5.才能の開花
✢¦✢
「ふぅ…何体だっけ。四と一体か…。終わってんのかな、あっちは」
そう言う人物の足元には一体の巨大な魔物が横たわっていた。
動物だった跡形は曖昧なほどに変形している。
魔物の腹は大きく引き裂かれ、腹部は大きく凹んだ跡も。
大量に出血し、灰になって散って行っている。
魔獣化した場合の対処方法は二つあり、一つは単純に殺す。
もう一つは、浄化すれば良い。
ただ浄化自体行える魔法師がほぼいない。前者がほとんどを占める。
魔物の場合は、魔獣化から魔物化にまで進むと一択になる。
それは〝殺す〟ただ一つだけになる。
最後はゆっくり灰となって散り、骨も血液も残らない。
学院からそこまで遠くない動物園。
〈上位魔法師〉であるリビードーは魔獣化繁殖の穴場の一角にいた。
リビードーは既に戦闘を終え、対処し終えていた。
残りは魔物が数時間掛けて灰となって散りゆく。
それだけだった。
払暁の時間まで働き続けた身体は今にも悲鳴をあげかける。
リビードーは眠気を我慢し、ある一箇所に歩みを進める。
動物園という場所には『魔』にされる基盤になる『動物』がいる。
そのため〝魔獣化繁殖の穴場〟なのだ。
常に見張りとして常駐していた中位魔法師達からの連絡が入った。
今日担当だったために案の定、回ってきた。
魔獣化した獣達に対処すべく、リビードーそしてもう一人。
二人は園内を二手に分かれて動いていた。
「終わったかー。師匠様は二十分も前に終了してるぞー」
棒読みで鼻に付く言い方をするリビードー。
呼びかける視線の先には空中に浮いている人物の姿。
フードを目深に被り、黒と紫色を混ぜたようなローブに身を包んでいる。
左肩には刺繍が施され、その人物はリビードーの声に地へ下りる。
そして指を差す。
「ふっ、どんだけ浄化してんだよ。ほぼ元通りじゃないか」
指で示された先には魔獣化で暴れていた動物達の姿。
浄化され、魔獣化が解け、元の動物の姿に戻っている。
寝ている動物もいれば、元気に動き回っている動物もいる。
なんつぅ浄化力だよ。
それに多少の歪みはあれど、柵もほぼ壊れていない。
ローブ姿の人物は汚れ一つ無い。
対してリビードーも似たように、魔物の返り血を少量の手に付けているだけだった。
ここは動物の数が多く、土地の広さも広大だ。
情報が来た時点で繁殖は始まっていた。上位といえど全てをカバーするには疲れる。
一人より二人の方が疲れない。
単純に考えた結果〝魔法の幽才〟をよんだ。
それだけだったけど、正解だったな。
「報酬金は振り込んでおくから、気をつけて帰れよ」
顔をフードで隠したままの人物は親指を立てる。
「シャキーン」という効果音が鳴っていると思わせるほどに。
するとローブの人物は、リビードーの手を指差す。
「あぁ返り血な。魔物いたからな。時期に消えるだろう」
するとハンカチを取り出し、リビードーに投げ渡す。
風にのって上手くキャッチしたリビードーは返り血を拭く。
時期に消えるだろうに。
ま、ありがたくはあるか。
ローブの人物の好意にリビードーは仄かに薄く笑顔を浮かべる。
「珍し。ありが、とう。って…もういない」
汚れを拭き終わる数秒の間だった。
正体を隠す人物は既に周辺には居らず、姿を消していた。
鼻で一笑し、手には折り畳んだハンカチを握る。
「二十体以上、か」
その後、中位の魔法師達に動物園の修繕を言い渡したリビードーは、場を後にした。
学院に戻ったリビードーは職員室へ。入った途端にソファーに横になる。
リビードーにとって職員室は自室のようなものだった。
それから数時間後。
気づけば辺りはもう春宵の色に染まり、体を起こしたリビードーはすぐにスマホを確認。
そこには妻からの着信が数件。
段々とリビードーの顔色は色褪せていった。
「こ、殺されるかな…」
✢¦✢
「おばあちゃん。おじいちゃんはどこに行ったの?」
何気なく聞いた朱鈴の質問に、祖母は最初とても悲しい顔をした。
でも次は困った顔をして、でもまた次は笑顔だった。
「そうねぇおじいさんはね。幽霊になっちゃたの」
四歳の朱鈴にとって理解できることは多くなかった。
突然消えた大好きだった祖父。
祖父は朱鈴と植物の図鑑を一緒に読み、漢字を教えてくれていた。
