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静寂(シュティル)なギフトは雫となる ―潜秘を持つ者―  作者: 霜夜 薇


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3.それぞれの魔法

✢¦✢


ここは居心地が良い。

柊霞にとっては、どこよりも落ち着ける空間だった。


客が多く騒がしいと感じる時もあるが居心地はとても良かった。

自然素材が多く使われているのも理由の一つなのだろう。

学校の課題を喫茶店で、そう提案したのは柊霞だった。

動き回る紗綴に、出入りの多い常連客。それから数人の女性客。


店員は主に紗綴が担当している姿が二階から見られる。

キッチンにはバイトが入り、とても忙しそうだ。

ここは柊霞が長年通い詰めている喫茶店だった。

長年通い詰めているだけあって、小さな疑問もあった。

それは〝店長という人物に会ったことがない〟ということ。


柊霞はもしかしてと、ある一人を思い浮かべる。

後ろ姿だけの人物。ドア前に佇んでいた少女を。


柊霞は、いや、そんな訳はないか…と思い直す。

肘を付いて手に顔を乗せ、何気なく課題のノートに描いていた絵。

花弁が大雑把に描かれながらも、形は出来上がっている。

柊霞はペンケースに手を伸ばし、中から消しゴムを取り出して消す。


それから課題を七割ほど終え、昼の二時を過ぎた頃だった。

客は帰り、店も静かになった。


「ふー、一段落だよ」

「お疲れ様」

碧羽は注いだ水を紗綴に差し出す。

「ありがと」

相当喉が渇いていたのか一気に飲み干した。

テーブルにグラスを置く。

紗綴は「あっ」と何かを思い出すように反射的に口を開ける。

「どうしたの?」

「さっきの少女のこと。君達が恐怖を与えた子のこと、気になるんでしょ」

「言い方ね。間違ってはいないけど」

パーカーのフードを深く被り、まるで人を拒絶するかのように走って行った。

それに何だろうか。呼吸も苦しそうに見えた。


柊霞は紗綴に目を向け、無自覚に真剣な目で口を開く。

「それは、俺達に言って良いことなのか」

柊霞の目と対面した紗綴の瞳は見開かれる。

正面の碧羽からも視線を受ける柊霞は二人を目で追う。

段々と眉間にシワが寄り、碧羽と紗綴は絶滅危惧種を発見した。

そんな目を柊霞に向け、二人の視線が嫌になり顔を顰める。

「はぁなんだ」

その珍しいものを見るかのような目は。

柊霞は溜め息と同時に顔を俯かせる。

何か変なことを…いや、言ってない。

柊霞は今までの会話を瞬時に脳内で振り返る。

しかし意味が分からない。


「春だよ、春。ハル、はる〜」

「うん。春だね。ついに春だ」

「キャー、柊霞を好きな子たちは梅雨だろうけど、春だよ」

「嬉しい限りだよ、梅雨でも、春だ」

碧羽と紗綴は興奮気味にキャピキャピと話す。

さっきからこの二人は何を…阿呆らしい。

柊霞は目を細め、冷たい感情を視線で二人に向ける。

二人の雰囲気は、ぽかぽかと妄想の世界を醸し出す。

もう、どうでもいいと思い始めた柊霞は、大きな欠伸をした。


「そう、聞いてよ!」

立っている紗綴は後ろのテーブルから茶葉とクッキーを、柊霞達の使っているテーブルに置く。

碧羽は茶葉を手に取るも、鼻を摘む。

「これって茶葉だね。でも匂いが…すごいね」

直接持っていない柊霞の所にまで届く、独特な匂い。

緑茶って感じではないな。

火を通したような微妙な土とバニラの匂い。

あとは甘さも混ざっている感じも…。

「ダミアナの茶葉に近いな。ただ失敗したのか」

柊霞は再び二人の視線を浴びる。

「何…」

「さっすが、坊っちゃん」

「知識豊富な学年上位さん。さっすが」


溜め息をつきそうになるも柊霞は茶葉からの興味は一時薄れる。

紗綴がテーブルに出したクッキーに目を向け、手に取る。

二、三度嗅ぐも、すぐに鼻から離す。

手で扇いで鼻に風を送って残像のように残る匂いを飛ばす。

こっちは分からないけど、中々だな。

――独特すぎる。

作った奴、もう少し練習すべきな気はするが…。

「流石の柊霞でも分からない?」

「…ん」

「やっぱりあの子が凄いのね」

「あの子?」

「このクッキーは何だっけ、あれ。ムイ、ムイ、ムイムイ、ムイラプ…あれ」


碧羽も顎下に手を置いて一緒に頭を悩ませる。

「ムイラプアマ」

碧羽は顔を傾けるも紗綴は「それ!」と柊霞を指差す。

ヒントがなければ分からなかった。それに実際に見るのは初めてだ。

ま、クッキーにはなっているが。

確かムイラプアマは元々香りが強かったはずだ。

その分、食べ物に加工する場合は技術が必要だった…。

このクッキーも強い香りがする。

でもこれは抑えてある方なの、か…?

