カラザ
なまあたたかい風を全身に浴びながら、私は果てしない灰色の砂丘にそびえたつ、白い尖塔と対峙していた。うっすらと陽のさす曇り空もあいまって、全体的にモノトーンで構成された私の視界のなかで、その塔だけが無彩色を思わせない鮮明さをたたえている。この塔について調べるために、私はここへやって来たのだ。
私は塔の外観を詳しく見ようと足を踏み出した。この砂丘には、樹木はおろか草花ひとつ生えていない。それは、白や黒の砂粒からなるこのやせた土地や、遠くからやってくる塩分を多く含んだ海風のせいなのかもしれない。そんな中で唯一この地に「生えて」いるのが、私の目の前の白く巨大な構造物である。
先端よりすこし下の部分で塔が隆起しているために、その根本から塔の最上部を見ることはできない。しかしながら、見上げていると、この塔は遠目からみたその細さのわりに、日陰としてもおおいに機能するだけの幅があることが分かった。
根本に目を下ろすと、塔の膨らみの下から続いている隆起にそって、白いうねりがさながら植物の根のように放射状に広がっていた。
私は塔の入り口を探した。周りをぐるりと歩くと自分がいたところのちょうど反対側に、ひときわ太い二本の根に挟まれて人が入ることのできそうな穴を見つけた。
私はなんの断りもなく塔に入った。
入り口から続く空間は、奥にいくにつれて徐々に広くなっていき、塔の中心と思われる場所で一番広くなった。そこからさらに奥へ進むと、また空間は狭まって壁に到達する。そして、壁から右の方を向くと上へと階段が続いていた。
私はその螺旋状の階段を昇っていった。塔の内部は非常に静かで、まるで洞窟の奥底にいるようだったが、白い壁がぼんやりと日光を透過しているために決して不気味ではなかった。むしろ少しひんやりとした内部の気温もあって、そこはとても快適な空間だった。
階段はひときわ広く明るい部屋へと繋がっていた。おそらくここが、私が外から見た塔の膨らみの部分にあたるのだろう。部屋全体を見回すと、外へと繋がるいびつな形の穴が等間隔で並んでいる。私はその「窓」まで進み出た。ここから見ても、やはりどこまでも砂丘が広がっているだけである。
「あんた、ここに住んでる人かい?」
突然、私の後ろから声がした。振り向くと、髪を後ろで乱暴に束ねた大柄な女が腰に両手を当てて立っていた。
「いや、私はこの塔を調べるためにやってきた、ただの調査員だ」
「塔?塔だって?」
女はこちらを訝るように目を細めた。自分のいる場所が「塔」だということを知らないのだろう。
「あんた、何を調べるんだって?大体、調べるったってそんな大層なものはここにはないよ」
埒が明かない。私は、黙って足元をまっすぐに指さした。
「あんた、カラザを調べるのかい?ふーん…ま、勝手にしなよ」
女は、そう言うとすぐに興味がなさそうに上へと階段を昇っていった。
カラザ。
やはりこの塔はそう呼ばれているようだ。そして、おそらくここの住民は、この塔そのものが何であるかについては全くもって無関心だ。
私はあらためて窓の外を見やった。この場所に到着した時よりも格段に空が暗さを帯びていた。吹き込んでくる風も、強さを増していた。一体、この砂丘はどこまで続いているのだろうか。私は、たしかに砂丘の外側からやってきたのだ。しかしながら、砂丘が構成する緩やかな地平をぼんやりと眺めていると、自分がどこからやってきたのかを忘れてしまいそうになる。
しばらく窓際に寄りかかっていると、遠くのほうに何やら動く小さな影が目に留まった。何かが、列をなしてこちらにやってきている。それらはゆっくりと、しかしながら確実にこの塔を目指している。時間がたつにつれて、だんだんとその輪郭や動きが仔細に伝わってくるようになった。彼らは間違いなく人間だ。ただし、人間と呼ぶにはその動きはあまりにうつろで、その姿はどこか異様であった。人数にして七、八人。彼ら全員が自分自身と同じくらいの大きさの何かを担いでいた。
彼らを発見して何時間立っただろうか。日はとうに沈みかけ、私のすぐ眼下を男たちが行進している。そして、彼らが肩に担いでいたものは、大きな魚だった。それは、彼らの肩にだらりと垂れ下がり、お世辞にも新鮮には見えなかった。彼らがカラザの内部まで上がってくると、たちまち周囲に腐った魚のにおいが広がった。男たちは、私を特に気にする様子もなく、魚の解体を始めた。私はその強烈なにおいにいてもたってもいられず、階段を降りてカラザの外に出た。すると、ちょうど入り口の反対側から物音がしたので、私はカラザの根元に沿ってそちらへ向かった。
行進をしていた男のうちの三人が、何やら作業をしている。見たところ、網を編んでいるようである。
「それで魚を捕るのか?」
「そうさ、魚ってのは馬鹿なもんで、こっちが網を置いてやったら喜んで入ってくるんだ」
三人のうち、一番若そうな男がそう答えた。
「馬鹿というのは違うかもしれんな。彼らは自分が捕らわれたと気づけば、なんとかそこから逃げ出そうと試みるからな」