朱鈴にとって、おじいちゃん。そしておばあちゃんは育ての親だった。
「幽霊ってなぁに?」
「ぁ…ふっ――そ、そうねぇ。幽霊っていうのはね」
「いうのはねぇ?」
「目には見えないけど、近くにいてくれる存在、かな」
「近くに…じゃあ、おじいちゃんは私の近くにずーっと、ずーーっと居てくれてるの?」
無邪気に聞きたいこと、疑問に思ったこと。
感じたこと。知りたいことを問いかける。
朱鈴を見ているはずの祖母。
ずっと笑顔であっても悲しそうで、祖母の目は遠くを見ているようだった。
「ずっとは無理かな。でも…そうだな。朱鈴が大丈夫だって思えるまでかな」
「わたしが、大丈夫?」
祖父が姿を消してから家には写真が飾られるように置かれていた。
お花は定期的に飾られ、お菓子も置かれていた。
突然いなくなった祖父。
それから自然と祖父の写真の前で植物図鑑を読んでいた。
分からない漢字があっても、祖父以外の誰かに聞かない限り、もう答えてくれなかった。
一度教えられた漢字は一度で覚え、自分の知識とした朱鈴。
それでもまだやっぱり子供で幼くて、読めない漢字も増えて行った。
祖父がいる頃は平仮名だけを読み進め読んでいた。
時間がある時は忙しそうな祖父に聞き「偉いな、すごいな」と、髪をクシャクシャに撫でて、褒められていた。
「そう。朱鈴が自分のぜーんぶを知って」
「しって?」
「石の置物に花を持って行って。朱鈴が笑顔で、お話ができた時」
「お話はできるよ!今だってほら、話してるもん!」
「ふふっそうねぇ。でも大丈夫。その時になってお話がちゃんとできたら〝大丈夫〟ってなるの」
あやふやになった意味に、首を傾げる。
朱鈴はパッと明るい表情に一変し、祖母に近寄る。
祖母の膝に手を置き、ゆらゆらと揺らす。
「お石の所には何の花がいいの?」
「そうね。三つ…三種類お願いしてもいいかな?」
「うん、いいよ」
「それと朱鈴、これはね――」
祖母は朱鈴の手を包むようにして握る。
その手はちょっとシワシワで細くて、でも体温を感じた。
朱鈴は片手を祖母の手の甲に乗せ、『未来への約束ね』と言った。
✢¦✢
風通しのない部屋は真っ暗。
春光が一ミリとして入ってこないカーテン。
パソコンやテレビも真っ暗状態で、スマホは机の上に適当に放置されていた。
この家の主人である朱鈴は頭から毛布を被り、眠りから覚めようとしていた。
午後十五時を回り、放置されていたスマホから音が鳴り響く。
「ん、ううぅ」
いやいやながらに体を起こし、目覚ましの音を消す。
ベッドの棚に置かれている櫛を手に取り、毛先を通す。
毛先が終わり、二回に分けて旋毛からも通す。
朱鈴は瞬きを繰り返しながら、昨日の悔やみを思い出してしまう。
アツミゲシ欲しかった。コレクションにしたかった。
今となってはもう諦めて…。いや本来なら、諦めたくないけど。しかたない。
あの後、警察が到着し男は気絶したまま運ばれて行った。
朱鈴は紗綴と碧羽、そして柊霞の三人に対応をしてもらい、朱鈴は裏から帰った。
髪を解き終えた朱鈴は櫛の置いてあった棚に輪ゴムを二つ見つける。
軽い気持ちで一つを右手首に通す。
それから一つは小指を通して人差し指に掛ける。
鉄砲のようにして朱鈴と対角線上。
ゴミ箱上に置かれているペットボトルに指を指す。
いけるか。
朱鈴は狙って放ったが、ペットボトルは少し動いた程度、
掠りはしたものの物自体は倒れず、朱鈴の左目には〈遠近視覚全方位の魔法〉が現れる。
「やっぱ、私は無ければな」
左目は魔法によって強化され、狙い通り二発目は正確に直撃した。
ガタンと音を鳴らして、ゴミ箱へと落ちる。
一発目を外したことでモヤモヤしていた気分は晴れる。
「ふースッキリした」
ベッドから下りた朱鈴は一度洗面所でうがいだけ済ませる。
部屋に戻ってきてからは昼にも関わらず年中夜の部屋の椅子に座る。
それからパソコンを起動し、出て来たネットニュースに目を通す。
「動物園にか」
一〜五位までの全てが魔獣化についての情報で埋め尽くされている。
朱鈴は二位から順にクリックし、淡々とした感情で読み進める。
『―魔獣化の一日の件数増加―平均八件』
五位までは魔法系で六位からは企業系さん、か。