「で、なんかこの茶葉とクッキーを一緒に食べたり飲んだりするのはダメらしくて」

「まぁ健康を越して毒のような匂いはするけど」


碧羽は未だに持っていた茶葉をテーブルに置き、肘をつく。

「ある意味、毒なのかも」

「ある意味?」

「媚薬になるらしい。あ、でも――」

〝媚薬〟という言葉に過剰に反応したらしい碧羽は椅子を思いっきり後ろに引き、立ち上がる。

紗綴の肩に両手を置き、動揺しているのかガクガクと口を開く。

「紗綴――そういう趣味があったのか。――マニアックだな」

「…え?…」

数秒の間が空き、認識し理解した紗綴は顔を真っ赤にして大きな声で叫ぶように言う。

「ん、ん、んなわけないでしょ!お客さんから貰っただけだっつーの!変な勘違いすんな!馬鹿碧」

「ばっ!大丈夫だって。そういう趣味が合っても俺は受け入れるって」

「さけんじゃないよ!ド変態が!」


まだまだ続く二人をスルーし、紗綴の提示した物について考えていた。

市販のダミアナはこんなには匂わない。

ということは、客が作った自家製の可能性が大か。

それに媚薬より、健康的な影響の方が…。

例えダミアナは知っていたとしても、ムイラプアマまでも…。

作った奴も、知識があってのことだろう。


だが、それを見抜いた人物も…。

「その媚薬って教えたのって」

「だから媚薬じゃない!」

「分かってる」

「なら良し。それはね、君たちが脅かした少女だよ」

「言いがかりが過ぎてる。脅かしてない、結果そうなっただけね」

柊霞は広げているノート。

その上のシャーペンを右手に持ち、何も書かれていない行を一点に見る。

ハーブ系に詳しい、または植物に詳しい。それか相当察しが良かったり嗅覚が優れていたりか。

いや、嗅覚だけで名称まで分かるはずがない。ということは少女は知識を持っている。これが一番しっくり来る。


柊霞は指を動かしながら器用にペン回しをする。ノートから顔を上げ、未だに言い争っている二人に目を向ける。

茶番劇――。柊霞は横目で見るも、何もせず何も言わなかった。

恥ずかしさから顔を赤くして焦る紗綴。

しかし碧羽は楽しそうに不敵な笑みを浮かべ、楽しそうだった。


✢¦✢


それから十五分後。

茶番劇は幕を閉じ、紗綴は近くの椅子を引き寄せて座っていた。

そして二人に向けて話し始める。

「大前提として鈴は、視線恐怖症なの。そのせいか自分から人のいる場所には、あまり出ようとしないの」

視線恐怖症を治すというのは容易ではない。

それを理解しているからこそ朱鈴に〝無理〟に関わってほしいとは思わない。

ただ少しでも緩和してくれたら…そう自分勝手に考えてしまう。

きっとお節介なのだろうな。


「本当は、ここに来ることさえ…難しいと言うか」

柊霞の手元に開かれていた課題は一時的に閉じられる。

