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4.植物は少女の好奇心


✢¦✢


自然の木の香りがかすかに漂う、二階のテラス席。

柵沿いのテーブルに、男子二人が椅子を斜めにして座る。

側に朱鈴と紗綴は紹介のため立っていた。

しかし朱鈴は紗綴の背中に隠れるようにして距離を取る。

決意はある。決心もした。

それでも恐怖の全てがないわけではない。


「隠れてるこの子が朱鈴ね。目は合わせないでね」

紗綴が二人に対して伝える。


それでもどうせ、誰も聞かない。

無駄な疑問が返ってくるだけだ。

「なんで、どうして」…そんな疑問の返答しか帰ってこない。


「了解。朱鈴ちゃんの事は、鈴ちゃんって呼んで良いかな」

和みやすそうに言うのは碧羽。


「分かった」

柊霞はその一言だけを言葉にする。


二人の声、そしてその言葉に。

朱鈴は紗綴の背中に指で文字を書く。


『へ・ん・な・人』


「ふっ。でも今のところ悪い人たちではないでしょ。言葉だけね」

「紗綴、俺達の評価落とすなよ」

「はいはい」


朱鈴は紗綴の背を盾に、フードを脱ぐ。

そっか、――伝えてくれたんだ。ちゃんと。

それなら礼儀として私も…――よしっ。

胸に手を当て一呼吸置く。

朱鈴は下を向いた状態で一歩前へ出る。


「さっきの、鈴ちゃんでいい、です。――それと」


一歩前へ出た先にいるのは柊霞。

朱鈴はこの人だと分かっているものの確信が持てない。

確認のため後ろにいる紗綴を見る。

するとちょうど目が合い、紗綴は頷く。


「柊霞、目を瞑って」

紗綴に言われたままに柊霞は目を閉じる。


朱鈴は近づき、黄緑の光〈観脈彩視魔法〉を淡く手に漂わせる。

柊霞の身体に手を近づける。

そして足、腰、腹、胸、両腕、両手、首、顔、頭の順に全身を探る。

優れている部位や、弱い部位。

全体的な魔力は色で示される。

色の順が高い (優れているものから)

『紫、青、赤、黄色、白、黒』で示される。


終わった朱鈴は小さな音をたてて一歩下がり、考え込む。

柊霞はゆっくりと目を開け、視線を床に向ける。


これは…多分、普通に魔法の授業を受けても才能は伸びない。

下級・ギリ中級は頑張っても

――この人の伸びるべき才能は活かされない。

この人の場合は、専任の先生とかを付けたほうが良い気がする。

大前提、魔法の授業では、体力づくりは優先されない。

魔法一つ一つの技術が最優先。それでも、この人は走りが速いはずだ。

脚中心に、紫や青の色が混ざっていた。筋肉を効率的に使うための身体機能は既に備わっている。

それに、多分…。


「今のままだと、並から並ちょっと上程度止まり、で、す。極めたいなら言えることはある、ます」

「…頼む」

「貴方は多分、走るスピードが一定的に速い。結構なスピードだとおもう、あいま、す」

普段敬語を使わない朱鈴。

そのため敬語というのは難解な言葉の一つだ。朱鈴は説明自体は下手ではないが、最後だけ躓いてしまう。


早く説明…終わらせたい。

変なカタコトだし、――最後は何語ですか?って自分でも突っ込みたくなる。

ぁあぁ……、オドオドしてるって思われてそう。


「あと、視力が相当優れている。集中力も高く、五感を最大限に使えさえすれば、はい…」


側で聞いていた紗綴と碧羽は顔を見合わせる。

二人は目を見開き、驚いた表情が面のように張り付いている。

説明は終了した朱鈴。

だったが、落ち着けないままでいた。

なぜなら柊霞との間には、〝静寂のような時の空間〟が流れていたからだ。

救いの手である紗綴は、驚きで固まっている。


え、どうすればいいの…。

舞台で言うなら幕は閉じたよ!

