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静寂(シュティル)なギフトは雫となる ―潜秘を持つ者―  作者: 霜夜 薇


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13/16

13.碧羽と紗綴

✢¦✢


春休みへと入った学院。

次の学年ヘの準備は特になかった三人は今のクラスのまま、繰り上がりがされる。

クラス替えに対しての特別な感情は無かった碧羽。

慣れた手付きでバイトに励んでいた。

春休みに入って三日経った。

今日と前日だけ、柊霞が不在。

入る注文に長い溜め息。そして隠れるように休憩をしていた。


まぁ何だかんだ、店は忙しい。

でもバイト代は出る。

そして鈴ちゃんには「碧くん」と認識してもらった。

疲れるけど喜びの感情の方が格段に大きい。

それに忙しい事は悪いことじゃないからな。

でもやっぱ、…疲れる。


「碧!名指しの指名だよ!」

客からは見えないキッチン隅の椅子に腰掛けていた。

碧羽は座り、疲れを緩和するようにくつろいでいた。

入る注文や、不必要な注文。

その多くに、碧羽は珍しくも少しだけ嫌悪の目を向ける。

キッチンを覗くような体勢から紗綴が入ってくる。


「ねぇここはさ何?喫茶店だよね?ホストなの?」

「うん分かってる。それは。でもね私が行くと追い返されるの」

「だぁー、そういう系のっていうか、なんていうか別の店行けよ」

「まぁまぁ。キラキラ笑顔を振りまいてきなさいよ」

紗綴は碧羽の側に寄り、トッピングを仕上げる。

――キラキラ笑顔、か。

嫌とは思わないのだろうか。

「ねぇ」

「ん?あ、料理はこれを持って行ってね」

作り上げられたパンケーキ。

座っている近くのテーブル。

置かれた皿の底が当たり、コトンとなる。

「嫌じゃないの…」

「嫌って何が?というか早くね。待たせたらまーた騒ぎ立てそうだし」

「そうなんだ、…分かった」

碧羽は目に影を作る。

パンケーキの皿を片手に、それからすぐに客の場所へと運んだ。


別に店内の治安が悪いわけじゃない。

男女四対六程度の割合で、煩くもあり、でも比較的静かではある。

それでも一部。

声量の加減が癇に障ったりと、出来ない人もいる。

それだけなのに。なんで。

いつもなら気にしないでいられた。

なんでこんなにも、苛つくの…。


「あ、碧くーん」

「お待たせしました」

わざわざ手を振り、存在をアピールする一人の女性客。

碧羽はいつもの表情に、接客用の足した笑顔を浮かべる。

運んで来たフルーツで飾り付けられたパンケーキ。

碧羽はテーブルの中央に置く。

「わぁ!めっちゃ美味しそう。ありがとうございます」

注文した料理を前に、お礼を言う左手側の女性。

しかし碧羽の右手側の椅子に座る客。

女性は、腕まくりをしている碧羽の服をちょんと掴む。

「聞いてよ碧くん。私さ相談がね、」

「申し訳ないのですが、ここは指名制でもありませんし、相談事も受け付けておりません」

「そうだよ。ここは喫茶店だよ。やめよ。ほら食べに来たんでしょ」

左に座っている女性は、明らかに困惑気味な顔をしている。

そして正面の女性を説得する。

しかし右側の化粧の濃い女性の口は止まらない。

周りの客の雰囲気。

視線さえも続々と注目されるように刺さる。