シャーペンも課題の表紙の上に置かれている。

「あ、だからドアの前で…。じゃあ本当にビックリっていうか、既に恐怖を与えて…」

「うん。鈴は人がいるってことを感じ取って怖くなったんだと思う」

視線恐怖症は本当に繊細で、実際に鈴が近くにいるから分かる。

病気にも波や個人差があるように、鈴にも同じように影響が出ることがあるのだ。

ただ紗綴とは、朱鈴も目を合わせることが可能なのだ。

そこに少しどころでない優越感や特別感を感じていた。

実際に紗綴がその事を知った時、目に涙を貯める程に嬉しかったのを今更ながらに思い出す。


「鈴っていうのは、本当の名前か?」

普段から口数の多くない柊霞。

その柊霞が何処か慎重そうな声で質問する。

紗綴は違うという意味を込めて首を横に振る。

「ううん。本当は〝朱鈴〟っていうの」

「朱鈴…」


「あまり知られてないと思うけど〝謎解き不思議相談サイト〟って分かる?」

二人は互いに目を見合わせる。

碧羽は両手を分かりやすく、小さくv字に上げる。

どこにでもあるような名前のサイト名。

分からなくても仕方ないと思い、話を進める。

「まぁ詳しい話はしないけど、そんなサイトをしてるのね。鈴はそこに依頼される謎を解いていて、半分それが本業?みたいな感じ」


すると突然だった。

〝ピロリン、ピロリン〟

三人のスマホが同時に大きな音を鳴らす。

「わっ!ビックリした、何の通知」

頼むから通知はいきなり鳴らさないでほしい。

こっちの心臓が……あぁ、寿命縮む。


「どこから来てた?同じなら私が」

「俺、学校だったよ」

「同じく」

スマホ画面に表示されている出ている通知をタップする。

紗綴はメッセージを開き、机の中央に置く。

『連絡

今日から春休み期間中は魔法の授業を全て中止とします。

授業の再開は、進級後・新学年に入ってからとなります。

ゾンネ・ルーナ学院 事務』


「わ、魔法の授業終了のお知らせだね」

「いや、一時的だからね」

紗綴は柊霞の様子を視線で追い慈悲の目を向ける。

あぁやっぱりそうなるよね…。

柊霞の表情は少し曇り、碧羽に目を向けると丁度合う。

碧羽は温和な笑顔を浮かべる。

その言動から読み取っているらしく、紗綴と雰囲気を補う。


柊霞にとって魔法の授業は、才能や限界を直に知る場だった。

育った環境は悪くなくとも肩書と外見は付きまとった。

柊霞にとっての魔法の授業、そして魔法自体が支えだったのかもしれない。

柊霞は友達だ。

もし手助けが出来るのなら手助けを…。

あっ…と紗綴はある一人を思い出す。

教え方も上手く実力も持ち備えている一人を脳裏を過ぎる。


――いや、でもな。

視線ダメで、ましてや初対面が最悪だった人と。


うーん…ん?

