表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

野良ジョーンズ Don't Know Why

作者: 猫小路葵

 那奈(なな)は猫が好きだ。

 独り暮らしのアパートはペット禁止なので、かわりに公園の猫たちを可愛がっている。

 今朝も早くから那奈が公園に行くと、さっそく何匹かの猫が『ニャ~ン』と鳴いて寄ってきてくれた。

「おはよ~」

 つい猫なで声が出てしまう。

「今日もかわいいねえ、いい子だねえ」

 ハチワレ、キジトラ、三毛、茶トラ……

 みんな今日も元気だ。

 そこで那奈はふと、そばの茂みから視線を感じた。

 振り向くと、葉っぱの陰からビー玉みたいな(あお)い目が那奈を見つめていた。

 はじめて見る顔だ。

 毛の色は銀に近くて、ひげも銀色に光っていた。

 けれど、全体的に薄汚れた印象だった。

 那奈は「おはよう」と声をかけてみた。

 銀色は、那奈を警戒するように、ただじっと見返すだけだった。

「お腹すいてるの? ……って、わかんないか」

 那奈は、鞄の中を探ってみた。

 猫のおやつは全部ここの子たちにあげたけど、自分用に持ち歩いているものがある。

 那奈は鞄の内ポケットから小さな羊羹を取り出した。

 小腹がすいたとき用。

 とっておきの『とらや小形羊羹 夜の梅』だ。

 じつは猫って、あんこ好きな子もけっこう多いのだ。

「……食べる?」

 那奈が差し出すと、茂みの中の銀色はまずペロリと舐めてみて、そのあとはムシャムシャと食べた。

「おいしい?」

 そんなに急いで食べなくていいよ、と那奈は笑った。

「ジョーンズ」

 那奈は銀色に名前をつけた。

 野良のジョーンズ。

 ノラ・ジョーンズ。

 那奈の好きな歌手にちなんでつけた。

 公園の先住猫たちは、新入りのジョーンズにゆっくりと近づいて、観察した。

 その間ジョーンズはじっと動かず、先輩方の審査が済むのを待った。

 敵意はないとわかったのだろう。

 先住猫たちはジョーンズを追い払おうとはせず、仲間として受け入れたようだった。

「ジョーンズをお風呂に入れてあげたいなあ」

 薄汚れたジョーンズは、毛もボサボサだった。

 洗えば見違えるくらいキレイになるはずだと那奈は予想した。

「あなたはどこから来たのかな」

 那奈の問いに、ジョーンズははじめて口をひらいた。


「ノルウェー」


 あ、しゃべった。

 ――日本語わかるのかな。

「ノルウェーから来たの?」

 ジョーンズは頷いた。

 銀に近い金髪の、碧い目の青年。

 たしかにプラチナブロンドは北欧の人に多いと聞く。

 公園の猫たちが『ニャン』と鳴きながら新入りのジョーンズに体をこすりつけた。

 猫たちの愛情表現にジョーンズは目を細め、猫たちの背を優しく撫でてやった。

 ジョーンズは髪も乱れて、衣服には転んだような汚れがついていた。

 見た感じ旅行者っぽいのに、荷物も持たず、朝からこんなところでどうしたんだろう。

 ジョーンズは困った顔をして言った。

「オカネ、トラレタ」


 ジョーンズが片言の日本語で那奈に言うには、彼は昨日日本に着いたばかり。

 夜、路上で呼び込みに声をかけられ、ついていった店で飲んだら法外な金額を請求されたのだとか。

 支払いを拒否すると店の奥から怖い人たちが大勢出てきて、荷物を奪われ、放り出された。

 わけがわからず、朝になるまでこの公園に隠れていたらしい。


「ジョーンズ、かわいそうに! どうしてすぐ警察に行かなかったの!」

「ドウシテ、イカナカッタ、ワカラナイ」


 那奈はジョーンズに付き添って警察署に行った。

 悪い人たちは捕まって、ジョーンズの荷物は無事に戻った。

 彼の本当の名前もわかった。

 野良ジョーンズは、もう野良ではなくなった。


 ひと風呂浴びた彼は、那奈の予想通りなかなかのイケメンだった。

 また、無類の猫好きであることもわかった。

 とらやの羊羹も気に入ったそうだ。

 ふたりはすっかり仲良くなって、那奈は現在ノルウェー語の習得に励んでいる。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