表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静寂(シュティル)なギフトは雫となる ―潜秘を持つ者―  作者: 霜夜 薇


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/16

14.不機嫌な冥月

✢¦✢


黒塗りの高級車に、二対二の向かい合わせの席。

最高の居心地の座席と言っても良い程の空間。

朱鈴はそんな事に興味はない。

ただどうでもよさそうに、頬を膨らませていた。

その態度から明らかに機嫌の悪さを醸し出していた。

怒りを抑えるように、ずっと膝を抱えた体勢。

口を閉じ、黙っていた。

今の朱鈴にとって煩わしい靴は脱がれ、揃えられていた。


ムカつくし、イラつくし。

普通に行きたくない。

外に出なければならない依頼は全部断っていた。にも関わらずだ。

――三時間前のあれがなければ。

というか気づかなければ逃れられた。



そう。あれが――

機嫌が悪くなった原因は三時間前。

それはある一件の通知からだった。

〝ピロン〟

気になり、少しの好奇心を目に宿らせて画面を見た朱鈴だった。

そこに表示されていたのは――

「昼頃よろしくお願いします」というメッセージ。

とても端的で日時指定のメッセージ。

しかし朱鈴は首を小さく傾けた。

何を言っているのか。何を伝えたいのか。分かるようであまり分からないメッセージ。

朱鈴にはそう思われた。


何のこと?と思いながらも、表示されたメッセージはすぐに引っ込む。

画面をタップし、メッセージ画面を全体に表示した。

過去のメッセージも二、三件。

返信されていた痕跡があった。

しかし朱鈴には身に覚えのない内容のものばかり。

朱鈴は敬語を使わない。

なのにメッセージは互いに敬語が使われていた。


『依頼をお引き受けします。住所を送ってくだされば、四人で向かいます』

送った記憶ないんだけど。

この依頼は前に丁度見ていたのだ。

タイミングは良いけど、…めっちゃ嫌な感じがする。


色んな思いや考えが脳内を巡りながら三時間後。

今に至った朱鈴は、自分自身にも嫌悪感を抱いていた。

朱鈴は、あの時見た後悔を表情に出していた。


あのメッセを見てさえいなければ…。

気付いていないって思い込ませていればよかった。

絶対に裏から帰るべきだった。

「ごめん鈴。本当にごめん。勝手にやり取りして」

「会っての挨拶はグーパン。これは確定事項。でも下手したら捕ま…でも相手も相手だ」

手を合わせて謝る紗綴の言葉などお構い無しに、ブツブツとぼやく。

「依頼主さんがね。来てちゃんと見て欲しいって要望が強くて、ごめん本当に」

「私が敬語様をわざわざ使って書いていたのをスルーして…」

「あ、あの朱鈴…?」

怨念の呪文のようにブツブツと小言を続ける朱鈴。

様子を見ようと紗綴は覗き込む。

朱鈴は何も無い一点を見て、呪文という文句を唱えている。

碧羽は紗綴の隣席から苦笑の笑みを浮かべる。

朱鈴と隣の柊霞は無言で、フードの頭上に目を留めていた。


「鈴、聞いてるの。鈴、鈴。もう朱鈴!」と紗綴は何度も名前を呼びかける。

しかし当の朱鈴は、

「正当防衛は可能か不可か。知識を使って完全犯罪を目論む。いや自己の知識で務所行きなんかは面倒。完全犯罪をするほどでもないし、私にとって崖の淵に立たされる方がマシ。じゃあ…」