俗に言う〝お金持ちさん〟なのかな。企業の社長さんって。
それに平均が八件。とは言っても報告された情報だけだろうな。
でも怪我人や死亡者がいないだけ凄いのか、良い方か。
怪我人や死傷者がいないということはとても良いことを示す。
しかしその分、誰かが働いて退治をしているということにもなる。
現在魔法師レベルは知らない朱鈴。
ただ昨日の紗綴の話と組み合わせて考察すると、上レベルの人が相手をしていると予想は付いていた。
上位の魔法師さんは大変そう。徹夜続きだったりしてね。
朱鈴は他人事のように肘を机に付けて、画面をスクロールする。
欠伸を何度か繰り返す。他人事のような感情で不思議相談所の掲示板を開く。
時々口をモグモグと動かす。
「むぐぅー、むぐ」と擬音語を発しながら頬を指で抓る。
「よぉしぃ。植物、お毒!…恵まされて!」
朱鈴は胸の前で手を合わせ、刻むように何度か叩く。
平常心ではいられない毒への好奇心。
そして植物毒へのわずかな耽溺。
最後の一回を強く手を合わせて目に輝きを灯す。
マウスに手を伸ばし、気になる依頼を見つける。
この場で解決出来そうだな。
朱鈴は気になった依頼をカチッカチッとクリックする。
「あ、これは。温暖な場所か」
一つの写真に目が止まり、独学による好奇心と探究心から蓄えた知識。
朱鈴は豊富な造形知識から一目見ただけで分かった。
『この写真に写っている赤い花のような植物について教えていただけませんか?
花弁が内側に反り返っているように見えるのですが、有毒性があるのか、あるいはそもそも植物の名前が分かりません。
この写真を撮ったのは冬頃で、その後いつの間にか姿を消してしまいました。
直接関係があるのかは分からないのですが、犬を飼っており、同じ時期に強い下痢や嘔吐を繰り返し、脱水症状を起こしたことがあります。
何が原因だったのか分からず、不安に思っています。どうかご助言をいただければ幸いです。』
これは少し珍しいというか、この花は――。
画面に表示されている写真。
花とはあまり思えない、円筒状の尖った先端をしてる花弁。
色は鮮紅色で垂れ下がるような形をしている。
「ペット、強い下痢や嘔吐…。脱水症状」
単純に考えた場合は、何か良からぬ物を食べた。
それが一番しっくり来る。
ただそれが何か――。
冬にあった赤い花は消え、写っている葉は細めの曲線。
幅は薄めだけど多少長さがある。葉がギザギザとしている感じの特徴がある。
「うん、完全にアロエ。キダチの方かな」
キダチとは、キダチアロエのこと。
朱鈴は画面に向けた笑顔で、コレクションのための写真をダウンロードしていく。
「ま、それよりも。キダチさんの花を見れるって、ありがたや〜だな。写真もコレクション決定だね」
今回のケースは日当たりや温度、肥料、その他。
それらの条件が偶然にも多分の可能性で揃っていた。
でなければ、キダチアロエは開花できない。
送られてきている写真と依頼文に目を通し、何度もスクロールして画面を動かす。
依頼人の文章からして、手入れをしていた様子はない。
多分。
そもそもキダチアロエは、人間と犬では毒の重みが違う。
例外もいるが、アロエは食べすぎてはいけないものだ。
下痢やお腹の調子が悪くなる。その事は人の間でもよく知られている。
しかし犬にとっては――違う。
犬は中毒症状を起こす。
可能性は低めではあるが、ひどい場合は臓器に異常をきたすこともある。
ただそれは全て同じではない。
それぞれの体質からも関係し、生まれ持った何かにより、生物それぞれ皆違う。
朱鈴の中には既に、見解はあった。
要するに犬は、花が取れた後のアロエの葉を口に……。
それは一時的な空腹や遊びという好奇心からだったのだろう。
朱鈴には、分からなくはない感情で心理だった。
でもそれが原因で体調に異常を…。考えもしなかっただろう。
その証拠に写真のアロエの葉には、噛み跡のような跡もある。
時が経ったことで、葉から跡は塞がれたが、形は薄く残っていた。
ま、そんなところだろう。
「――医者いらずでも、時や使用方法。命ある生物によっては〝毒〟にもなる、か」
キダチアロエは火傷や擦り傷。便秘、肌の保湿などなど。