しかし女性は諦めず、話しを続ける。


「何言ってるの。私の目当ては碧くんだけだよ。あ、でも。黒髪の無口そうな人もだけどね」

「ちょっと流石にやめよ。そんな事」

「えぇだって、碧くん私のとき笑顔でいつも注文聞いてくれたりするじゃん。私に気があるんだよ!絶対に」

「ちょっ、それは店員さんなんだから」

「そんな訳ない!碧くんは私のことがだ――」

「だからさ、それは」


「勘違いも甚だしい」

「――え?」

「俺は誰にだって営業の笑顔だよ。ただアンタみたいな奴は面倒だ」

ただ黙っていた碧羽は、被せるように口を開く。

闇を含んだような冷静な声。

右手側の女性は目を大きく開く。

驚きと恐怖を含んだ目をして、身体が動かなくなる。

ただ瞳を揺らし、力の抜けたように袖から手が離された。


「では、ごゆっくり」

左側の女性も戸惑いながら碧羽の言葉に頭を下げた。

足をキッチンへと進め、前髪で顔に深く影を作る。


はぁだめだ。いつぶりだっけ。

こんなイライラする感情に。

感情的になるのは。

そう思いつつも、キッチンに戻った碧羽。

それから三時間。

番号札に沿って置かれているスイーツや飲み物を運んだりと、働き続けた。


やっと休憩に入り、一室もベッドに横になっていた。

喫茶店裏のベッドが置かれている部屋。

無気力にボーっと、天井に顔を向けていた。


さっきのは流石に言い過ぎた…だろうか。

でもあれくらい言わなければ、もっと面倒いことに。

でも結局あれが正解だったのか。

それとも他にも策があったのか。


あの後、勘違い客は明らかに機嫌が悪くなっていたし。

でも救いだったのは、片方はまともな人間性を持っていた。

そのことぐらいだ。

まぁ次来ることはほぼ無いかな。

でも申し訳ないな。客が一人減った。

会ったことないけど、店長さんにはどう…。


静かに部屋の中でただ考えていた。

締め切っている部屋にも関わらず、客の声が入ってくる。

すると客の雑音のような声が突然大きく聞こえる。

それはドアの開く音と同時だった。

「あ、ごめん」

慌ててスッと起き上がった碧羽。

朱鈴は謝ってドアを閉めかける。

「待って待って。入って大丈夫だからね。鈴ちゃん用事だったんでしょ」

「ま、じゃ失礼」

片手でドアを閉め、再び客の雑音の声量が下がる。

朱鈴の腕にはシーツが何度も畳まれて掛けるようにして持たれている。

右端のベッドへシーツを敷き始めた。

真ん中のベッドに座っている碧羽との間に、無駄な音は無い。

外からは、鳥の鳴き声が窓から聞こえてくる。

〝ピューピューピュー〟と美しく鳴く声。

そのさえずりが室内にも桜が舞うように聞こえていた。


「客が減ったとか思わなくていいから」

「えっ…」

「あの客は迷惑客って奴。いつかは誰かが言わなければならなかった。それだけだよ」

黙々とすべき事を終えて朱鈴はこの場から出て行く。

そう思っていた碧羽には少し驚きを与えた。

その間にも作業は進む。

シーツを手で整えながら、室内には声が通る。


「ただそれが今日だった。その役を碧くんがしてくれた」

「えっと、良いの?お客さん減ったんだよ」

「いいよー。他の客からも煩いっていうクレームは紗綴伝で入っていたし」

主鈴はシーツのシワを大きく伸ばす。

枕を頭の位置にセットし、主鈴は碧羽の方に身体を向ける。


この子は、なんでそんな事情を知って…。

裏にまで声が聞こえていたのか?