すると一階の調理場から何かを探すような漁るようなカタカタとした音が聞こえてくる。

紗綴以外気づいていないらしい二人を置いて、階段を静かに降りる。


✢¦✢


「ふぁぁ、ちょっと飲み物を。うん、行くか」

大きな欠伸をした朱鈴は部屋のドアを開けたまま表へ出る。

今日に限って補充されていなかった水。

そのペットボトルを求め、フードを被って行く。

二階テーブルが使用されていると予想し、身を縮める。

一応一階は…無事かな。


音をなるべくたてないよう、最大限の注意を払って歩き進める。

緊張と少しの焦りを抱え、調理場に到着する。

音を控えめに冷蔵庫を開け、そこからペットボトルを二本取り出す。

後は何か――と二、三秒考え込みすぐに切り替える。

いや大丈夫。よし、帰る。

朱鈴は屈みながらの体勢をして、チヨチヨ足で移動する。

調理場から出ようとした時。

今の朱鈴にとっては巨大な壁に道を阻まれる。


「しゅーぅりーんちゃん、なーにしてるの」

真正面に立つ人物は、不気味な形相の顔を見せる。

チヨチヨ足でその壁に背を向け、ペットボトルを抱え込む。

「水を取りに来て、巨大な壁に阻まれた。出口…なくなった」

「何を言ってるの。ちょっとお願いがあるんだけど」

「お願い?あ、私は謎を解くというお願いしか聞けない。できたら植物か植物毒が私は好きかな。さっきもさ――」

紗綴は背を向けている朱鈴の正面に来る。

それから朱鈴の真正面に一緒に屈み込む。


「植物の話は一旦忘れて。魔法のことなの」

紗綴はまっすぐに朱鈴を見る。

先ほどの声色とは打って変わり、紗綴は少し低い声で話す。

「紗綴ちゃんは、と、とても。喫茶店の、服、装、お、お似合い、でしひゅ、ね」

喫茶店の制服を着用している紗綴。

朱鈴は何となくの頼まれごとを察し、カタコトの日本語を口に出す。

「鈴、少しでいいの。朱鈴の出来る範囲で」

朱鈴は見計らいながら紗綴の目を時々合わせる。


魔法ってなると完全に一対一!教えろとかでしょう!

無理、ムリ、むり!

それに紗綴の場合、魔法は基礎だけで良いって感じだったはず。

ということは紗綴が信用している相手がいる。

その人に教えるってことになる。

全く知らない人に教えるなど朱鈴はしたことがない。

それに人との関わりも最低限以下の最小限。

自分の中で人馴れをしていない朱鈴は「ムリムリ」という言葉で脳内は埋め尽くされていた。


それにその間は何も私出来ない…!

植物様!他の毒達様について探求不可能、できない?

――ムリムリ、いやだぁ。

脳内では情緒不安定な朱鈴。

しかし表面上では植物の事を考えていないで、思い悩んでいるフリをしていた。


朱鈴の腕には力が入り、ペットボトル同士が余計に締め付けられる。

「ごめん。人はまだ…怖い」

「っ…そうだよね。ごめん、無理言っちゃってたね」

人は誰しも、「こうだ!」とは一概には言えない。

それでも大抵の人は目を見て話したがるし、会話をしたがる。


〝目が合わないように避ける〟


それが朱鈴にとっての最善の方法だった。

ただこの方法は、ほぼ九十パーセントの確率で印象を悪くさせる。

不快にさせたり、不愉快にさせたり。

相手から感じ悪いと思われてしまう。

エスカレートしてしまうと時に、勝手に思い込まれた悪い噂を流される。

そんなことも朱鈴にはあった。


『視線怖いの?大丈夫だって。慣れればいいだけだし』

『朱鈴ちゃんに嫌われてるかも。全く目を見て話してくれないし、性格もきつそうだし』

『視線がって…でもさ、礼儀として目を合わせて話すべきじゃない?』


〝視線が怖い〟〝目が怖い〟

その言葉は誰だって理解できる。ただ相手の理解度の深さや浅さで全く異なった。

それから理解した朱鈴は〝あぁ、この人達に言っても無駄だ〟そう思うようになって行った。

どうせ何も分かってくれない。そもそも分かってもらおうとすることさえ無駄だ。その時間はただの無駄な時間だ。


それでも紗綴とは、少し小さい頃から一緒だった。

紗綴は親身になってくれたし、深く理解してくれた。

極力目を合わせないように話してくれたり、壁にもなってくれた。

人と話さざるを得ない時は、紗綴が率先してくれた。


今までの出来事や過去がある。

だからこそ、朱鈴は紗綴の力になりたかった。

朱鈴はパーカーの紐をぎゅっと掴む。

「紗綴、下向いててもいいなら会うよ。一旦」

「…え」

「能力に合わせて私が教えられるか見るから」


紗綴は顔を綻ばせた。

「ありがとう」


✢¦✢

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