終わったんだけど…もう言うことは終了しましたよぉ。

――うん、よし。

これは一歩下がって…うん、下がろう。


朱鈴はサッーっと、一歩下がるようにして紗綴の隣に立つ。


「なんか凄いね。能力や身体検査を精密に受けてる感じ」

「私も驚いちゃった」


「俺は、どうすれば良い」

明らかに私に対して問われているよね。…どうすればいいか、か。

私が出来なくもない。

でも一対一で、…マンツーマンでってことになるんだよね。

それは――私が厳しい。


口を噤み、考え込む朱鈴に紗綴が口を開く。

「鈴、教えられるってことでいい?三対一で」


サッと反射的に顔を上げる朱鈴。

紗綴とちょうど目が合い、紗綴は柔らかく微笑む。


「…あ…っ。うん、それなら出来る――でも、ぁ、毒が恋しい」

「え、毒が恋しい?」

碧羽に反応された朱鈴はサッと手で口を塞ぐ。

ポロッと出た本音を聞き間違えと思わせるようにして。


ポロッと、いや、ボトッと本音が出てしまった。

だってだって、……この時間さえ本当は惜しいし、うぅ…解きたい。それか植物の写真も見たい。


朱鈴は人との関わりには興味がない。

ただ毒や植物に対しては別で、人の何十倍…いや、何百倍にも好奇心や探究心がある。


その気持ちが爆発寸前の朱鈴はついに、

――強盗とかが突然入ってきて、毒の何かを!とか夢のようなドラマは起きないかな〜。


そんな風に内心、朱鈴は考え始めていた。

現実味の薄い妄想。

そこから、朱鈴はあることを思い出す。


「あ、」

「ん…?どうしたの」

「ふふ。これを受け取ってね」


ある事についてのメモを紗綴に、裏を表にして渡す。

紗綴が表にして、そのメモを見た時だった。

先程まで穏やかだった紗綴の表情は一瞬で一変。

般若の表情に変わる。


朱鈴は申し訳なさ。

そして怒られると分かっていることから一歩程の距離を取る。


最近多いのかな…。

それとも流行りの一種なのかな。

――〝店の公式掲示板に強盗予告をするのは〟


「しゅーりーん」

「ははっ。優しい紗綴さんに戻ってよぉ。最近の流行なのかもじゃん!ね」

午前中は忙しそうだったし、…見てないけど。

それでも多分、サイトも見る暇はなかった。それ程忙しかったのだろう。


「ほらあれだよ。予告、事件〜♪ってやつだよ」

呑気な朱鈴は紗綴の怒りゲージを上げていく。


「えっと、何の話をしてるの」

大抵のことでは静かに聞いていた碧羽。

流石に二人の中だけで通される会話をされてもね。

尋ねたくなっちゃうよね、うん、分かるよ。

共感しながらも朱鈴は屈み、靴紐を固く結び進める。


「うーん、なんて言えば良いんだろう。じゃあ十秒で」

立ち上がりトントンと床に、押し当てる。

顔をそっと上げ、朱鈴の目には真剣さの含まれる目。

そして一呼吸。


「え、…十秒?」

「うん、あ、解決まで?かな」

朱鈴の言葉に納得できず、碧羽は首を傾げる。

柊霞は視線を呼吸をする朱鈴の顎下にそっと目を留める。

紗綴は朱鈴の渡した紙を握りしめていた。


視線を紗綴に一瞬向けたものの、朱鈴は静かに目を閉じる。

無の気持ちで集中する。

一定の環境音――建物――人の……匂い。


そして――風鈴の綺麗で儚げな…


〝リン〟――という音色。


それは春の静寂を裂くように、朱鈴の耳にだけに…届く。

瞼を静かに開けた朱鈴は瞬時に行動する。

柊霞と碧羽が使っているテーブル。

その中央に手をつき、素早く二階の柵へと足を掛ける。

細い柵の幅に難なく立つ。

まるで慣れているようなバランス感覚を一秒程披露する。

そして次の瞬間――細い柵の幅を地として強く蹴った。


朱鈴の視線はただ一点――扉の向こうだけを捉える。

身体が宙を描くように。

身を空気に任せるように跳躍する。


――すると、ちょうど開かれた扉。


そこから飛び出してきた男の顔面に、朱鈴の靴裏が寸分の迷いもなく叩きつけられる。

乾いた衝撃音に、一撃で男の頭がのけぞる。

最後は虚を突かれた男の表情が崩れ落ちる。

その瞬間、朱鈴の口元にかすかな――笑みが浮かぶ。

目は変わらず、ただ広角だけが一瞬、…冷たく上がった。


コンマ秒の出来事に、男はそのままゆっくりと倒れる。

スローモーションのように背が床につく。

朱鈴は身体を捻りながら後ろに回転し、軽やかに着地をした。


「よっ、と…ごめんね、直撃しちゃった」


