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第18話 ぐちゃぐちゃ

 ちょうど処置が終わったらしく、医師団員は軽く礼をして隣の患者の方へ移動し治療を続けて行く。


「グレアム! 大丈夫ですか!?」


 驚いて駆け寄ったリリアベルに、グレアムは眉を下げて微笑んだ。

 右手の親指から肘のあたりまでを包帯で巻かれ、大きく怪我をしたらしい事はすぐにわかった。


「ええ。すぐに処置して貰えたので、大丈夫ですよ。詳細はどなたかから聞きましたか?」


「逃げたグリフォンが暴れてしまったんですよね? その場に居合わせたんですか?」


「居合わせたというか……」


 グレアムは困ったように視線を泳がせ、ため息を吐いた。


「制圧途中にグリフォンが逃げた先が、王城薬室の薬草園だったんです。報告会の結果を受けて、私は薬の調合方法を医師団長と見直していたんですが、戻ったらすでにグリフォンが庭で暴れていました。翼で起こした突風が薬室棟の窓ガラスを割って……それを浴びて、この有様というわけです」


「窓ガラスを割っただって? それは凄まじいな。よく怪我がそれだけで済んだね」


 マティアスが驚きの声を上げる。

 王城の建物に使われるガラスは、防御魔法を付与した特別性だ。

 少し物が投げつけられたくらいでは割れないし、ヒビすら入らない。

 それを割ったというだけで、グリフォンの凶暴さや制圧の大変さが伺えた。


「エドが庇ってくれたんです」


「ああ、エドがいたのか。それなら納得だ。運が良かったね」


 グレアムの答えに、マティアスもフーゴも頷いている。

 リリアベルは理由がわからず首を傾げた。


「エドなら、どうして納得なの?」


「そうか。リリーはエドに会うのは、今年が初めてだもんね。エドはね、元々戦場の特務医師団にいたんだよ。毒に詳しいのもその時の経緯から。特務医師団は、仲間を治療するためにまず自分の身を最優先で守らなくちゃいけないから、入団するための防御魔術の基準が物凄く高いんだよ。その中でも、エドは魔法の展開速度が驚異的なんだ。エドが庇っていなかったら、グレアムの怪我はもっと重症だったはずだよ」


 説明されて、リリアベルは目を丸くした。

 無精髭を生やし、文句を言いながら作業している普段のエドモントからは想像できない内容に、驚きを隠せなかった。


「エドは、戦場にいた頃の話は、あんまりしたがらないですからね。楽しい思い出でもないでしょうし」


 眉を下げて肩を竦めたグレアムに、リリアベルは尋ねた。


「そういえば、エドは……他の皆は大丈夫なんですか?」


 グレアムは怪我をしているし、エドもその場に居合わせている。

 タニアとコンラートも、報告会の後であの場に残っているはずだ。

 

 不安な表情で尋ねると、会議室の入り口からよく知る声がした。


「おい、グレアム、終わったか?」


「噂をすれば、ですね」


 微笑んだグレアムの視線の先、入り口へ振り返ると、そこにはエドモントとタニアが立っていた。

 グレアムより範囲は狭いが、二人とも同じように腕に包帯を巻いている。

 タニアに至っては、頬と足にもガーゼがあてられていた。


「エド、タニア! お二人も怪我をしたんですか?」


「あら! おかえり、リリアベル! そうなのよ、本当に大変だったんだから。リリアベルは学園に行ってて大正解!」


 笑顔で駆け寄ってきたタニアに例の如くがばりと抱きつかれ、リリアベルはそのままよしよしと頭を撫でられた。

 普段通り明るい彼女の様子に安心したが、包帯やガーゼが痛々しく、リリアベルはおずおずと尋ねた。


「タニア……大丈夫ですか? 痛みは……?」


「えーん、心配してる顔も可愛い!」


 質問に答えず頬擦りをしてくるタニアを、エドモントが無理やり引き剥がした。


「だーから、お前はそういうのやめろ。マティアスを無駄に刺激すんな。リリアベルもそんな顔しなくていい。こいつも俺もかすり傷だ。顔のガーゼなんてなくてもいいくらいなのに、タニアが煩いせいで医師団員がわざわざ貼ってくれてんだよ。備品の無駄遣いだ」


