15.黒塗りの円
✢¦✢
朱鈴がマイペースに一人、外に出た後。
柊霞と碧羽も車へと戻った。
「紗綴、先に車行っておくからねー。失礼しました」
「あ、うん。すぐ行くから」
気を使ってさっさと車に戻ったのだろう。
玄関にいる碧羽に聞こえるように叫び、ドアの閉まる音が鳴る。
紗綴は少しの罪悪感から正面の依頼主に頭を下げる。
「色々すみませんでした。失礼なことも本当に」
「い、いえ。あの頭まで…」
紗綴はオドオドする依頼主の声を感じ取って頭を上げる。
「元は私がやらかしたことで、その処置を行ってもらった。私としては本当に感謝しかなくて」
「…」
「近々ピアノのコンテストがあるんです。だから本当に、言葉に出せないほどの恩人感があって」
紗綴は仄かに表情を緩ませる。
何となく分かった気がした。
この人は何処からか、鈴の力を知っていた。
それを運任せでも…。そう思って依頼した。
そんな所だろう。
その御蔭で色々とこっちは面倒事もあった。
けど、それを言った所で今更な話だ。
朱鈴とぶつかった時に渡された紙。
中にはきっと、今回の内容が細々と書かれているんだろう。
紗綴は予想をしながら本のように依頼主の前で手を広げる。
手の平からは、折り畳まれている紙を差し出す。
「受け取ってください」
依頼者は不思議に感じつつも、優しい目をしている紗綴を前に、紙を受け取る。
紙を開き、目を通した瞬間。
何処となく依頼主の雰囲気が柔らかになる。
「失礼とは思いません。本当に感謝しかない。ただそれだけです」
「――そうですか」
✢¦✢
夜の闇に、人々は眠りの真っ最中の時間。
空はほとんどの光を失い、森林と広がる場所にも関わらず、ほぼ一色にしか見えない。
そんな場所には現在、黒い煙を全身に覆った魔獣が複数体、出現していた。
獣達はもがきながら、大きな唸り声を何度も上げる。
周辺には民家は無く、人の影さえもない。
段々と唸り声は小さくなる。
外部に発せられる声が減り、足掻きもなくなる。
獣の体格が歪に変化し、一回り以上巨大化し始めていた。
毛色は闇の中に溶け込むように続々と魔獣に変貌する。
「五匹、か」
浮遊し、淡白な表情をして現れた人物。
エルピスは地に足を着け、ネクタイに手を掛ける。
長時間付けていたせいで首元が苦しかったエルピスは、首を左右に軽く振って緩める。
黒いスーツを着崩した背丈の高いエルピスは、真正面で魔獣達の姿を直視する。
魔獣達の姿を見ても一切恐れること無く、冷静に数が増えてきていることを実感する。
数だけでなく、一度に出現する数が増加か。
環境、自然的なもの…色々考えられなくない。
ただ環境だけが原因で、五体も。
これは絶対に不可能だ。
そうとなると、撒いた種の主がいる。
ただその人物が周辺にいるとは感じられない。
魔獣達はエルピスの魔力に反応を示すように、全身を振るい立たせ、鋭い目を向ける。
目にはほとんどの自我は失われ、魔で侵されている。
魔獣達は命令のようにして動かしている。
エルピスは右手をポケットから出し、逆さまに手を広げる。
その手からは、光道が五つに分かれて飛び出す。
獣は一直線に光道の根源、エルピスに向かって駆け出す。
五光道は道筋の線を、地から空中に描きながら魔獣の身体を貫く。
地面には血が飛び荒れる。
魔獣の身体を上下に鋭く切り落とした。
襲いかかって来た足音。小さな唸り声。それらは静寂な闇へと一瞬で消える。
声帯声の部位を真っ二つにされる。
痛みの声も出せず、少しずつ灰となって散っていった。
血も同様に、灰となって跡形も消え失せる。
その姿が見えにくい夜の中。
茫然と視界に入れるエルピスは、目頭に手を当てていた。
軽く目頭辺りを指で押し、疲れから目を閉じる。
今日だけでも、三回目か。
強さはそこまでないものの続けていたら体が持たない。
そろそろ仕事にも支障が出そうだ。ま、こっちも仕事ではあるか。
この魔獣もだが、あのローブの人物も謎が多い。
ブレ気味の画面上だけでも謎の多い数値を…。
するとポケットから振動が鳴り、スマホを取り出す。
画面を見たエルピスは確認してすぐにポケットにしまう。
「疲れた」
小さな小言を吐き、その場を後にした。
✢¦✢
ゾンネ・ルーナ学院の最上階。
限られた人だけしか入れない広大な部屋に五人が存在していた。
長い期間開かず、比較的短めの日数で再び呼び出された四人。
中央には毎度のように、円を描くようにしてテーブルが設置されている。
四つのシンプルな椅子が置かれている。
そこに東西南北方位に分かれ、それぞれの姿勢で腰掛けている。
南方位に腰掛けるリビードーの顔色は良く、体調が回復して四日経った今日だった。
久々だ。
こんなに気持ちが良く、体調も良い日はいつぶりだろうか。