倒れた男に近づき、顔の前で手をひらひらと振ってみる。

男は無反応で鼻血を出し、目は見事なまでに白目。

その状態で――気を失っている。


心配になった朱鈴は男の側に近づく。

小さく首を傾げ、声を掛ける。

「……生きてる、よね?」

ドアは完全に閉じており、男は室内に横たわっている。


まぁ外よりマシか、私が蹴ったって疑われないし。

いや事実、直撃はしたけど、うーん……いっか。

やりすぎたかなと思いつつも、反省という言葉は朱鈴にはない。


…ん?ズボンの後ろに何か、ある。

朱鈴は仰向けで気絶している男を押すように動かす。

すると男のポケットから顔を出したのはある花。


あれ、あれ、待ってこれって…

――望んでいたドラマティックな流れでは!


朱鈴は瞼を開き、瞳を輝かせる。

朱鈴はコップから水が溢れ出る寸前の〝好奇心満載状態〟。

ドタドタと二階から駆け寄る二つの足音。

そして歩く足音。


「鈴!ぁ…大丈、夫……ぽいね」

「うん。それより見てよ、この花!」

所持していた男のポケット。

そこから、まるで自分の物かのように自然と取り出す。

紗綴と碧羽は何のことか分かっていない様子で、きょとんとした表情。


「アツミゲシ」

気絶している男の左横に屈んだ柊霞のたった一言。

その花の名前を当てられた朱鈴はパーっと明るい顔をする。


「そう!アツミゲシの多くは紫色なんだけど、稀に薄紅色のものもあるの!…はぅまさかその稀が見られるなんて。今日はなんてついてる日なのでしょうか!――っふふ」


朱鈴は完全に視線のことなどお構い無し。

いつもは自分から目を絶対に合わせない朱鈴。

しかし毒や植物に対しては違うのだ。写真を見るだけで恐怖心が一時的に失せ、興奮状態に陥るのだ。


朱鈴は、自分から視線を二秒程合わせた。

しかし互いの顔がぼんやりと瞳に映された時だった。

柊霞の瞳がほんのり――大きく開いた。


ただ朱鈴はその瞳の揺れに気付いたにも関わらず、一切気に留めない。

アツミゲシに恋をしているような目。

そんな目で朱鈴は、夢中に、アツミゲシと見つめ合う。


黒っぽい斑点がほんのり。花弁は薄いピンク。

葉は、ギザギザしてて…それに、深く切り込まれている!

そして、そして葉は茎を抱っこする感じに――優しぃーく広がっているぅ!

細かな毛達は茎を覆っていて、

全体がちゃんと「ピンっ!」って感じに真っ直ぐだ!

くぅうう――はぅ最高……。


朱鈴は内心から興奮が止まらない。

珍しくも自分から説明をしだす。


「ただね。法によって栽培が禁止なんよね。

――ま、だからこその、み・りょ・く。ねぇーアツミちゃん」

周りの目など関係なく、あだ名までも付ける。

朱鈴は少しだけ花に顔を近づける。

珍しい花を拝むように見回す。


「中心に行くほど黒くて…乾燥すると、パラパラと種が。…ふふ、ほんと綺麗」

朱鈴が植物の興奮状態に浸っている間。

スマホでどこかに電話をかける紗綴。


「え、紗綴何してるの?」

「警察に電話よ。強盗犯と、その花のことも。あんまり触れちゃダメだからね!」

紗綴は少し離れた柱の側へ歩き、通話を始めた。


はぁそろそろ別れの時か。

朱鈴は切なげな眼差しをアツミゲシに対して向ける。


「……さよなら、薄紅の奇跡」


静かに男の胸にそっと花を置く。

拝む様に見下ろす朱鈴は小さなため息をついた。

コレクションにしたい、でも寂しながらに、お別れが近づく。

そんな現実に対してだった。


朱鈴はコレクションにしたい欲に勝つように――往生際よく手を離す。


✢¦✢


彼女は相当毒が好きらしい。それか植物の毒が好きなのかもしれない。


普通アツミゲシが見つかったら大騒ぎになってもおかしくない。

それなのにあだ名を付け、喜びから興奮。

それらの感情が抑えきれていない。


二階にいたときとは性格も表情も違いすぎる。

まさに――不思議な少女だ。


毒が好きとはどういう感覚なのだろうか。

俺には分からないし、考えたこともなかった。

ただ、さっきの目――。興味と探求心の混ざった輝く目。

視線恐怖症というのは事実で本当なのだろう。

それはドアの前での出来事や、フードで分かる。


それでもあの目は、誰かの目線を怖がっているとは思えない。


植物への好奇心。

その溢れ輝く瞳に――〝綺麗〟だと思った。


それともう一つ、…何故だろうか。

瞳に対して感動でもしたのか?