初老の男が言った。
「しかしながら、一匹たりとも我々の網から逃げ出すことはできん」
さらに年老いた男が、弱弱しい口調ながらもはっきりとそう言った。
「海までは遠いのかい?」
私は若い男に向けて聞いた。
「海に着くまでに、日が何十回と昇る。海風が砂塵を巻き上げて、顔に吹きつけようとも、我々は進まなければならない」
なぜか初老の男が質問に答え、若者は、帰りは追い風だから少し楽だけどね、とだけ付け加えた。
「食べ物や飲み物はどうするんだ?」
「全部分担して運ぶんだ。水を運ぶやつ、食い物を運ぶやつ、ってな。そして一日に十回、軽食をとる時間がある。その時に、十人のうち一人が順番で飲み食いをする」
一番年長の男が答えた。
「そこまで決まってるのか。まるで儀式のようだな」
「そうさ。これは儀式だ。生きていくためのな」
今度は再び初老の男がそう答えた。
その後しばらく男たちから漁の話を聞き、私が自分の拠点へ帰るころにはあたりは真っ暗になっていた。暗闇の中でぼんやりと明るさを放つカラザは、砂漠に立つ巨大な蝋燭のようだ。
私の拠点というのは、カラザから少し歩いたところに停めた、赤いジープのチェロキースポーツ(AMCが1983年に発表した四輪駆動車)である。私がまだ若いころ、たまたま通りかかった中古車の山から発見し、一目惚れした車だ。もう二十年近く乗っているため、内装などはほつれた部分もあるが、仮眠をとる分には至って快適である。
ここに来るにあたって配備された軽食の山から一番おいしくなさそうなものを選び、今晩の食事とした。
何であれ、嫌なものをあとに残しておきたくないのだ。
*
ここはどこだろうか、何か冷たいものに全身を包まれている。視界はひらけているが、遠くのほうへ行くにつれてだんだん暗くなっている。真下には一面灰色の砂泥底が広がっていて、そこに日の光がゆらゆらと映っている。
真っすぐ進むと、体に何かが触れた。気が付くと、細いものが格子状になってできた空間にとらわれていた。
ここからでなくては。すぐにそう思った。しかしながら、どこまで行っても出口は一向に見つからない。いつの間にこんなところに入ってしまったのだろうか。ただただ、焦りと困惑を感じた。
延々と続く格子状の壁に沿って、行ったり来たりを繰り返していると、突然、周囲の壁が動き出した。壁はどんどん上へと引き上げられていった。なるべく下のほうに行こうとしたが、引き上げられていくにつれ、壁が自分の体にまとわりついてきて、うまく進めなくなった。
そして、ついには身動きできない状態になった。抵抗できないまま引き上げられた先は、ひときわ明るく、灼熱の世界だった。呼吸ができず、苦しさで意識が遠のいていく……。
*
息苦しさで目が覚めた。恐ろしい夢を見たものだ。
私は車に積んだ簡易的な寝台に、うつぶせになって寝ていた。
体に触れていた網の感覚は、今なおはっきりと残っている。おそらく、私は夢の中で魚になっていた。しかしながら不思議なことに、魚だった私は網をどうしても網と認識することができなかった。
窓の外を見ると、すでに日が高く昇っていた。私の体内時計がうまく機能しなかったのは、これが初めてだった。
積み荷から水を探し出して一口含むと、私は朝食をとらずにカラザへと向かった。
車から降りて改めてカラザを見上げた。昨日よりも少し大きくなっているのは気のせいだろうか。妙に静まり返っている気がした。
部屋への階段を上ったが、そこには誰もいなかった。まるで人気がない。昨日、女がのぼって行った階段からさらに上の空間にも行ってみたが、やはり誰もいなかった。この部屋には窓がなく、壁が少し厚いのか、薄暗く、不気味さが漂っていた。
一体どうなっているんだ。そう思いながら、再び一階下の部屋へと戻り、窓から身を乗り出して外を見た。この窓は私が車を止めた場所の、カラザを挟んだ反対側にあるらしく、そこには単調な灰色の平面が広がっているだけだった。そして、やはりというべきか、人影は一切見あたらない。その代わりに、真下にカラザの太い「根」が見えた。昨日よりも明らかに長く伸びていた。
下に降りて確認しようと、窓から離れようとした瞬間、体を動かせなくなっていることに気がついた。正確には、私が身を乗り出していた窓の枠が狭くなり、抜け出せなくなっていたのだ。カラザが、明らかにその形を変えたのだ。抜け出そうと身をよじると、枠の大きさはさらに狭まり、私の腹部を圧迫した。
カラザは、生きている。それどころか、意思を持っている。私はそう確信した。
とすると、今朝カラザが大きく見えたのは、大きさが変わっていたのではなく、私が寝ていた車に向かってカラザが移動したからではないのか……。そう考えれば、眼下で長く伸びている根にも説明がつく。
私は自分のうかつさを呪った。おそらく、ここにいた人々は何らかの方法でカラザに捕食されたのだろう。今は、それが私の番だという話だ。
捕らわれてはじめて、網という存在に気づく。
結局のところ、私もただの「魚」に過ぎなかったのだ。