色んな方法で民間薬として利用されてきた歴史がある。
何よりも〝百種類以上〟の有効成分が含まれているといわれている。
そのためか、別名で『医者いらず』とも呼ばれている。
「ま、そ・れ・よ・り・も!フヒヒヒ。フヒャー!ア、アッロエ!ふふふっヒッヒッヒ…」
保存したばかりの写真が大きく表示さた。
朱鈴の目には好奇心から輝きが灯される。
不気味な笑い声が飛び交い、机にはリズムよく手が打ち付けられる。
加減無く打たれる机は揺れ動き、朱鈴は突然勢い良く立ち上がる。
椅子は反動で後ろへバックする。
ドアにぶつかり、大きな音をたてた。
しかし椅子のことなどお構い無しに朱鈴は独自の世界観へと入る。
うっとりとした表情を浮かべ、「はぁ最高」と一人囁く。
愛でるような瞳をする朱鈴は、写真によって幸せを感じた瞬間だった。
✢¦✢
朱鈴名義になっている広大な地。
周りには崖もあって自然も多い。
人通りはほぼ無く、倒れたら一週間以上は確実に見つけられない。
そう思わせるような神秘的な森の一角の場所。
そのため朱鈴は自分の魔法の練習に今でも使っている。
それに自然が多いということは朱鈴にとって、極楽な土地だった。
「じゃやってみよ!」
アロエの興奮から目覚めていな朱鈴は、ハイテンションで拳を握り、手を空に伸ばす。
その姿に理由も原因も知らない紗綴、柊霞、碧羽の三人は困惑と不思議が混ざった目で首を傾げる。
「あのさ鈴。なんでそこまでテンション高いの?わざとか頑張ってる?」
「ん?・・・あ。――さっさとやれ、くだしゃい、さい」
紗綴に言われた朱鈴は人前だと脳が認識し、我に返る。
朱鈴はいつも通りにパーカーのフードを深く被る。
「まず、的を〈視幻覚魔法〉を使って作り出すので、これで打ってく、くだ、す、さい」
手元に持っていた大きく長いケース。
チャックをスライドして開けると、ケースから顔を出したのは狙撃銃だった。
朱鈴はケースから全体を取り出していく。
目の前では取り出される朱鈴以外の全員が息を飲み、騒然とする。
朱鈴は近くにある大きな石を魔法で呼び寄せ指で操る。
大きな石は浮き上がり、平地の真ん中に置かれる。
この銃重いんだよね。
総重量十一キロ以上あるし。
ま、命中距離は長いし、いっか。
石の上に狙撃銃(バレッドM99)を設置した朱鈴はフーっと、一息付く。
あぁ重かった。
「鈴、いや、朱鈴。銃刀法違反で捕まりたいの?」
「大丈夫。魔法店からのやつで、ちょっと、いや結構?私がいじったりはしてるけど。あ、これで撃って」
「ひ、ひ、人を殺すのか?今から柊霞は」
「?…人を殺す?銃弾はないよ。本人の魔力で作るから」
紗綴と碧羽に驚かれ、引かれながらも、淡々と答える。
朱鈴は柊霞の方に首を上げて「どぞ」と伝える。
一応の安全性を会話間で伝え終える。
柊霞は設置された場所へ行き、膝をついて銃に触れる。
「あ、待って」
一番大切な事を思い出し、銃の先端に触れて魔力を注ぐ。
そして場所をバラけさせるように指で位置を決め〈視幻覚魔法〉で的を十箇所作り上げる。
「そのままスコープを見て。それと色々面倒な部位は取っ払ってあるから、魔力を注ぎさえすればいつでも…あ、ごめん、敬語」
「別に敬語はいらない」
「え、いいの」
既に敬語曖昧になってるけど。
「――気にしない。苦手そうだし。このまま打って良いんだよな」
「うん。一旦、真正面の的をね」
朱鈴は柊霞の心の寛大さに、少し感心する。
柊霞は銃に手を置き、スコープを覗き込む。
トリガーに人差し指を掛ける。
見ていた朱鈴は〈遠近視覚全方位魔法〉を左目に宿し、フードを剥ぐ。
真正面の的を柊霞の一メートル程後ろから見る。
そして柊霞はトリガーを引く。
魔力の籠もった銃弾は無音で刹那に走る。
朱鈴の左目には拡大された的が映し出され、深い傷が的に付いていた。
一発目にして中心から約一ミリのズレ。
ここからが長いのか。それとも既に掴んだか。
でもやっぱり、間違ってなかった。向いてる。
――いや…一発でこれは…。
朱鈴は隠しきれない微苦笑を浮かべた。
銃から手を離し、立ち上がる。
朱鈴に背を向け、立ち竦む。
柊霞の息を飲む声に朱鈴は「開花――したね」と、静かに言った。
「…あぁ」
✢¦✢