自分の胸がホッとした。自然と嬉しいと思えた。


「モルヒネ、か」

「黒髪さん」

「…ん?」

黒髪さんって俺のことだよな、多分。

反射的に上げてしまった視線を向ける。

柊霞は顔を下に向けようとする。

しかし朱鈴は手に持っている花しか見ていなかった。


「賢い!んですね!モルヒネは麻薬の原料。

そしてアツミゲシは、なんと!その原料を含有しちゃってるんですよね!」

「そうだな」

「はーワクワクする」


この少女の思考が不思議で少し面白い。

なんでそうなった?…と思ってしまう考えが少女から得られる。

色々吹っ飛ばしている気はするが

…彼女にとっては〝喜び〟になっているのかもしれない。


「ねぇ、鈴ちゃん。なんでそんなに毒が好きなの」

碧羽は横たわっている男の足元に屈む。

サッと視線を離して質問する。


「うーん、そうだな。なんでか、か」

「うん…」


朱鈴は好奇心に溢れた目から、少し真剣な目に変わる。


「毒は、記載されているものだけではない。

例え、無毒とされる植物や植物以外でも。

量や体質によっては――命に関わることもある」


朱鈴はアツミゲシを見つめ続け、空気に乗せるように静かに言う。


「逆に無害と思われていたものが重なり、強い作用を生む。

そしてそれが〝種〟となりうる事も――ある」


澄んだ迷いのない目を花に向ける。

扉後ろの窓から斜陽のように入る光。

オレンジや黄色の混ざった陽は朱鈴の顔を照らす。


彼女の年齢は、自分たちとそう変わらない。

強いって言うならば少し下。

そんな雰囲気を持ち合わせている。

それなのに、どうして。こんなにも物事を深く見ているのだろう。


柊霞が考えている間にも、朱鈴は男のポケットを遠慮なく漁る。すると出てくるいくつかの何か。それらは床に散らばる。


「未来の犯罪素材がこんなに……。宝石箱みたい」


ポケットからはケシ坊主が大量に出てくる。取り出しても切がないほどに。

男のポケットは左右とも膨らんでいる。

朱鈴の出した右側だけでも結構な保有数が顔を出す。


「盗んだか、または…作ってるかだな」

「そうですね…こんなにも――ふふ」

「鈴、貰おうとか考えてないよね」

電話を終えた紗綴が碧羽の隣に立っていた。


「紗綴、まだまだ甘い考えだね」

「何がよ」

「貰うってことは、了承を得るってこと。私は――盗もうとは考えているよ」


朱鈴は得意げな目で紗綴に目を向ける。

語るその様子があっけらかんとしている。それどころか、妙に誇らしげ。

その姿に柊霞は思わず吹き出す。

碧羽も口を手で押さえ、別方向を向く。


「鈴、十五歳で警察に捕まりたいの?」

「えぇ、やっぱ止めとく」

「それと、あんま触るんじゃないわよ」

「うん、もう触ってないから。というか花の花柄しか触ってなかったし。

あ、ケシは触らないようにね。乳液を出す可能性あるから」


十五歳…って。

……ん?俺達より普通に年下だ。


視線を動かすと柊霞は碧羽の案の定驚いた顔を視界に収める。

その顔を見た柊霞はそうなるよなと内心、共感する。


黒色の纏められた長い髪は少しフードに入り込む。

深い青色の瞳はアツミゲシの花を直視している。


綺麗なはずなのに、何故だろうか。――その外見が自分を映し出す鏡のように思えるのは。


柊は小さく瞬きをする。

いいや。そんな訳無い、思い込みすぎだ。

そう思ってしまうのはきっと、――俺がまだ、少女のことを何も知らないからだ…。


✢¦✢


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