唸り声をあげる人が一人。

スグハだ。

「う〜……なつきぃ…」

耐えられなくなったスグハはクールに振る舞うということを忘れ、震えた声でナツキを呼んだ。

赤くなった顔を見られたくないので、ナツキの大きな胸に顔を埋める。良い香りが鼻から通るが、気の紛らわしにもならなかった。

しかし、その行為が更にクラスの空気を熱くさせることに。

「お……。ふふっ。ほーれよしよし。恥ずかしいでちゅねぇ〜」

ナツキが赤ちゃん扱いをすると、スグハのパンチがみぞおちに入る。

弱すぎて何も感じないレベルだったが。代わりに感じたのは周りの熱い視線。

ナツキが周りの目に対し、ニコッと微笑んで手招きをする。もちろん、スグハは顔を埋めているため、その行動に気づいていない。

すると、スグハの後頭部から温もりを孕んだ優しい感触を感じた。そして、様々な吐息の音と共に、謎の熱が体に寄り添う。

少し濡らしたナギサの制服を見て後ろを向くと、クラスメイトの顔がこちらを覗いていた。

思わず「ひゃっ」と声を出してしまう。


「スグハちゃん可愛い〜!撫でていい?」


唐突な質問と自分の状態に、スグハの思考は停止する。こんなに近くで女の子の顔と男子の顔は見たことがなかった。

しかも、みんなが口の端を緩めている。膝を曲げて中腰の体制で覗いてくるのだ。

初めての経験に戸惑っていると、スグハの許可なしで女子のクラスメイトが頭を撫でてきた。

ナツキの方を見ながら頬を膨らませると彼女はニヤッと嫌な笑顔を見せてくる。

でも、撫でられるのは悪くないかも。

顔を赤くしながら撫でられ続け、

教室に担任の先生が入ってきた。


「お前ら何やってんだー。サクラギとナツキを囲んでー。ほれ、終礼するぞー」


気だるげな声でクラスメイトに呼びかけると、群がっていたクラスメイトは自分の席へ戻る。こういうところは妙に真面目なのだ。

自分の頬が火照っているのを自覚しながら、手で押さえた。





電車に揺られながら、暗くなりつつある景色を見る。

今でも学校での出来事が頭から離れず、無意識に頬が熱くなった。

気を紛らわすために、電車の窓に反射する自分を見る。

亜麻色の髪に、銀色に輝く瞳。少し小柄で長いまつ毛が特徴だ。あとは長い髪の毛だろうか。改めて見ると、自分が幼く見える。


クールなキャラクターで過ごすと決めたのに、可愛がられた。

アニメの影響でクールを目指していたのだが呆気なく失敗に終わり、皆んなの印象を小動物というのに変えられた。

ため息を吐きながら窓の奥を見る。黄金に輝く学校が、遠くからでも見ることができた。


―スグハの家は学校から少し遠くにあり、電車や車など、交通機関を使わないとキツイ距離だった。

そこまでしてこの高校に通いたかったのは、ただの自己満足かもしれない。

県の中でもトップクラスの偏差値を持つ高校だ。クールなキャラには最適な場所だろう。アニメの影響だけでここまで頑張れた自分が誇らしい。しかし、今のスグハは入学しただけで満足している。授業は寝て、勉強はしない。もちろん、成績は落ちていくばかりだ。