自信の嫌悪感を晴らす方法を考案している真っ最中だった。


色んな景色を車で通り抜ける。

安定した運転。でも遅すぎない速度。

車体は朱鈴の眠気を誘っていた。

車内では静かに言葉の交わらない場を作り上げていた。

少し隙間を作り、開けていた朱鈴の左側の窓。

車と外の境目からは、涼しい風が流れる。

フードを被っている朱鈴は、静かに目を瞑った。


そういえば、家を出る前までパソコンと一緒だった。

そのせいかな。それが理由…かな。

あんまり寝てないのかも。

この姿だと、身体の異変を感じにくい…し。

朱鈴は力が抜け、柊霞の膝に倒れる。

「あ、ちょっ鈴。柊変わる?」

「いや、いい」

「鈴ちゃん、夜遅くまで起きてたりしてたのかな」

「夜ってより多分。いや絶対に朝だね」

柊霞は手で軽く、横になっている朱鈴の左肩を叩く。

トントンとリズム良く。

徐々に遠のく意識。

肩から全身に暖かみを感じていた。


✢¦✢


「鈴。鈴、起きて。着いたよ」

「めんどい――あと、…三時間」

「鈴、口開けて」

閉じた瞳のまま口を程よく開け、口内で転がす。

「そう言えば、殴る予定だった。…あ、マンゴー」

少しだけ目が覚めた朱鈴はスッと起き上がる。

朱鈴の後ろに座っていた柊霞は、朱鈴のフードを片手で整える。

「物騒なこと言わない。しない」

朱鈴は気配を感じ、振り向く。


あ、なるほど。そういうことか。

なんかお世話されてる気分だな。

「柊霞くん、あーがとう」

「…あぁ」

そう言えば、なんか。心地良かった。

そんな振り返りをしながら、開かれているドアから降りる。

外の空気が迎え入れ、柊霞も続いて車から降りた。


何か無いかなー。

もう今更だ、何でもいい。

私が夢中になれるようなものを。

興味や、好奇心を揺さぶるような。

――あ、


キョロキョロ見つけるように動かしていた朱鈴。

サササッと駆け出し、スッと屈む。

座り込んだ場所には、深めのプランターが横並びに置かれている。

好奇心から頬を緩ませる。

横に流れるようにプランター前を何度も移動する。


ここは多分、日当たりが良いだろうな。

スクスク育つ植物になるんだろうな。

綺麗に手入れもされてるし。

いいね、いいね、元気に育ってね。

「鈴!依頼者さん、待たせてるんだからねー」

振り向きもせず「一生待たせておけば良いのでは」と小声で呟く。

殴るも禁止されたし、不満ばかり溜まる。

この気持ちはどこへ向ければ良いのだか。


「鈴ー!はやく」

仕方無く面倒くさそうな目で振り返るもののすぐに向き直し、植物だけに目を向ける。

玄関には三人と依頼者の女性。

計四人は朱鈴の方を向いていた。

「私、ここにいるよ。この植物とお話をしなければ、ならなくなった」

大きめの声で叫び、ご機嫌に鼻歌を歌っていた朱鈴。

しかし脅威の影は朱鈴の背に立っていた。

「ふぎゃ、ぎゃー」

首根っこを掴んだ紗綴は、朱鈴を引きずる。

突然のことに反応が遅れ、足でバタバタと抵抗する。

しかし紗綴は力で玄関まで移動させられた。

「こ、こ、この子も!私とお話したいって言ってるうううー!」

「いいから、早く!さっさと行く」

「行くって言ったて、連れ去ってる!」


四人はリビングに案内された。

紗綴は機嫌を取るように、飴玉を朱鈴の口へ放り込む。

それから依頼主と朱鈴と紗綴の三人でお風呂場へ移動した。

碧羽と柊霞はリビングで待っていた。


「え…っとお」

朱鈴はお風呂場のドアの前に座り込んでいた。

顔を一切見ようとも、見せようともしない。

「この子が冥月なんですけど。人馴れがちょっと」

「え、こんな小さい子が?!」

反射的に大きな声が出て、同時に依頼主は目を大きく開く。

「そうだよ。どうせチビで、ガキで、私はチビで低能だよ」

ブツブツという朱鈴の声は、狭いこの空間全体に伝わる。

「ごめんなさい。この子、ここに来ることさえ嫌がって。今はまだマシな方っていうか」

「それは…そうですよね。私が無理やり来てほしいと依頼したせいですから」