そうまで思わせる程、気分の良い日だった。
「今日お呼びしましたのは新階級を設けるためです。中級、下級。そして無階級から、上位魔法師選抜を行う予定です」
司会者の住良木霜華は一人、司会者台に立つ。
そこから堂々とした姿で進行を進める。
「――新階級か」
「とても興味深いですはねぇ。詳しく教えてくださるかな霜華ちゃん」
エルピスとエピカリス。
名前の似た二人は声を出して興味深そうに聞く。
反するように玄寿は寝癖の髪を手で撫でていた。
毛量が運良く多いようで、面倒くさそうに「せっせ、せっせ」とぶつぶつ言っている。
リビードーはテーブルに視線を落とす。
紙すら用意されていないテーブル。
ただ無駄に頑丈そうな作りが施されている。
上等な物で造られ、魔法への耐久性も材質に込められているようだ。
「勿論です。では詳しく説明させて頂きます」
四人のための円形テーブル。
中央は空洞な作りがされ、魔法で作られた画像が映し出される。
四方位均等に映される。
画像には二つの図形が隣同士に大きく描かれている。
そこから左側の図形だけが拡大され、画面を占領する。
「まずはこちらを御覧ください」
図は大きな円に重なるように、小さめの円が四つ描かれている。
細かな魔法陣のような図。
太陽と月がバックに描かれている。
「テストは二種類。実戦と基礎の筆記試験です。実戦につきましては皆さんの知恵をお借りしたいと考えております」
「ほっほう。中々考えられておるんじゃな」
玄寿は声を上げる。
髪とは違い、手入れの行き届いている髭に手を当てる。
関心からか、または癖なのか、何度もヒゲを手で撫でている。
リビードーは本命の話をそっちのけで、ヒゲに少しの感心を持つ。
ヒゲってあんなに伸びるんだ…。
ま、自身の好みからは外れているけど、逆富士みたいだな。
「勿論です。今日から約一ヶ月間募集をかけ、中位、下位、そして今回は、無階位からも希望する方はという姿勢でございます」
これは、これは…候補者の数が多くなりそうだこと。
無階位となると学生ありってことだろうな。
浮かばれなかった才能や努力。
それらを開花させるには良いのかもだけど。
「新しい上位が誕生して魔獣が出た場合。それは新上位魔法師と、私達どっちになるのかしら」
エピカリスは、現上位が右。
新上位が左手として、人差し指を立てて示す。
「正直に言わせて頂きます。募集も今日から。どれほどの実力者がおられるのかも予想すら不可能です。そのため確定的なことは言えず、申し訳ございません」
「まぁ全然!謝らなくていいのよ。霜花ちゃんは可愛らしいもの。愛でたいわぁふっふ。でもそうねぇ仕方ないのかもね」
頭を下げる霜花に、少し慌てるエピカリス。
ただテンプレのセリフの言葉はいつも通りに発せられる。
手は下ろされ顎下に手を付き、意味深にエピカリスの目が細められる。
「ふふっ、楽しみねぇ」
霜花は仄かに頬に色付いた。
喉を軽く鳴らし、改めた表情をする。
「し、試験で全ての実力が見られるとは思っておりません。試験後、皆様方で指名を行い、候補を検討をお願い致します。
新階級と言いましたが、上位魔法師という階級は現状そのまま。その階位には選ばれた方が新として入ってもらいます」
試験の結果だけでなく、その過程も見よう。
そんな完璧とも言える考えを示され、一人として反論する余地はない。
結果ばかりだと、人によっては不利に働くこともある。
それを考慮されてのことだろう。
「そして最終的に選ぶ人数ですが、四人とさせてもらいます」
ハッキリと示す声に、比較的若い二人は小さめに驚きを示す。
相変わらずの古株である玄寿は、ヒゲに夢中の様子。
円が四つしかなかったから、だろうとは思っていた。
だが、最適な数ではあるだろう。
組織は、人がいてこそ成り立つ。
ただこの〝人〟が多くなりすぎた場合が面倒だ。
大きくなれば組織内部で対立や反発が起こる。
現に今でも小さいものではあるものの内部に存在している。
人が増えるほど、意見の一致は困難になるからな。
――でも正直、疲れたくないから大人数でも良いんだけどな。
ダメだ、ダメだ。
こんなこと言ったら、また睨まれかねないから、やめとこ。
「あら四人なのですか。それでも今の私達と変わりない数なのね」
「妥当ではあるだろう。多すぎても意見の相違が起きかねない」
「若いもんが増えるんじゃろうか。ほっほぉ楽しみじゃ」
霜花は映し出されてる画像を切り替える。
方角ごとに、それぞれの円。
そして黒塗りの円が中央に一つ。
目立つように描かれている。
「もう一つ。階級名を改め、皆様には上位魔法師の更に上。新階位を設けまして移行させて頂きます」
「まぁまた新しい発想ね。でも面白い」
「ネーミングセンスとやらが出るんじゃろう。期待しておるぞ」
