第21話 ローロア
「リリアベル! その作業が終わったら、ローロアの作り方を教えたいからこっちに来てくれるか?」
作業室の窓から少し身を乗り出し、少し離れた畑で爆発草の間引き作業をしているリリアベルに、エドモントが声を掛けた。
深く被っていた帽子のつばを上げて立ち上がり、リリアベルは大きく返事をした。
「わかりました! あと三十分くらいで行けると思います!」
エドモントは了承の意を込め、ひらひらと手を振って部屋の中に戻っていく。
リリアベルは再びしゃがみ込んで葉を切りながら、タニアに尋ねた。
「ローロアって、冷却剤ですよね? あれも薬室で作っていたんですね」
ローロアは、小さな袋に入った固形の冷却剤で、グニグニとした弾力のある常温のそれを暫く揉んでいると、徐々に氷のような冷たさになる。
梨々香の頃の知識で言うなら、ジェル状の保冷剤とカイロが合わさったようなものだ。
タニアは爆発草の葉を切りながら、うんざりした顔をした。
「そうなのよ。あの中身って、実はスライムと雪石の粉末に薬草を三種類混ぜてるんだけどね。元々は騎士団所属医師局が作ってたのよ。でもあの人達ってほんっと貴族意識が高いって言うか……まあ、簡単に言えば最悪じゃない? 『こんなものを作るより、国を守る騎士の治療に集中してあたるという崇高な仕事がある』とか言ってさ、作業がめちゃめちゃ遅いのよ」
「去年、エドがものすっごいキレてたもんね」
「え? エドが?」
マルコの言葉に、リリアベルは目を丸くした。
エドモントは口は少し悪いが冷静で、キレるタニアを宥めている方が想像しやすい。
彼自身が怒りを露わにすると言うのはとても意外だった。
「騎士団所属医師局の局長とね、仲が悪いのよ。いや、悪いって言うか、局長はエドを引き抜きたいんだけど、その言い方がすんごく悪いの。『せっかく戦場でも通用する腕があるんだから、王城薬室なんて温室もやしの集まりではなく、こちらに来ればいいじゃないか』とか言うのよ!? 誰が治療用の薬を作ってやってると思ってるのよ、あのクソキツネじじい!!」
タニアは切り終わって集めた葉を怒りのまま回収用の袋へ投げ入れ、鼻息を荒くした。
「ああ……ワイナー伯爵ですね。それは確かに……あの方なら言いそう」
リリアベルはタニアの言う人物がすぐに頭に浮かんだ。
騎士団所属医師局の局長は、ワイナー侯爵家前当主。
家督を息子に譲り、今は個人で賜っていた伯爵を名乗っている。
今は確か七十歳手前だったか、細身の体と釣り上がった目は、確かにキツネに似ている。
彼はマティアスと並んで参加する祝賀会でも、毎回嫌味を言うのだが、本人は至って親切心から放っている言葉なのでタチが悪かった。
思い出して怒り始めたタニアを無視して、マルコが言う。
「それで、キレたエドが『あんたらにはもう頼まん!!』って言って、ローロアの制作担当をこっちにごっそり持って帰って来ちゃった訳。ローロアは遠征の火傷の処置に便利でよく使うから騎士団の方が担当してたんだけど、それが変わったから使う度に王城薬室宛に面倒な申請が必要になって、エドモントが許可した分だけを渡すようになったから……まあ騎士団には打撃だよね」
「私たちも仕事が増えて地味にしんどいんだけどね」
遠い目をするタニアに苦笑しながら、リリアベルは回収用の袋の口をギュッと結ぶ。
まだ畑で別の作業をするという二人に御礼を言って、急いで汗を拭いて着替えると、作業室へと向かった。
「スライムって……乾燥するとこんな感じなんですね……」
広い作業室の一角。
たくさんの材料や道具が机に並べられ、その中央で存在感を放つ、姿見程の大きさで薄く透けた琥珀色の楕円形の板を眺めながら、リリアベルは言った。
元がスライムだと言われなければ、物凄く大きく広げられたべっこう飴のようで美味しそうだ。