それに鈴ちゃんの言い方はまるで、自分の役割を教えているようにも聞こえる。

表には顔を出さず裏で支えていると。

「鈴ちゃんってさ」

「うん」

「店長なの?」

「ま、ね。ただ紗綴がほぼ店長で、私は本来の店長ね」

「そっか」

なんだか納得する自分がいる。


「手、出して」

目を上に動かす。

そこには移動してきた朱鈴の姿が映る。

ゆっくりと手を広げるとポトッと、朱鈴の手から落とされた。。

それは小さな袋で、梱包されている。

「飴」

「そ。マンゴー味、美味しいよ」

朱鈴はパーカーの前ポケットに片手を入れ、取り出す。

ガサガサと小さな袋を破り自分の口に入れる。

コロコロと頬が動き、朱鈴の表情も緩まる。

「表情、珍しいね」

あ、やっぱりか。

自分でも表情が軽くなったと思っていた。

多分作れていないとは感じても、思ってもいた。


「紗綴はさ」

「ん…?」

「ただ〝嫌〟ってよりも、他を優先してしまうだけだと思う。私は紗綴じゃないから全ては分からないけどね」

「そっか――」

「君の事は大切に思ってると思うよ」

でもその大切さは多分。

柊霞や鈴ちゃんと似たような気持ちの大切さ。

それは自分が望むようなのでは…ない。


「私や柊霞くんに対する感情ってあるじゃん」

「ん、うん」

「感情の分野、ジャンルっていうのかな?それが違うんだと思う。――碧くんに対しても」

「ぇ…っ」

ハッとさせられるように碧羽は小さく口を開ける。

顎を引き、不意に上げた目線を碧羽は逸らし、首を隠すように動かす。


「でも私は、その感情の結論も答えも分からないからさ。それに、笑顔は碧くんの武器なんじゃない?」

ドアの前へと歩き、ノブに手を掛ける。

「だから頑張ってね」

春のそよ風のように振り返った朱鈴は朗らかな顔をして言った。

碧羽と鏡のような容姿の色。

顔を上げて瞳に映した碧羽は口の動きを横に長くする。

それから朱鈴は視線を避けるようにフードを被り出て行った。


パタンと一人になった部屋。

仰向けに倒れ、両腕を広げる。

朱鈴のあと風に乗るような表情をして天井を見上げる。


「うん」


✢¦✢


「じゃ、お疲れ様」

碧羽と紗綴互いに軽く持ち上げたグラス同士で乾杯をする。

カウンターに座る二人に、グビグビと飲む紗綴。

紗綴の左隣に座る碧羽は氷を眺め、少し口を付けて飲む。

客は帰り、閉店になった店内のこの場には二人だけの存在。

白い灯りは全体に光を灯している。


どう切り出そう。

さっきのことが少し嫌だった。

そうハッキリ言ったほうがいいのだろうか。

「碧羽ごめんね」

「知ってたんだ。気づいてないかと」

「いやいや明らかに顔に出てたし。それに珍しかったし」

あぁ、やっぱり出てたかぁ。

そう思いながら碧羽は持っていたグラスをテーブルに置く。

グラスの水滴が置かれた振動によって雫のように落ちる。


「キラキラ笑顔なんて言って」

「え、」

「えって何」

「いやキラキラ笑顔と言われたことは別に」

「そうなの。じゃあ何で」

あぁ本当に気づいていないんだろうな。

いつもは鈴ちゃんの姉!って感じの雰囲気を醸し出しているのに。

どうしてこうも、鈍感に――。

いやそこは関係ないのか。でも、普通は分かるよな。


「笑顔振りまくのは良いよ〝俺は〟でもそれは紗綴は嫌じゃないのかって思った」

「なんで私がそこに関係するの?私は売り上げさえあれば全然」

「もうさ。いやになる」

「え、え?それは、ごめん。ごめん?いや、ごめんか」

あ、ダメだ響いてない。

なにより、気づかれてさえもいない。


「じゃあさ、俺が女性に対して愛想よく楽しそうに話していたら嫌とかないの?」

「・・・嫌…?」

首をカクンと傾げる紗綴に、碧羽はテーブルに額を伏せる。


普通さ。こんなにさ。わっかりやすい質問されたらさ。何気に分かるはずだよね。

もう恥とかを軽く捨てた言葉を言っているのにさ。


「え、どうゆうこと?え、ごめん」

軽くじゃ無理なんだろう。

きっと全てを捨てなければ紗綴には気づかれない。