「勿論です。そして人数は五名と既に決定しております」
東西南北、そして中央の円か。
方角は今のままだろう。
黒塗りの中央は、多分…。
リビードーの広角だけが自然と上がる。
「では、現上位魔法師からの新階級について説明させて頂きます。ご覧の通り東西南北にそれぞれと、中央に一つ。計五つの円が表示されております」
「これは、新しい誰かをいれるのか」
「エルピス様の仰る通りです。皆さんも噂ではご存知の方になります」
何処となく、深閑とした雰囲気が漂う中。
霜花は声を発し、説明を始める。
「二週間程前。複数箇所に魔獣及び魔物が出現いたしました。それも過去二度しかない同時出現でした」
「あら、それは確か。リビードーさんが解決なさった件では」
「その日ベッドと一体しておりまして、俺の代理人が対処したんです」
「リビードー様の代わりに対処をなさったお方。その方の砲撃により、一般の被害が一切としてなく、対処されました」
リビードーは改めて事実を聞き、本当に被害ゼロでやり遂げたんだなと実感する。
表情は真面目な顔して内心呑気に聞いているリビードー。
そして三人は、興味深そうに耳を傾ける。
「魔獣、魔物の出現から二十分。攻撃したであろう場所に到着してからの撃退までは二分で完遂されました」
「…二分」
「二分はこの場の誰も真似できない戦闘撃退時間じゃな」
「えぇこれはとても面白いことですね。ふふっ興味深いわ」
「その実力から新階級。新しくできた黒塗りの中央に〝魔法の幽才〟様に就任してもらいます」
そうなるよな、本人は相当嫌がるだろうけど。
ただ実力を知られた以上隠すことなど出来ない。
でも黒塗りってことは何か意図が合ってのこと、だろう。
「ただ幽才様につきましては、存在だけの情報です。外部への容姿や個人情報については他言無用でお願いさせて頂きます。皆様もご理解ください」
霜花はハッキリと言葉を告げる。
中央の魔法で作られた画像はスッと消える。
「私達はその方にお会いできるのかしら」
「そちらにつきましては、リビードー様にご協力を…」
言われるとは思っていたけど、ムズいな。
絶対本人は会いたがらないし。
「頑張ってはみますが、期待はなさらず」
「幽才とやらは人前に出たがらないのか」
「そうですねー、影で生きていたいと思うような人物ですし、ちょっと理由もあるので」
「その理由を私達は伺えませんの」
ガツガツと聞いてくるエピカリスと玄寿。
口は開かず、リビードーから見て真正面の人物は無言の目力で見てくる。
素直に受け入れられるはずもない。
そんな事も分かっていたリビードーは、突然冷血な声色を含んだ声を出す。
「先に一つ。幽才の就任は、私達のためでもある。そのことを考慮してお考えくださいね。戦力であり、人数不足のための補充でもあるんです」
誰もが、リビードーを注目する。
「誰も疲労困憊で死にたいとは思わないでしょう。それにこっちには利益しかない。時間を掛けない人材補助、確定された戦力。幽才側はこの事をまだ知らないんですからね」
リビードーの声色は再び変化する。
自分の声を操るように呆けた声を出して話す。
顔を出さなければ不満の感情が現れる。誰だってそうだろう。
なぜ席だけあるのか。
ガキのような言い方をすれば「ずるい」とまで言われるだろう。
いくら優れた能力や魔力、そして技術。
もっと言うならば知識を持っていようともだ。
あいつが入ってきて、どういう振る舞いをするのか。
それ次第でもあるが、避けては通れぬ道になり得る可能性もあるからな。
リビードーは霜花に目線を送る。
「幽才様には就任の要請を掛けておりません。そして事情もです」
「ほーらねっ。こっちの利益が大きい。多少のことは許してくださいよ」
リビードーは場に相応しいとは言えない声を出す。
そのせいか穏やかな空間に染まり出す。
同意が明確に得られたのかは分からない。
けど、こっちの利点が多いことは知ってもらえた。
ま、正式な労働分散の人材が増えた。
それは喜ばしい事だし、自分的には気が楽だ。
あいつの力は役立てるべきだし…後はやる気次第だな。
「ま、どうにかなりますよ。ついでにいうとエピカリスさんの好きな女の子ですよ〜」
「まぁ!好きではないわ!愛おしいのよ!い・と・お・し・い!ふふっ愛でてあげなきゃねぇ」
それから実技試験の案を話し合った。
二時間程度でお開きとなり、全員が席を立つ。
リビードーは霜花の近くに行き、問いかける。
「就任決定は誰判断ですか」
「…マジア・アソシエーションに属する複数部署の部長の方々。そして最終的には――社長判断です」
何かを察したのか霜花も伏せ目がちになって言った。
「そうですか――」
リビードーは素気ない返事をした。
✢¦✢
16話更新は、24、25予定