変わりたいなぁと思っているが、なかなか行動に移せない。


「次は、日夕山。日夕山。お出口は、右側です」


まぁ、今はまだ高校一年生だし、少しぐらいのんびりしてもいいか。

そんなことより、今日は気になっていた漫画の発売日だ。コンビニに寄らないわけにもいかない。

あのゲームも進めたいし、やりたいことが多くて勉強してる暇がないのが悩みだ。そんなことをナツキに言ったら勉強しろと言われてしまうな。

あれこれ考えている時、急に電車からアナウンスが入る。


「急停止します。ご注意ください。The train will make an emergency stop.Please take care.」


妙に緊迫した声で、そう放送された。緊急停止するとは、何かあったのだろう。

車内が少しざわつき始め、電車が低速し始める。

手すりに一応つかまっておくが、どれぐらいの威力で止まるか分からない。

入学して十ヶ月経ったが、緊急停止が起こるのはこれが初めてだ。

手に汗を握りながら、構える。

瞬間、勢いよく電車が止まり、スグハの手が手すりから外れた。

このままだと倒れてしまう。

と覚悟したが、


「おっと、大丈夫ですか?って、スグハちゃん?」


そこにいたのは、終礼前に頭を撫でてきたクラスメイトのリンだった。

スグハの小さな体を支えて押し戻してあげる。

たまたまぶつかったのがクラスメイトでよかった。

リンはスグハと同じ方面の人だったらしい。


「緊急停止信号が発信されたため、停車しております。安全確認を行いますので、しばらくお待ちください」


そうアナウンスが入ると、少しの間沈黙の空気が流れる。

リンはスマホを片手に何かを見ているようだ。乗客はみんな平然としていて、あたふたしているのはスグハだけのように見える。

待つこと数分。


「お客様に連絡です。線路上に謎の物体があり、確認作業のため、停車しております。安全が確認され次第発車となりますので、しばらくお待ちください」


腕を組んで壁に寄りかかる。今日は早く漫画の新巻を買って家でゴロゴロしたいのに、と心の中で愚痴をこぼす。そもそも、なんで線路の上に謎の物体が落ちているんだ。


「謎の物体ってなんだろうね?」


リンがスグハに向かってそう呟く。


「そうだね。線路の上にあるなんて奇妙だな」


と、ミステリー小説の主役がいいそうなセリフを口に出す。

これ、一度は言ってみたかった。

心の中でニヤニヤを抑えられないでいると、目の前にいた杖を持っているお婆さんが、クスクスと笑い始めた。

何に笑ってるんだ?と思いながらも無視をしていると、お婆さんが話しかけてきた。


「お嬢ちゃん、可愛らしいのに大人っぽい口調なのね。若者言葉で言うとギャップ萌えってことかしら」


「可愛いって言わないでください!なんですか急に…」


お婆さんは静かに笑うと、杖をついて手すりに掴まった。よく見れば隣のリンも笑っているようだ。

全く、今日はなんて日なんだ。


―そして、

謎の物体は撤去され、安全確認が終わるまで数十分ほどかかった。体感ではもっとかかった気がするが。

それから大幅な遅れが出て、駅に着くのに予定よりも遅れてしまった。


車内から出ると、雪がホームの中にも積もっており、滑りやすくなっている。気をつけながら歩いても滑るほど凍っていて、嫌だなあと思いながら改札を抜けていく。

車内では暖房が効いていたため、快適に過ごせたのだが、外に出ると一日中寒さにさらされた空気へとチェンジするので、より寒く感じる。


ホッカイロの入ったポケットに手を突っ込みながら、駅から出る。じんわりと手に温もりが浸透していき、快感を覚える。

背後から、電車が動く音が聞こえた。





街灯に照らされた雪は、白く輝いて舞い落ちる。

粉雪のように、優しく、冷たい感触の雪だった。

コンビニの光に照らさらているためか、夜に溶ける粉雪はやけに主張が激しい。

綿毛のように暖かそうな粉雪だが、耳に落ちてくるとやっぱり冷たい。

スグハはプルっと震えて耳を赤く染められた。


今日の天気予報では、十年に一度の最強寒波!とか言われてたのだが、予報された日は静かに終わることが多い。

しかも、その最強寒波は毎年来る気がする。


そんなことを考えているうちに、自動ドアが開いてコンビニへと足を踏み入れる。

白い壁が、天井の電気を反射して暗闇に慣れた目には刺激が強い。

いらっしゃいませーの決まり文句を背中で受け流し、漫画コーナーへ足を運んでいく。


「えーっと、ぼくしらはどこかな…」


その『ぼくしら』というのは、スグハが最近ハマっているミステリー系の漫画だ。正式な名前は、『僕の知らない恋人』。

主人公が知らないうちに、別の世界線にワープして、そこにいる『恋人』となんとか生活していこうという話だ。

まぁ、そんなことはどうでもいいけど。

誰に説明してるのやら、と思いつつ、スグハはレジへ本と共に歩いていく。


――「ありがとうございましたー」


また、決まり文句を背中で受け流し、コンビニから出る。

雪で濡れたら困るので、ビニール袋をキツく閉めていきながら家の帰路へと戻っていく。

にしても、ここは住宅街のくせに外を歩いている人が少ない。


都市の中心にある日夕市。多くの高層ビルが立ち並んでおり、面積が小さいのに対して人口が五十万人もいる市だ。

スグハの家はその中でも住宅が密集しているところに位置している。


朝は活気があって目覚ましになるのだが、今の雰囲気は殺伐としていて、街灯が気味悪く点滅しながらアスファルトの道路を少しだけ照らしているような不気味な感じだ。


息を吐いた空気が、外気に触れて白く輝き、消えていく。なんだかタバコごっこみたいだなと思いながら、道路へ戻り、雪を踏みしめる。


その時だった。

街灯が照らしているところに、誰かが立っていた。

小学生とまではいかないが、中学生といっても少し小さめという微妙な感じの背丈。

白いワンピースを着ていて、麦わら帽子を被っている。


おかしい。雪の夜には場違いな、夏を連れてきたかのような服装。


夏にしか見ないようなその姿に、違和感を覚えるどころではない。やけに不気味に、白く照らされている。

不幸なことに、その少女はスグハの家の前に悠然と立ち尽くしていだ。帰るためには彼女の横を通らなければいけない。

避けられぬ運命に、奥歯に力が入る。

しかし、数十秒の恐怖に耐えられないほどスグハは弱くない。と思う。


気づいていないふりをするために、顔を俯けて早歩き。

さっき、しっかりと目が合ったような気がするが、気にしない気にしない。

他のことを考えよう。

アニメみたいアニメみたいアニメみたい。


気を紛らわせるために、アニメを見たいと心の中で連呼しながら、その女の子の隣を過ぎたことを、ぎりぎり見える視界で確認する。通り過ぎたら、そのまま左に曲がると家があるはずだ。

顔を上げた瞬間、


「……あれ」


その少女と出会う前の曲がり角に、スグハは立っていた。


第一章1 終







「おねぇちゃん…なんで無視したの?」

 






酷く冷たい声が、闇に溶け込んでいく。







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