そもそも気づかれるのを待つのも無意味なんだろうな。

ま、これが新たな紗綴の一面なのかもしれない。

碧羽は顔を見せなくした状態で呆れながらに広角を上げた。

「――っふ」

「ちょっと碧!聞いてる?」

「聞いてない、聞こえない。一生悩んどいて」

「はぁ?というか聞こえてるでしょ。聞いてよ!」


右側を下に首を動かし、ポケットからガサガサと取り出す。

貰った飴の袋を柔らかく押して触る。

「笑顔は俺の武器か。悪くはないかもな」

色々言う鈍感紗綴の声に紛れるように、碧羽は小さな声で呟く。

そして実際は聞こえていながらもスルーする。


「ちょちょっと、もう!バカ碧が」

「はいはい」

飴の袋を開けて口の中へ。

何度か転がすと、甘みが舌から伝わってきた。

ふと碧羽の表情に微笑みが灯り、表情にも色が灯る。

「確かに、おいしいな」

手に持っていた飴の袋は、紗綴によって存在を持っていかれた。

袋の写真を見た紗綴の表情全体が緩む。

「マンゴーだね」

「そ、鈴ちゃんから貰った」

「ふふっ。碧と鈴って意外なところで気が合うのかもね。柊妬くよー」

「じゃあ鈴ちゃんも」

「そう!好きなんだよね」


✢¦✢


喫茶店の裏に引きこもり、パソコンの画面には写真が表示されている。

「エタノールか。あの時と似ているな」

それは丁度一年程前だった。


ある依頼者から

――「身体のヒリヒリが治まらない」「顔よりも身体全体に強い刺激感がある」という相談があった。


最初の頃は、お風呂から上がって三十分程で、ヒリヒリする感覚がある。

ただその感覚はずっとではなかった。

数時間程で翌日には治まっているという内容のものだった。

そしてまだ内容は続いた。

日を追うごとにヒリヒリ感強くなり、数日間と続くように。

依頼主は流石に病院に行き、一過性の皮膚刺激と判断された。


それでも症状は悪化し、あることを疑い始めた。

入浴環境が悪いのでは…と。

依頼主は長風呂の習慣があり、柑橘系の入浴剤を常用していた。

そして依頼メッセージとともに送られてきた写真。その写真を見た時、どうしても口角が動いてしまった。


そこには〝ありがちな盲点〟が写っていた。


入浴剤のボトル。それは浴室の窓際にが置かれていたのだ。

その位置は明らかに、直射日光を受ける位置だった。

日常的に使うのだろう。

取りやすさを重視した、第一の盲点だった。


入浴剤は日光や熱で変質しやすくもある。

そのため刺激成分が生じた可能性があった。

特に柑橘系。

匂いは良いものの光毒性のある成分を含んだりもする。

それは皮膚に刺激を与えたりもするのだ。


しかし、これだけではなかった。


それは化粧水や乳液〝も〟第二の盲点としても存在していた。

ただ救いだったのは、敏感肌用の美白化粧水を顔には使用していたことだった。

では逆になぜ、身体への刺激が大きかったのか。

身体に使用されていた保湿剤。

実はその成分にはエタノールが含まれていた。

そのため皮膚への刺激となっていた可能性が高い。


そう考えるのが、蓋然性の高い結論だった。


誰もがエタノールと聞けば〝消毒〟というイメージがあるのだろう。

一方でエタノール成分は皮膚の油分や水分を奪いやすくもある。

一時的にバリア機能が低下し、身体に異変が起こっていた。

そんなところだった。


「ま、あの依頼者は美意識が高すぎた上でなってしまったことか。別に人の『美』に、あれこれ言うつもりはないけど」

どうしようと、何をしようと。

結局は、その人の勝手だ。

ただ〝いつも通り〟や〝日常〟となったことで〝まさか〟になってしまった。

ただそれだけのことだ。


朱鈴は画面から距離を置くように視線を移動させる。

視線の先にはアルバムが置かれ、厚みのある右端のアルバム。

それだけを重点的に見ていた。

時計の針の音もない場所。

一部の光だけが朱鈴の顔に陰影を濃く付けた。


そして静かに無機質な瞳に映されていた。


✢¦✢

未訂正

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