「無駄遣いって事はないでしょー!? 私だって妙齢の女性なんだから、顔の傷は早く治ってほしいじゃない! むしろ一番重要な治療よ!」


「別に誰も気にしねえよ。研究員に必要なのは腕と頭だけだろ」


「そんなこと言うのは研究バカのあんたくらいよ!」


 目の前で元気に言い合いを始めた二人に、リリアベルは苦笑した。


「二人とも元気そうで良かったです。コンラート室長はご無事ですか?」


 その言葉にエドモントとタニアはぴたりと口論をやめ視線を交わすと、うんざりしたように肩を落とした。


「室長は元気よ。グリフォンが暴れてる間、室長室で優雅にお茶飲んでて騒ぎにすら気付いてなかったんだから。ただ……」


 ちらとタニアがエドモントを見ると、大きなため息と共に、彼が言葉の続きを引き継いだ。


「騒ぎのせいで、薬草園がめちゃくちゃなんだ。コンラート室長と騎士団がガラス片なんかは粗方撤去してくれたが、植え直しの作業がヤバい。防御魔法が弱い温室設備は全員やられてるし、リリアベルもできるだけ早く自分の温室と畑の復旧にあたってくれ。研究対象の植物には、区画所有者しか触れない決まりなんだ」


「本当にひどい状態だから、手伝いが必要なら遠慮なく言ってね? 許可があれば、一緒に作業できるから」


「治療も終わりましたし、私もこの後作業しに行く予定です」


 三人の話を聞いて不安げな表情をしたリリアベルの腰に、マティアスが腕を回して慰めるように寄り添った。


「皆の無事はわかったし、一先ずリリーも怪我の手当をして薬草園へ行ってみよう? 状況を見てみないと、何とも言えないし」


 優しい灰色の瞳に促され、リリアベルはこくりと頷いた。


 






 王城薬室の棟に戻ると、騎士達が魔法で瓦礫を撤去したり、グリフォンの通過経路の記録などをとっていた。


 廊下の窓にも所々ヒビが入り、大きく割れたであろう部分はガラスそのものが外され、窓枠のみになっていた。


「ひどい……」


 裏庭の薬草園に足を踏み入れると、リリアベルは絶句した。


 綺麗に整備されていた皆の畑は、植物が薙ぎ倒され、踏み荒らされ、ぐちゃぐちゃになっていた。 

 区画を分ける柵も倒れ、各人の温室は屋根や壁が破壊され大きな穴が空いてしまっている。


 リリアベルに与えられた区画もそれは同じで、温室は入り口付近の壁が大きく割れ、まるで壁が一つ丸々元からなかったかのように、中が丸見えになっていた。


 呆然と立ち尽くすリリアベルを見つけ、騎士団と話をしていたコンラートが声を掛けた。


「ああ、殿下と一緒に戻ったんですね。お帰りなさい。酷い有様でショックでしょうが、植物への影響が少ないうちに、急いで作業にあたって下さい。表の共同温室の中に急遽スペースを作りましたので、ニナニナはそちらへ運んで。他の植物も早めに植え直して下さい」


「わかりました」


 顔を青ざめさせながらも、言われた通り、リリアベルはマティアスとフーゴに手伝って貰いながら、ニナニナの鉢を共同温室に移動し始めた。

 倒れて土が溢れてしまっている鉢が多く時間がかかったが、なんとか枯らす事なく素早く植え直しながら作業を終わらせることができた。


 全ての鉢の移動を終え、一息ついたリリアベルは、並んだ鉢を眺めて気付いた。


「……()()()()()()……?」


 素早く鉢の列に視線を走らせる。

 何度も数え直したが、やはりニナニナの鉢が一つ足りなかった。

 それも、なくなっていたのは、一番綺麗に蕾を膨らませ、開花直前だったニナニナだった。


 リリアベルの心臓がどっと鳴った。


 ガーシャロの花を奪われてすぐに、ニナニナの花までなくなった。

 それはつまり──。


「マティー……」


 リリアベルは、顔を強張らせ、じわりと涙を滲ませてマティアスを見た。


「グリフォンが()()()()()()()()()()()、詳しく調べてほしいの。……()()()()()()()()()()()()が、見つかるかもしれない」


 グリフォンが暴れたのも、きっと偶然ではない。

 ガーシャロとニナニナを奪った犯人は同じ。

 

 誰かが花を集め、マティアスを殺すための毒を作ろうとしている。


 リリアベルは、そう確信した。


次回更新は2025年12月17日水曜日のお昼を予定しています。

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