机を挟んで正面に立つグレアムがくすくすと笑った。
「初めてだと驚きますよね。冒険者ギルドの方で核を壊さずに捕獲して、薬剤をかけて天日干しにすると勝手にこんなふうになるそうですよ」
「え……じゃあこれ、もしかして水をかけたら生き返るんですか?」
顔を青ざめさせて問い返せば、エドモントが「ぶっくく……」と吹き出す。
「いや、安心しろ。生き返りはしないから。感触が元に戻るだけだ」
「ふふ……。もし生き返ったらエドが倒してくれますからね。私と一緒に逃げましょう」
「いや、グレアムも逃げるのかよ」
笑いながら、ローロアの作り方を教わっていく。
乾燥スライムの板をバリバリと砕いて粉にし、雪の結晶を詰め込んだような乳白色の雪石の粉末と混ぜる。
さらにそこに大量のミントと、甘蜜蔓草──空洞の茎の中に大量の水分を溜める蔓状の草で、一般的には雑草に分類されるそれの汁を入れる。
そしてゴリゴリと混ぜ合わせた最後に入れるのは──。
「……爆発草の葉っぱ?」
「ああ。さっき大量に集めただろう?」
さっさと出せと言わんばかりに、エドモントにニヤリと視線を向けられリリアベルは驚いた。
タニアに「回収袋は作業室に持って行けば処理してくれる」と言われ、その通りに持って来ていたが、まさかそのまま素材として使うという意味だとは思っていなかった。
「まさか、これのために爆発草をお勧めしたんですか?」
「捨てる所もなくてお得だろ」
爆発草の葉には温度を保つ効果があるらしい。
最後に刻んだそれを混ぜ合わせると、ぐにぐにとした薄緑色の物体が完成した。
グレアムが匙でそれを掬い、小さな袋に入れていく。
「内側に防御魔法が付与された袋です。縁につかないように気を付けながら、七分目くらいまで入れて下さい。ちなみにこれ、濃い緑になるまで混ぜてしまうと冷却効果が始まってしまうので、混ぜすぎに気をつけて下さいね。直接触ると凍傷を起こしちゃいますよ」
良い笑顔で大事な事を最後に言われ、リリアベルは焦って気を引き締めた。
黙々と作業を続けていると、エドモントが尋ねた。
「ところで、来月の隣国との研究室交流、リリアベルも参加でいいんだよな?」
「はい。ぜひ同行させて下さい」
──研究室交流。
それは、国内や国外の薬草や医療関係の研究所同士で交流をはかり、薬学と医療の発展を目指す会だ。
薬室長が指定した代表者と、責任者である監督者、そして希望者が参加できる。
次の月に隣国の薬草研究所との交流会を控えていたが、その監督者としてマティアスが同行すると聞き、リリアベルも絶対に一緒に参加したいと強く主張していた。
(誰かが毒を作ってマティアス様を狙っているんだもの。解毒薬が完成するまでは、一緒にいられる機会はできるだけ私がしっかり見守って、彼を間近で守るしかないわ)
そう決意してマティアスに同行を願ったが、なぜか彼は珍しく難色を示していた。
「マティアスは了承してくれたのか?」
面倒そうな顔をしたエドモントに尋ねられ、リリアベルは眉を下げて微笑んだ。
「はい、何とか。まだ早いんじゃないか、としきりに言われてしまいましたけど」
「知見を増やすのに早くて困ることは無いだろう。じゃあ、今回行くのはマティアスと、リリアベル、グレアム、俺の四人ってことで、あっちの研究所に申請出しとくわ」
「はい、宜しくお願いします!」
勢い良く返事をしすぎ、危うく掬っていたローロアを溢しかけ、リリアベルは慌てて視線を手元に戻した。
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只今、コンテスト用の別作品を執筆中のため、こちらの更新をストップしています。
2月以降から次話更新予定です。
間が開いてしまい申し訳ありません。