二人を背に座り込んでる朱鈴は浴室全体を見ていた。

全箇所を目でゆっくりと観察し、一分ほどで立ち上がる。

すぐに洗面台に目を向ける。

置かれている化粧品に目を定め、洗面台全体を動き回る。

最低限に置かれた化粧品の数。

そして日の当たらない端に置かれている入浴剤。

朱鈴はそれぞれを手に、成分の内容を無表情で読む。


依頼主の目的も、多分明確にまぁまぁ分かったかな。

病院に行けば良い話なのに、運かもしれないサイトに依頼するとはね。

何か理由があるんだろうけど、正直…。

でも植物のお陰で気分は良くなった。

うーん、どうしようかな。


「もしかしてだけど、手や手首、腕にひどい炎症ができてる?」

「え!はい。そうなんです。まだ見せてないのに」

長袖を着ている依頼主は正確に言い当てられ、音量が大きくなる。

「その炎症が出た日。またはその辺りで、セロリの手入れとかした?」

「セロリ…あ、しました。下葉かきと、幼虫駆除とか」


外にあった植物はやっぱり合ってたんだ。

いや合っていたと言うより、完全にセロリだったし。

最近手入れを施されたような綺麗さだった。

セロには光毒性になる成分を含んでいるからな。

手入れをしたのなら尚更だ。

「その日の天気や日光は」

「結構照っていて場所的にも陽が当たりやすくて。二時間近くは自分も当たっていたかと」


朱鈴は依頼主に近寄り「炎症部位見せて」と言う。

依頼主は言われるがままに両腕の袖を肘辺りまで捲り上げる。

「あ、はい。ちょっと待ってください」


炎症部位を見た瞬間に紗綴は目を大きく開き、驚く。

朱鈴は観察するように細める。結構酷いなと思いながら、炎症の部分を全体的に見ていく。

ふと朱鈴は依頼主の手に触れる。

爪の手入れがとても綺麗にされている事に気がつく。

細く長い指。

炎症さえ無ければ楽器でもやっていそうな手だと朱鈴は考えていた。

水ぶくれはないが、多分続けていたら確実に…だろうな。

それに炎症は酷くはある。


「うん。ありがと」

「え…?」

「鈴、どうしたの」

「ま、ちょっちね」

朱鈴は依頼主の手をそっと離す。

洗面所からルンルンと立ち去り、リビングへ行った。


✢¦✢


朱鈴と紗綴、依頼主が浴室に行ってから七分程度経った。

近くに見える棚には、小物が飾ってあった。

柊霞は楽器のようだと思いながら見ていた。

黒多めの白い部分もある楽器か。

ま、あれしかないだろうな。

棚の雑誌も特化した雑誌ばかりで、多くの曲を取り入れている様だ。


すると気分良さそうな足音が聞こえてくる。

碧羽と一緒に、足音の方へと目を向けていた。

するとその主は、

「あれ、鈴ちゃん。どうしたの、終わった?」

「うーん。私の中では七割方、終わったかな」

三人掛けソファーの端にピョンと腰掛けた。

朱鈴はソファーからずり落ちるような体勢をする。

中央に座っている柊霞は、朱鈴のフードの頭上に目を向ける。

朱鈴は前ポケットに手を入れて寛ぐ。


「鈴ちゃん、流石に戻らないと紗綴が怒るんじゃ」

「うーん…般若面が見れるのかな」

般若面――やばい、笑いそうだ。

柊霞は唇を強く噛み締め、笑いを堪えつつ静かに息を吐いた。

そして朱鈴の視線を上から観察するように、視界の端に見ていた。

「あの依頼主が気に入らないのか」

「柊霞、もっと言い方をさ。オブラートに。ね」

「でもハッキリ言うとその通りなんだよね」


初めての一面だ。

確かに車に乗る前から乗り気でないのは分かりきっていた。

喫茶店の大きな柱に抱きつき「行かない、行かない」と何度も言っていた。

その中、紗綴が引き離し、ほぼ無理やり状態でもあった。

「鈴ちゃん、結構言うね」

「本音だし、それにまだ納得してない」

それもそうだろう。

来たくないのに、来させられているんだ。

すると廊下から歩いてくる紗綴と依頼主の二人。

朱鈴はサッとソファーに座り直す。

「鈴、なんでこっちに」

「うーん、私の中での可能性が出来上がったからかな。後は依頼者の本来のしてほしいことも」

依頼主は朱鈴の言い向けた言葉に肩をすくめる。

言い当てられたと言動で示すように服を握る。

動揺を示す依頼主に全員の視線が向けられる。


「その手、炎症がある。軍手をしないで作業した、よね。――自業自得だと思うけど」

正論を吐く朱鈴の冷たい声が、余計に空間を凍らせる。

どういう過程で、何があったのか。

それは分からないけど、朱鈴なりの考え。

そして感じ方があるんだろう。


✢¦✢


「二時間近く作業し、日光が照っていた。依頼主は確かにそう言ってた」

「…」

「セロリには光毒性の含まれる成分がある事を認知していたのかは定かじゃない。でも手袋を着けていなかった。それは自分の怠ったことの結果に過ぎないと思うけど」

「わ、分かっています。自分が原因で今がある。なってしまったことだって。ごめんなさい」


主に悪かったのは依頼主本人の注意不足。

ただ、割合的にも全部がとも言えない。

さっき見た入浴剤の成分には、精油成分が使われていた。

プラス、お風呂の温度は四十二度に設定されていた。

作業中の二時間。

その間に、腕や手に接触したセロリの汁液。

紫外線を浴び、皮膚の中で反応を起こすには十分な時間だった。

日光のこともあって進行してしまった。

そんなところだろう。

そして最後は、お風呂後のケアが原因という所だろう。

化粧水は敏感肌用で、ほんの少しの救いだった。

しかし乳液にはエタノール成分が配合され、酷く炎症が出た。

複合的な発症であり、本人にとっては日常の一連だった。


朱鈴は呆れた息を吐きながら、ソファーから立ち上がる。

「でも、今回はそれだけが原因ではなかった」

「え、それだけじゃないって」

「入浴剤、お風呂の温度、そして乳液。後は勿論、セロリ関係。色んな日常の一連が引き起こしたこと」

朱鈴は依頼主の側に寄って、俯きがちに話す。

「腕を捲って前に出して。そして目を瞑って」

「――は、はい」

朱鈴はフードを脱いで顔を上げる。


前に出された両腕の上に、朱鈴は右手を広げてかざす。

朱鈴の手からは黄緑色をした灯火が宿される。

段々と灯火は変化し、腕や手の炎症が続々と引く。

灯火が完全に透明に変わり、依頼主の炎症は跡形も無くなる。

合間に入り込む窓からの陽が透明な灯火を照らした。

目には薄くしか見えない灯火は、儚げな音を残して存在を消した。


すぐに、朱鈴は終わったと思いながらフードを被る。

「目、どうぞ。それと全身にも多分ピリピリ感はあったはず。一応取り除いたから」

全身ピリピリ感があっても一部分が酷すぎた。

だからこそ気にもしていられなかったのだろう。

「凄い、嘘のように楽です。あ、ありがとうございます。自分勝手な依頼だったのに」

「その代わり、この事は絶対に他言無用で。噂でも広まると私の依頼範囲がもっと拡大してしまう」

「それは勿論。治してくださったのですから」


依頼主の表情は和やかな笑顔だった。

その言葉と表情をちろっと見た朱鈴は内心安堵をする。

話が分かる人で良かった。

そこは少し、感謝だな。

「じゃピアノがんばって」

「え、どこでそれを…」

「ふふっ」

紗綴の肩に軽く当たった朱鈴は一人、疲れた足取りで家を出た。


止まっていた車のドアを開け、窓側に凭れ掛かった朱鈴。

窓からセロリの揺れる姿を瞳に映していた。


今回は似た前例と違い、入浴剤が日光に当たらない所にあった。

その代わりと言うべきか、植物の関与があった。

年下の小娘に敬語なしに上から目線で話される。

大抵の人は腹立たしい、ムカつくだろう。

何気なく受け入れていたのかは分からない。

スルーしていたのか、気にしていなかったのか。

でもそこだけは、器の広い人。

または一般的に言う優しい人で、良かったと思った。


「――葉擦れが心地良いだろうなー」

何だかんだ、良い主人に恵まれたな。

あのセロリ達は。


のどかに揺れる緑の葉に、朱鈴の目は静かに閉じられた。


✢¦✢

未訂正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